NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/5/31


郡山宿本陣 Kooriyamajuku-honjin 

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 郡山宿本陣は、江戸時代に京都と江戸を結ぶ重要な幹線、西国街道の宿場であった。
 本陣とは、大名・公家・幕府役人などが宿泊した公的な旅宿のこと。郡山宿本陣は、京都から江戸までの真ん中にある宿駅として、重要な役割を果たしてきた。各有力大名も宿泊しており、忠臣蔵で有名な赤穂城主浅野内内匠頭も泊まったという記録が残る。慶応元(1865)年には明治天皇が立ち寄ったとのことだ。
 正式名称を「摂津郡山駅本陣」と言うが、御成門(正面入り口)の脇に美しい椿の老木が花を咲かせることから、通称「椿の本陣」と呼ばれ、人々に親しまれてきたという。
 建物は享保三(1718)年に焼失したが、3年後の享保六(1721)年には再建され、以後約280年間もの間当時の姿そのままを今にとどめている。
 郡山宿本陣は、国の史跡に指定されているが、現在も子孫の梶家が居住しているため、見学には予約が必要とのことだ。
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2007/4/27


尾戸焼(能茶山焼) Odo-yaki (Nousayama-yaki) 

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 尾戸焼(おどやき)は能茶山焼(のうさやまやき)ともいい、承応2(1853)年藩主山内忠義公の命により、大阪摂津の陶工久野正伯(くのせいはく)を招いて、高知城近辺に開窯。原土は能茶山より採取し、作陶が始まった。
 尾戸(現在の小津町)で焼かれていたので、尾戸焼と呼ばれていたが、文政3(1820)年に能茶山に移窯。その後、能茶山焼と呼ばれ現在に至る。
 現代は水簸(すいひ・水で粘土を篩にかける)で精製、主としてその土で作陶する。雲鶴、松竹梅等の絵を呉須(ごす・陶磁器に用いる顔料の一種)で克明に描き、花瓶、徳利、茶碗などを作り上げている。尾戸焼の特徴でもある丹精な薄作りの作風は現在でも伝承されている。
 作品は白上がりの陶器で、色絵薩摩の素地に似て細かな貫入が入り、薄作りのため軽い。
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2007/4/20


大坂 四天王寺 Oosaka Shitennou-ji 

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 大坂の四天王寺は、大阪府大阪市天王寺区にある和宗総本山の寺院である。本尊は、救世観世音菩薩とされる。
 日本書紀によれば、推古天皇元(593)年に、聖徳太子によって開基されている。
 宗派は天台宗に属していたが、日本仏教の祖である聖徳太子建立の寺であり、「日本仏教の最初の寺」として、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場から、1946年に和宗総本山として独立宣言を出している。
 近畿三十六不動尊1番、摂津国八十八箇所25番、西国薬師16番、聖徳太子霊跡1番など、様々な札所などに数えられている。
 創立以来度重なる火災や戦災により建造物の多くが失われており、現在の中心伽藍は戦後再建された物である。
 四天王寺は、聖徳太子縁の歴史ある古寺である。
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2007/2/26


須賀川牡丹園 Sugakawa-botan-en 

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 240年程前の1766年、須賀川で薬種商を営んでいた伊藤祐倫が牡丹の根を薬用にしようと、苗木を摂津から取り寄せ栽培したのが始まり。その後、明治初期に柳沼家が受け継ぎ、種類、株数を年々増やし、現在の形をつくり、1932年には国の名勝に指定された。
 風薫る5月の息吹とともに、10ヘクタールの園内で290種、7000株の古木が華やかに、そして優雅に咲き誇る。規模も美しさも世界最大級の名勝。正面に立つ牡丹園のシンボルである牡丹姫像は、友好都市中国洛陽との牡丹を架け橋とする交流の証として建てられた。
 毎年11月の第3土曜日の夜、牡丹園内では、牡丹焚火が催される。この催しは、天寿をまっとうした牡丹の枯木を供養するもので、赤々と炎を立ち上げ天に昇り最後を奉る。1978年から、この焚火を囲んで句会が開かれており、毎年全国から100人以上の俳人が訪れている。
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2007/1/30


談山神社 Tanzan-jinjya Tanzan Shrine

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 奈良県桜井市にある「談山(たんざん)神社」。大化の改新の中心人物である藤原鎌足を祀る神社だ。 
 飛鳥時代、藤原鎌足の遺骨を摂津国阿威山から改葬し、鎌足の長男が木造十三重塔(重要文化財)を建てたのが発祥という。
 社名は、鎌足が中大兄皇子と蘇我入鹿を暗殺するために談合した「談い山(かたらいやま)」からとったものと言われる。
 多武峰山中には楼門、本殿、権殿をはじめとする朱塗りの美しい社殿が立ち並ぶ。談山神社は紅葉の名所としても知られ、秋には紅葉の中に浮かび上がる塔を見に多くの観光客が訪れる。
 春と秋には、鎌足公が、飛鳥法興寺の蹴鞠(けまり)会において、はじめて中大兄皇子とまみえ、大化の改新の発端となったことに由来する「蹴鞠祭」が行われるという。
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2007/1/17


高岡大仏 Takaoka-daibutsu Takaoka Giant Buddha Statue

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 「高岡大仏」は、銅器の生産で有名な富山県高岡の銅で作った、町のシンボル的存在である。総高15.58m、その規模から奈良・鎌倉の大仏と並んで日本三大大仏のひとつに数えられている。
 歴史は鎌倉時代、承久三(1221)年に遡る。当時、摂津国(現大阪市、堺市など)の源義勝が越中に渡り、二上山麓に約5メートルの木造大仏を造営したのがはじまりだ。その後、戦国時代に加賀藩二代藩主の前田利長が今の大手町に移し、長年高岡町民に親しまれたという。
 しかし、大火による焼失と再建を繰り返したことから、火事で燃えない大仏を求める声が町民から上がる。そこで明治40年から20余年の歳月をかけて、銅を使用した大仏が昭和8年に完成したのだった。
 鋳造から着色に到るすべての工程を高岡の工人、職人達の手で行い、文字通り町衆の手で造られた大仏は、今でも高岡市民の誇りとして親しまれている。
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