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2008/5/12


宮津弁天岬 Miyatsu-benten-misaki Cape Miyatsu Benten

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 北海道の南西の日本海に浮かぶ奥尻島。この島の岬は古くから島の人々が祈りを捧げてきた神聖な地である。弁天宮を祀る宮津弁天岬(みやつべんてんみさき)もその一つ。島の東側を北上して行くと、社をのせた岬が右手に見えてくる。
 天保二(1831)年、漁民がニシンの大漁祈願のため、弁天岬にあった番所に弁天様を奉納したことが弁天宮のはじまり。大正二(1927)年に、社殿として改築された。
 弁天岬からの眺めは雄大で、遠くの対岸に北海道本土を見ることができる。また、海の底が見えるほど綺麗な海に囲まれ、一種神秘的な静けさに包まれている。北の弁天様は、今も昔も変わらず、この地の人々の営みをじっと見守り続けている。
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2008/2/8


壬生寺 Mibu-dera 

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 京都府京都市中京区にある寺。
 奈良時代の創建と伝えられ、正暦二(991)年、大津にある三井寺(園城寺)の僧・快賢が再興して「小三井寺」と呼ばれた古刹である。中世には円覚上人が寺を再興し壬生狂言(壬生大念仏狂言)を興した。壬生寺は京都三大狂言の一つである壬生狂言を伝える寺として、今も京の庶民に親しまれている。また幕末には、新撰組がこの寺を「兵法鍛錬場」として使用したことから、新撰組のゆかりの寺としても有名である。境内の壬生塚には、近藤勇の銅像や隊士の供養搭などが残っている。
 壬生狂言が演じられる「大念佛堂」、秘仏である辧財天が祀られている「弁天堂」をはじめ、五仏錫杖頭(ごぶつしゃくじょうとう)(重要文化財)や列仙図屏風(れっせんずびょうぶ)(長谷川等伯筆・重要文化財)などや、室町時代の作を含む190点もの狂言の面を今に伝えている。
 今も、壬生の地の人々の中にある寺である。
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2007/11/9


茂原公園 Mobara-kouen 

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 茂原公園(もばらこうえん)は、千葉県茂原市高師に広がる、面積16万平方mの公園である。
 昭和初期、藻原寺(そうげんじ)背後の丘陵地に開設された自然公園で、茂原市のほぼ中央に位置している。
 山や湖水などの自然の地形を利用し、展望台や散策道、広場やアスレチックなどを取り込んで作られている。
 日本さくらの名所百選にも選ばれており、園内にはソメイヨシノなど2850本のさくらが植えられ、春の夜には華麗にライトアップされる。
 桜の花が終わるとつつじやアジサイが咲き、秋にはもみじやイチョウが色づき、四季折々の自然を楽しむことができる。
 弁天池の中央には茂原弁財天のある島があり、見事な赤いアーチ橋が架かっている。
 茂原公園は、花咲き乱れる美しい公園である。
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2007/9/18


かせだうち Kasedauchi 

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 かせだうちは、鹿児島県川辺郡知覧町にて、毎年一月一四日に行われている行事である。
 近所の人たちが七福神などの神様の格好で新築の家を訪れ、一家の繁栄を祝いにやってくる。
 布袋や弁天に扮した神様は、祝儀袋に八兆円などと書いて差し出したり、目録に高級車一〇台、航空機一〇機、豪華客船一〇隻などと書き込んでみせる。
 迎える家の方も負けていない。焼酎の変わりに、みりんや酢、醤油を勧めたり、おたまじゃくしの吸い物や、鶏の頭の吸い物などを勧めたりする。
 家主たちは、このようなユーモラスな方法で神様の正体を暴こうとするのである。
 名称は「稼いだ家」にちなむともいうが、はっきりしていない。
 かせだうちは、主と神様の滑稽なやり取りが笑いを誘う、小正月の伝統行事である。
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2007/8/30


智禅寺 Chizen-ji Chizenji Temple

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 兵庫県は淡路島にある、弁財天を祀る寺。弁財天は、いわずと知れた七福神のひとり、智恵と芸能の神様である。
 山号を大廣山と号し、高野山真言宗の寺である。創建はまったくの不明だが、南北朝時代の写経本「大般若経」に記録が残ってるほど、歴史は古い。
 本堂は江戸中期に建立されたもので、大如来像、新旧の弁財天が安置されている。弁財天を祀るこの智禅寺は、淡路七福神巡りのひとつであり、年間10万人も訪れ、にぎわいを見せる。特に冬期には1日2千人を超える日もあるという。
 1月7日には初弁天祈願祭、8月23日には千体地蔵流しが行われ、毎年信心深い参詣者たちが祈りを捧げる。
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2007/8/13


厳島神社 五重塔 Itsukushima-jinja Gojuu-no-tou 

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 厳島神社(いつくしまじんじゃ)は、広島県廿日市市の宮島にある神社である。祭神は、市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命。
 推古天皇元(593)年に、豪族・佐伯鞍職(さえきくらもと)によって創建された安芸国一宮で、日本全国に約500社ある厳島神社の総本社であり、江ノ島・竹生島とともに日本三弁天の一つとされている。
 五重塔(ごじゅうのとう)は、応永一四(1407)年に建立された、禅宗様式の唐様と和様の建築様式が美しく調和し、ひときわ目を引く高さ29.3mの塔である。国の重要文化財に指定されている。
 禅宗様式の特徴として、屋根軒先の反りが著しく、初層の内部は完全な唐様で、柱の上部には金襴巻きの装飾画があり、壁には極彩色の仏画が描かれている。
 厳島神社の五重塔は、和様と唐様が融合した、特徴ある歴史的建築物である。
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2007/7/11


石狩八幡神社 ishikari-hachiman-jinja 

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 石狩八幡神社(いしかりはちまんじんじゃ)は、北海道石狩市弁天町にある、創建から150年の古い歴史を持つ神社だ。
 安政五(1858)年、当時の石狩が幕府の直轄地となってから、函館総社八幡宮の神主が同八幡宮の末社の創建を請願し、同じ年に川東町(現八幡町)にて蝦夷総鎮守として建立された。
 その後、明治七(1874)年に現在の弁天町に奉還されることとなる。
 元々、現在の場所には石狩弁天社があったが、同社もまた奉還されたため、その跡地にて稲荷大神の相殿で祀られることとなる。
 こうした経緯から、同神社入り口の鳥居は元々は弁天社のもので、同社が鮭の豊漁や海上の安全を祈願して建てられた社だっただけに、鳥居には「海上安全」の文字が今も刻まれて残っている。
 毎年一月にはどんど焼き、九月には例大祭も行われており、今も多くの参拝者が途切れることなく訪れ、清い空気をまとった静かな境内で拍手を打っている。
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2007/7/9


網走神社 Abashiri-jinja 

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 網走神社(あばしりじんじゃ)は、北海道網走市にある神社。市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、天照大神(あまてらすおおかみ)を祭神とする。
 宗谷、斜里で請負人として成功した藤野喜兵衛が、弁天社として船玉社と稲荷社を建立したのが始まりである。その後、厳島神社より全国唯一の御分霊社の認可を受け、県北北見国の一宮となった。
 藤野家が航海の安全と大願成就の感謝のしるしとして文政四(1821)年から明治六(1873)年に合計10枚奉納した絵馬は、網走市の有形文化財に指定されている。
 網走神社では毎年8月中旬に「網走神社祭」が行われる。伝統の装束や法被に身を包んだ市民が、勇壮な太鼓の音とともに市内を練り歩く神輿行列のほか、4条通りに露天も並ぶ賑やかな祭りである。
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