NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/7/11


送り盆祭り Okuri-bon-matsuri Okuri-bon Festival

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 秋田県横手市で八月一五日と一六日の二日間おこなわれる夏の風物詩が「送り盆祭り(おくりぼんまつり)」である。
 江戸時代中期の享保の大飢饉のとき、亡くなった人々の霊を慰めるために供養したのが始まりである。以前柳町だった、現中央町の町内で屋形舟を作り、柳を添えて枝に法名などを書いた短冊を吊るし、川原に繰り出すものであった。
 この祭りは、各町内から屋形舟が出発し、町を流れる蛇の崎川原まで目指して御霊を送り、その後各町内まで戻るしくみになっている。しかし御霊を送ったあと、町内に早く引き返さなければならないのに、蛇の崎橋の上で互いに道を譲らず、舟同士をぶつけ合うという、迫力あるクライマックスが待っている。
 屋形舟の寸法は約七メートル、幅が二メートル、高さ四メートル程で、重さが六〇〇~八〇〇キログラムある。担ぎ手は、一度に二〇~三〇人でおこなわれ、ひとつの町内で総勢四〇~五〇人の担ぎ手は必要である。
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2008/5/19


十三の砂山まつり Tosa-no-sunayamamatsuri 

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 十三の砂山まつり(とさのすなやままつり)は、青森県五所川原市十三にて毎年八月に開催されている盆祭りである。
 中世の頃の十三湊は、北国最大の港町として栄え、京都や平泉と肩を並べるほどの大きな都であったと言われている。しかし興国元(1340)年、大津波により一瞬にして湖底に沈めらてしまった。
 民謡「十三の砂山」は、元々は酒田節と呼ばれる舟唄であったとされている。
 十三の砂山は、この十三の繁栄が偲ばれる唄で、繁栄した十三も大津波によって砂山が残るだけになってしまったという、昔人の霊を慰める切ない哀調を帯びている。
 祭りでは、他にシジミ供養や子供神輿、盆踊りも行なわれている。
 十三の砂山まつりは、染みとおるような哀しい唄と優雅な踊りが、十三の昔を偲ばせる祭りである。
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2008/2/29


北山の火振り Kitayama-no-hi-furi 

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 北山の火振り(きたやまのひふり)は、北山地区に伝わるお盆行事で、毎年八月一五日に行われる。平成一〇(1998)年に町の無形民俗文化財に指定された。
 昔、北山殿と梅木殿の戦があり、敗れた北山殿の霊を慰めるために精霊を送り、無念仏を供養するためにはじめられた送り盆の行事である。
 長さおよそ七~八メートルの孟宗竹の先端に薪を束ねたものを数十本つくり、巨大な松明にする。そして一本の竹に火をつけ、二~三人が大きな弧を描くように炎を振り回す。ひとつの竹が燃えるとまた次の竹を燃やして一度に六本もの松明を振りまわす。夜空に火の粉を振りまく姿は勇壮で、とても幻想的である。
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2007/1/25


かんこ踊り Kanko-odori The Kanko Odori Dance

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 かんこ踊りは、三重県伊勢市とその周辺で踊られる盆踊りである。別名シャグマ踊り。
 かんこ踊りは胸に「かんこ(羯鼓)」と呼ばれる締め太鼓を下げ、両手のバチで打ち鳴らしながら踊る民俗芸能で、かぶりものや背にかつぐものが、大型で華やかな風流芸能である点も特徴である。
 お盆に先祖の供養、或いは新盆の供養のために踊られるもので、10〜15人が輪になって踊る。
 頭に「しゃぐま」と呼ばれる被り物をかぶったりするタイプと、花笠をつけたりして優雅に踊るタイプの2通りがある。
 「しゃぐま」は馬の毛を糊で固めたもので、腰蓑と調和し、美しく幻想的な世界を作り出す。
 かんこ踊りは、白装束で太鼓を抱え、打ち振りながら、時には激しく踊り、練り歩く。そのさまは大変派手で、勇壮である。
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2007/1/11


エイサー Eisaa The Eisa Dance

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 エイサーは、沖縄の旧盆に行われる、盆踊りの様な行事である。
 1479年の「李朝実録」の中に、当時の那覇の記録としてエイサーが出ていて、この頃が始まりと考えられている。
 エイサーという名は、琉球歌謡集「おもろさうし」からという説や、「エイサー、エイサー」の囃子からという説があるが、どちらも確証はなく不明である。
 エイサーは自分のシマ(地域)の各家々を回る。このようにして家々を回り歩くことを道ジュネーと呼ぶ。特に15日の御送りを済ませた後に始める所が多いが、最近は旧盆の3日間行う所もある。
 エイサーの主体は太鼓と踊りである。地謡の演奏に合わせて太鼓を叩いていく際に、激しいアクションを見せる。数十人の太鼓踊りの統一感、一斉の躍動といった勇壮さが、エイサーの大きな魅力の一つとなっている。
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2007/1/9


長崎 精霊流し Nagasaki Syourounagasi Nagasaki Shourounagashi

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 精霊流し(しょうろうながし)は、お盆の間に、この一年で亡くなった人の霊を精霊船に乗せて川や海に流す事で「西方浄土」に送る、長崎の伝統行事である。
 起源については諸説あるが、代表的な所では、航海中や長崎に来て亡くなった中国人の菩提を弔う為に行なわれた、中国の「彩舟流し」が伝わったと言われている。
 長崎では、初盆の家では大型の精霊船を作り、大人が数人がかりで担ぎ、銅鑼や爆竹を鳴らしながら流し場まで運ぶ。また、銅鑼に合わせて「どーいどい」という掛け声をあげながら進む。以前は実際に海へ流されていたが、現代では環境問題から海には流さない。
 中国の影響が色濃く出ている行事である。爆竹の騒音がすさまじいので多くの人は耳栓をしており、有名なさだまさしの歌とは大分イメージが違うと言われる。
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