NIPPON Kichi - 日本吉

記事数5件: 1~5 件表示          

2007/11/12


烏帽子 Eboshi 

Jp

 烏帽子(えぼし)とは、平安時代から近代にかけて被られた、長くて黒い帽子の事である。
 古代の帽子で、平安時代には公家は円筒状の立烏帽子、武家は少し先が折れた折烏帽子を着用した。
 冠から派生していると考えられ、文字どおり烏の羽根のように黒い漆が塗布されている。
 平安時代以降になると、身分の貴賤にかかわらず成人男性が被った帽子を指し、被り物をしていない頭を人前に晒す事は恥辱とされていた。
 当初は布で作られていたが、15世紀頃より紙に漆を馴染ませて強度を持たせた紙製の烏帽子が出現し、江戸期にかけて一般化するとともに、烏帽子の大型化に伴って頭頂を剃り上げる月代(さかやき)が普及し、一般民衆に烏帽子を被らない事が定着していった。
 烏帽子は、中世日本の成人男子にとって、基本となる服飾である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/11/5


小豆島大孔雀園 Shoudoshima-kujaku-en Shodoshima Peacock Garden

Jp En

 小豆島大孔雀園(しょうどしまだいくじゃくえん)は小豆島の池田港の近くにある、孔雀を中心とした鳥類の動物園である。
 孔雀はキジ科に属し、主に中国から東南アジアに生息する鳥。オスがメスに求愛する際に、美しい尾羽根をひろげることで知られ、飛ぶ姿を見るのは稀であるとされる。
 園内には、人間に慣れた孔雀が約一〇〇〇羽ほど放し飼いにされており、いたるところに悠々と自由に動き回っている姿を見ることができる。以前は、イベントのひとつとして、飛ぶ姿をめったに見ることの出来ない孔雀が、音楽に合わせて一斉に飛来、飛び去るショーが行われていたこともあった。これだけ多くの孔雀を調教することは世界でも例を見ることは少ないとされる。
 園内では、孔雀以外にもフラミンゴなど世界中から集められた珍しい鳥を見学することができる。また、パノラマ水族館も隣接されており、家族で楽しむことが出来る施設である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/7/24


椎名八王子宮秋祭り Shiina-hachiouji-guu-aki-matsuri The Autumn Festival at Shiina Hachiojigu Shrine

Jp En

 高知県の室戸市では、10月になると大漁祈願、五穀豊穣を祈願する秋祭りが各地で繰り広げられる。佐喜浜八幡宮の「にわか」、羽根八幡宮の「獅子舞」、御田八幡宮の「花台」、室戸王子宮の「暴れみこし」など、それぞれに個性あふれるものである。
 その中のひとつ、椎名八王子宮(しいなはちおうじぐう)の秋祭りは、豪快な「みこし洗い」で有名だ。室戸岬椎名にある本宮を出発した「本こし」「共こし」の2台の神輿が町内を練り歩いた後、共こしが椎名海岸に入り、沖へ沖へと進む。荒れ狂う太平洋をものともせず、神輿を持ちこたえる様は迫力満点。
 この神幸(しんこう)と呼ばれる行事が終わると、椎名八王子宮の拝殿を舞台として椎名太刀踊り(しいなたちおどり)が奉納される。拍子木で床を叩いてリズムを取り、歌舞伎の見得と似た所作の踊りを舞うものだという。
 椎名八王子宮の秋祭りは、漁師町らしい豪快で勇壮な祭りである。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/2/16


羽子板 羽 Hagoita Hane Hagoita and Hane (Paddle and Shuttle)

Jp En

 羽子板の起源は、中国とされ、室町時代の頃に伝えられたとされる。はじめの頃は、羽根突きの道具として用いられていたが、次第に厄払いのものとして使われる様になり、さらに魔除けとしてお正月に女性にあげる習慣も出来た。江戸時代に入ると、歌舞伎役者などを模った押絵羽子板が流行り、現代では東京の伝統工芸品に指定されている。
 江戸の頃から、12月17日からの3日間に、浅草寺で開催されている「羽子板市」は、毎年大勢の客が訪れる事で有名である。ここで売られる押絵羽子板の産地としては、埼玉県春日部市、さいたま市岩槻区が有名。また、羽子板市では、その年に話題となった人物を素材にした「変わり羽子板」も、出展されメディアでも良く取り上げられる。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/1/12


江戸押絵羽子板 Edoosiehagoita Edo Oshie Hagoita Battledores

Jp En

 羽子板は、古くは胡鬼板(こぎいた)とも呼ばれ、正月の羽根つき遊びや新年を迎える贈り物として用いられてきた。羽子板で邪気を羽根のけて、健やかな成長をお祝いする意味も込められている。
 羽子板に、中国から伝わった技法で厚紙に布を張り、綿を入れて立体感を持たせた押し絵が使われるようになったのは、江戸時代後期のことである。
 当時は町人文化が発達し、浮世絵も多く作られ、歌舞伎役者の舞台姿の似顔羽子板が大変人気をよんだ。年の瀬の「歳の市」には、数多くの贔屓役者の羽子板が並べられ、これを買い求める多くの客でごったがえしたという。
 今日の江戸押絵羽子板は、この押絵羽子板技法が受け継がれて来た物であり、美しい羽子板は初春の縁起物として、また高尚な贈り物として今なお喜ばれている。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



記事数5件: 1~5 件表示          
NIPPON Kichi - 日本吉 - 日本語に切り替える NIPPON Kichi - 日本吉 - to english

モノ・コト・ミル・ヒトで綴る
日本の美意識。

現在の記事 5445
カテゴリーズ
都道府県
キーワードシャッフル
お気に入り
キーワード検索
閲覧履歴



Linkclub NewsLetter