NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/11/12


明王寺 鬼追い・鬼踊り myouou-ji oni-oi oni-odori 

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 兵庫県神戸市には、いくつかの鬼追い行事が残っているが、垂水区名谷町(たるみくみょうだにちょう)にある明王寺(みょうおうじ)の鬼追い・鬼踊り(おにおい・おにおどり)もそのひとつである。
 鬼追いは、追儺会(ついなえ)ともいわれる寺院の年頭行事である。中国でおこなわれていた、年の終わりに悪鬼を駆逐する追儺行事が伝わり、小正月から節分にかけてその年の平穏や五穀豊穣を祈る行事をおこなうようになった。
 鬼は太郎鬼・次郎鬼・婆々鬼、4匹の小鬼が登場する。太郎鬼は木製の槌、次郎鬼は木製の斧、婆々鬼は木製の槍を持つ。小鬼たちは樫の棒を持ち、頭に白い紙の細長い紙垂(かみたれ)の束を被る。
 本堂で法要が終わると、太鼓と法螺貝(ほらがい)を合図に鬼たちが登場する。小鬼は外陣(げじん)の左右両端に分かれ、2人一組になり棒を打ち合わせ床を突く。
 外陣中央では、鬼が松明を持って登場し、内陣(ないじん)の台の上に置かれた鏡餅を太郎鬼と婆々鬼が松明で叩き、次郎鬼が中央で斧を使い、餅割をする。
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2008/10/29


生野銀山 ikuno-ginzan 

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 生野銀山(いくのぎんざん)は、兵庫県朝来市生野町にある日本有数の銀山跡である。
 時代は古く、大同二(807)年には開坑され、天文一一(1542)年には山名祐豊が銀鉱脈を発見し、本格的な採掘が始まった。
 江戸時代には佐渡金山、石見銀山と並び徳川幕府の財源的な存在であり、第三代将軍・家光の頃に最盛期を迎えるが、以後江戸時代を通して産出量は減っていった。
 明治元(1868)年から政府直轄運営となり、フランス人技師長ジャン・フランシスク・コワニエらの助力で近代化が進められた。
 明治二九(1896)年には民間に払い下げられ、昭和四八(1973)年、閉山となった。
 現在は、史跡・生野銀山として一般に公開されており、坑道巡りや多数の貴重な鉱物が展示されている鉱山資料館などがある。
 生野銀山は、かつては日本の代表的な銀山であった鉱山跡である。
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2008/10/27


三身山 太山寺 Sanshin-zan taisan-ji 

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 三身山太山寺(さんしんざんたいさんじ)は、兵庫県神戸市西区伊川谷町にある天台宗の寺である。本尊は薬師如来、十一面観音。
 新西国観音第二十五番霊場、明石西国第二十六番霊場、神戸六地蔵第一番霊場、播州薬師第一番霊場札所となっている。
 霊亀二(716)年、元正天皇の勅願寺として、発願者である藤原鎌足の孫・藤原宇合(ふじわらのうまかい)が堂塔伽藍を建立したのが創建とされる。
 建武中興(1334)の時は寺衆徒のめざましい活躍があり、支院四十一ヶ坊・末寺八ヶ寺・末社六ヶ社を持ち大いに栄えたという。
 現在は、龍象院・成就院・遍照院・安養院・歓喜院の五ヶ坊が残っている。
 鎌倉時代を代表する天台伽藍の本堂は国宝で、仁王門と三重塔は国の重要文化財に指定されており、多数の絵画も所蔵している。
 三身山太山寺は、歴代天皇をはじめ広く信仰を集めた古刹である。
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2008/9/25


布引の滝 Nunobiki-no-taki 

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 布引の滝(ぬのびきのたき)は、兵庫県神戸市中央区葺合町(ふきあいちょう)にある4つの滝の総称である。日光の華厳の滝、紀州の那智の滝と共に三大神滝に数えられ、日本の滝百選のひとつに選ばれている。
 かつて役小角(えんのおづぬ)が開いた滝勝寺の修験道行場の地であり、古くから物語や詩歌に多く引用されてきた。
 布引の滝は、落差43mの雄滝、落差9mの夫婦滝、落差8mの鼓が滝(つつみがたき)、落差19mの雌滝の4つの滝からなり、摩耶山、再度山の水が布引ダムを経て落下している。
 雄滝は、水が6段に折れながら滝壺に落ちており、その段ごとに水がえぐった穴が開いている。この穴には乙姫が住む竜宮城があり、龍神となった乙姫が海へ出かけ、多くの船を守ったという言い伝えが残されている。
 布引の滝は、古くから知られた神秘的な景勝地である。
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2008/9/8


灘のけんか祭り Nada-no-kenka-matsuri 

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 「灘のけんか祭り」とは、兵庫県姫路市白浜町の松原八幡神社で行われる秋季例祭の俗称。11世紀には、この例祭の原点となる祭礼が始まっていたとされる。
 神輿をぶつけ合い、絢爛豪華な屋台を練り合わせ、華やかさと勇壮さで他に類を見ない「灘のけんか祭り」。全国の「けんか祭り」の中でも最大規模の祭りである。
 祭礼は宵宮(夜宮)と本宮(昼宮)に分かれ、まず前夜祭に当たる10月14日の宵宮で幕を開ける。各村の氏子たちがそれぞれの村の屋台を担ぎ上げて松原八幡神社に赴き練り合わせをし、お祭り気分を盛り上げる。祭り本番の翌15日には、屋台と共に3基の神輿を担いでお旅山の麓の練り場に向かい、ここでけんか祭りの名にふさわしい壮絶なぶつけ合いを行う。その後、練り場に次々と6台の屋台が進み、色とりどりのシデ棒が波打つ中、勇壮豪奢な練りを見せ、祭りはクライマックスを迎える。
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2008/9/5


播州三木打刃物 Bansyuumiki-uchihamono 

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 播州三木打(ばんしゅうみきうち)刃物は、兵庫県三木市で生産される金工品で、主な製品に鋸(のこぎり)、のみ、鉋(かんな)、小刀などがある。平成八(1996)年四月、通商産業大臣(現経済産業大臣)から伝統的工芸品の指定を受けた。
 播磨地方は播磨国風土記にも記述が見られるように、製鉄・鍛冶の神である天目一箇命(あめのまひとつのかみ)ゆかりの地で、古代より大和鍛冶が盛んだった。さらに五世紀頃、百済より韓鍛冶の技術が渡来して三木鍛冶の礎となった。一六世紀末、羽柴秀吉の三木城攻めによって町が破壊されると、その復興のため各地から大工が集まり、大工道具の需要が一気に増えたことによって、播州三木打刃物は発展を遂げた。
 材料には鉄や炭素こうを用い、主な技法として、つち打ち、焼き入れ、ひずみ取りがある。現在は十数名の伝統工芸士が、この手作りの技を守り伝えている。
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2008/8/29


六條八幡神社 三重塔 Rokujou-hachiman-jinja Sanjuu-no-tou 

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 六條八幡神社は、兵庫県神戸市北区にある神社である。祭神は応神天皇で、平安時代の長徳元(995)年、基灯法師の創建と伝えられる。
 三重塔は、室町時代の文正元(1466)年、神社の世話役であり、この地方の有力者であった鷲尾綱貞により建立された。
 緑の木々を背景に、やわらかな桧皮葺と上層を区切る細縁の手すりなど、優美な姿で建っている。軒先の強い反りや、上層になる程小さくなる形に室町中期の特徴が見られ、国の重要文化財に指定されている。
 仏教建築である塔が神社にあるのは、神仏混淆の名残りといえる。秋には紅葉をバックにした姿も素晴らしい、歴史ある建築物である。
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2008/8/22


斑鳩寺 三重塔 Ikaruga-dera Sanjuu-no-tou 

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 斑鳩寺(いかるがでら)は、兵庫県揖保郡太子町鵤にある天台宗の寺である。本尊は釈迦如来・薬師如来・如意輪観音。聖徳太子霊跡28番、新西国三十三箇所霊場第32番札所とされる。
 推古天皇一四(606)年、聖徳太子が当時住んでいた大和国斑鳩宮からこの地に来て伽藍を建設し、斑鳩莊と名付けたのが斑鳩寺の創始と言われている。
 三重塔は、室町末期に建造されたといわれるが、当初の塔は戦国時代に焼失し、後に領主・赤松政秀により永禄八(1565)年に再建された。国の重要文化財に指定されている。
 塔は、本瓦葺、高さ24.85mで、四方に石段があり、擬宝珠高欄を付した縁をめぐらす。中央間板唐戸で、脇間連子窓、中備えは三間とも、柱の肩に蓑を着せたような装飾を付けた蓑束(みのづか)となっている。
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