NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/11/12


明王寺 鬼追い・鬼踊り myouou-ji oni-oi oni-odori 

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 兵庫県神戸市には、いくつかの鬼追い行事が残っているが、垂水区名谷町(たるみくみょうだにちょう)にある明王寺(みょうおうじ)の鬼追い・鬼踊り(おにおい・おにおどり)もそのひとつである。
 鬼追いは、追儺会(ついなえ)ともいわれる寺院の年頭行事である。中国でおこなわれていた、年の終わりに悪鬼を駆逐する追儺行事が伝わり、小正月から節分にかけてその年の平穏や五穀豊穣を祈る行事をおこなうようになった。
 鬼は太郎鬼・次郎鬼・婆々鬼、4匹の小鬼が登場する。太郎鬼は木製の槌、次郎鬼は木製の斧、婆々鬼は木製の槍を持つ。小鬼たちは樫の棒を持ち、頭に白い紙の細長い紙垂(かみたれ)の束を被る。
 本堂で法要が終わると、太鼓と法螺貝(ほらがい)を合図に鬼たちが登場する。小鬼は外陣(げじん)の左右両端に分かれ、2人一組になり棒を打ち合わせ床を突く。
 外陣中央では、鬼が松明を持って登場し、内陣(ないじん)の台の上に置かれた鏡餅を太郎鬼と婆々鬼が松明で叩き、次郎鬼が中央で斧を使い、餅割をする。
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2008/9/29


天念寺耶馬 Tennen-ji-yaba 

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 天念寺は、六郷満山の中山本寺(なかやまほんじ)で、養老二(718)年に仁聞菩薩によって開基されたと云われる。平安・鎌倉時代には他の寺院と同様に修験と祈願の寺院として繁栄。鎌倉時代の元寇の際には、満山寺院の僧を集めての戦勝祈願の法要が盛んに行われたとも伝えられている。現在でも六郷満山古来の正月行事である「修正鬼会」が受け継がれている。
 天念寺の前を流れる長岩屋川には川中の巨岩に不動三尊が刻まれているが、この川は幾度となく氾濫を繰り返したため、水害除けに刻まれたと伝えられている。
 このように天念寺周辺は風雨などで浸食された奇岩・巨岩がそびえ立つ景勝地で、その美しさから「天念寺耶馬」や「都合耶馬」と呼称され、人々に広く愛されている。耶馬と言われる様に、木々の上に突き出た岩場を見ると、まるで馬が暢気にしゃがんでいるかのような姿が浮かんでくる。
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2008/6/5


常念岳 Jounen-dake 

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 山全体が長野県に属し安曇野のシンボルとなっている常念岳(じょうねんだけ)は、標高二八五七mの常念山脈の主峰である。
 ピラミッド型の常念岳の頂上には祠があり、信仰的な山であったことを偲ばせる。
 昔この山は常念坊と呼ばれていたという。坂上田村麻呂が八面大王という鬼を征伐した際、手下であった常念坊が山に逃げ込んだ。山に住む常念坊という山姥が暮れになると酒を買いに来た。などいくつかの伝説が伝えられている。初夏には、徳利を提げた常念坊の雪形が見られることでも知られている。
 また、常念岳は高山動植物の宝庫でもあり、特にミヤマモンキチョウ、タカネヒカゲ、ベニヒカゲなど美しい高山蝶が生息していることで有名である。
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2008/4/25


倉敷はりこ Kurashiki-hariko 

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 倉敷はりこ(くらしきはりこ)は、岡山県倉敷市に伝わる民芸品である。県の伝統工芸品に指定されている。
 明治二(1869)年、雛人形や武者人形を作っていた職人である生水多十郎(おみずたじゅうろう)が、男の子の誕生を喜び張り子の虎を創作した。それが評判となり、節句の飾り物として使われるようになったという。これが、「倉敷はりこ」の始まりとされている。現在は、4代目の生水幹一(おみずかんいち)が、その伝統を守っている。
 はりこは、木の型を作り、それに和紙を何枚も張り合わせて乾燥させ、固まった紙を型から外して色付けされているのが特徴。
 素朴さが身上で、おどけたユーモラスな顔がかわいい。品物も、鬼・天狗・おかめ・ひょっとこ・素隠居(すいんきょ)の面・首振虎・十二支など、豊富な種類を誇る。
 倉敷はりこは、素朴さの中に郷土色が息づく伝統玩具である。
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2008/3/18


柴灯まつり Sedo-matsuri 

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 柴灯まつり(せどまつり)、正式には「なまはげ柴灯まつり」と呼ばれるこの祭りは、毎年二月の三日間、秋田県の男鹿市真山神社(しんざんじんじゃ)で執り行われる。神事である「柴灯まつり」と「なまはげ」を組み合わせた、みちのくの雪祭りである。
 「なまはげ」とは鬼の面に蓑をまとい鉈を持つ。怠け者を懲らしめ災いを払い、祝福を与える神の使いとされている。この地方では古くから続く伝統行事である。
 まつりは一五匹のなまはげの登場によって始まる。宮内では神事が催され、その中で鎮釜湯の舞(ちんかまゆのまい)という独特の祓い神楽が舞われる。更になまはげ踊り、なまはげ太鼓が行われ、最後になまはげ達が下山する。
 なまはげの着る蓑から抜け落ちる藁を、病気の箇所に巻き付けると疾病治癒、無病息災を祈願できる、との言い伝えがあり、人々が争いながら逃げるなまはげから藁を取ろうと奮闘する。また、宮内では松ノ木で柴灯火が焚かれ、この火で焼かれた餅をなまはげからもらうと災難除去の御利益があるといわれている。
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2008/1/30


メンドン Mendon 

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 鹿児島県指宿市山川利永の利永神社では、毎年一月一六日にメンドンという伝統行事が行われる。
 主人公はメンドンに扮する若者数人。女装や奇抜な服装になり、ほおかむりに顔はオカメ、ヒョットコ、鬼、天狗等の面を付けて、大根を手に人々を執拗に追い掛け回す。大根には先にヘグロという真っ黒いススが付いている。メンドンはこのヘグロがたっぷりついた大根を町民、見物人、通りすがりの車の運転手等に遠慮なくなすりつけてしまうので、見物人は次々に真っ黒になっていく。しかしこのススを塗られると、子供達はより元気に、大人たちは無病息災で一年を過ごせると言われている。
 この風習はお伊勢講の際に、伊勢神の御利益にあずかろうと神輿に集まった村人に、いたずら好きのメンドンが現れた事からはじまり、疱瘡(ほうそう)除けなどの要素も入って今の形に発展したという。
 メンドンの言葉の由来は定かではないが、とてもユニークな行事である。
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2007/10/22


藤縄神楽 Fujinawa-kagura 

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 藤縄神楽(ふじなわかぐら)は愛媛県の柳沢地区において、江戸時代から演じられている九州日向神楽系統の神楽である。
 起源年については明らかではないが、弘化二(1845)年にはすでに奉納の記録が残っている。
 その昔、松山の道後温泉の湯が止まった時に、藤縄神楽の太鼓の名人、藤縄三島神社の神主が湯が出るようにと祈り神楽を奉納した。その際太鼓を「デンデン」と打つと湯が出ないというので「ドンドン、デルデル」と打ったところ、本当に湯が出るようになったという伝承話が残っている。
 その物語でも象徴しているように、神楽の中でも太鼓のリズムに様々なパターンや工夫が施されている。
 舞は歩みの幅が決められていて、その歩幅の六足四方の広さの中を舞う。
 盆神楽に似た「月日の舞」、鬼と四神が刀を交える「鬼四天」、長刀をもって荘厳に舞う「薙刀の舞」など表現が豊かな演目が多い。
 昭和五六(1981)年に市町村指定重要無形民俗文化財に指定されている。
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2007/10/15


女木島 鬼の大洞窟 Megishima Onino-daidoukutsu Ogres’ Cave on Megi-jima Island

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 香川県高松市の高松港からフェリーで約20分、瀬戸内海国立公園に属しているのが女木島(めぎじま)である。
 鬼の大洞窟(おにのだいどうくつ)とは、女木島にある洞窟である。
 その名の通り、桃太郎の話に登場する「鬼が島」は、実は女木島ことであり、大洞窟は鬼の住みかである、という説が大正時代に飛び出した。その後、その説は定着、女木島は一躍全国的に有名になっていったとされる。
 島の船着場には「鬼が島・鬼の展示館」が建つ。また、鬼の洞窟の上にある広場からは瀬戸内海に浮かぶ大島や兜島、鎧島等の島々が見渡すことができ、多くの人々の憩いのスポットとなっている。
 冬になると女木島には、「オトシ」と呼ばれる冷たい風が吹き込み、その風から家々を守るため「オーテ」という石垣を作り、建物を守っているという。
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