NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/8/13


くしふる神社 Kushifuru-Jinja Kurufushi Shrine

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 くしふる神社は、宮崎県西臼杵郡高千穂町にある神社である。祭神は、天津日子彦番火邇々杵命。
 神社創建は不詳で、はじめは社殿もなく、山そのものを神体として祀り、高千穂八十八社のひとつに数えられていた。元禄七(1694)年、当時の延岡藩主や村人たちの厚い信仰により、社殿が建てられた。
 古事記にはニニギノミコトが降り立った所は、高千穂の「くじふる峰」と記されているが、その場所と考えられている「くしふる峰」の中腹にある神社である。周辺には神武天皇の兄弟神の生誕地である四皇子峰や高天原遥拝所、高千穂碑等の神話史跡がある。
 森に囲まれ静かな佇いの社で、高千穂神社、天岩戸神社、くしふる神社の三カ所を詣でる三社参りが古くから人気となっている。
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2008/7/25


徳島 大麻比古神社 Tokushima Ooasahiko-jinja 

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 大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)は徳島県鳴門市の大麻山(おおあさやま)の山麓に鎮座する神社である。古来より阿波の国でも格式の高い一宮として栄えてきた。
 神社の起源は阿波の国を治めていた天富命(あめのとみのみこと)が先祖の天太玉命(あめのふとだまのみこと)、大麻比古神を守護神として祀ったのがはじまりと伝えられている。天太玉命は第一代神武天皇の時代(紀元前585年ごろ)、阿波国で麻の播殖と開拓に努めた。
 神社周辺は県指定自然公園に指定されており美しい樹木に包まれている。参道の長さは1キロにも及び、境内には樹齢1000年を超える楠の御神木がそびえている。本殿は重厚な雰囲気を漂わせて、この社が由緒ある神社であることを物語っている。
 毎年正月の初詣には三が日で20万人以上の人々が参拝に訪れる地元でも有名な神社である。
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2008/3/5


弥彦神社 yahiko-jinjya yahiko Shrine

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 越後平野の中央にそびえ立つ弥彦山の麓に、弥彦(伊夜比古)神社(やひこ(いやひこ)じんじゃ)はある。越後国の一ノ宮である。
 境内はうっそうとした樹林に覆われ、長い月日を経てきた老杉、古欅が佇んでいる。その創建年代は不詳だが、万葉集にも歌われたほどの古社。
 祭神は天香山命(あめのかごやまのみこと)。神武天皇の命を受け、越後国開拓のため地元の民に、漁労や製塩、稲作や養蚕などの農耕術を教えたという。かつては、伊夜比古さまと呼ばれ、越後の人々の心のふるさと、魂のよりどころとして、古くから栄えてきた。
 日本有数の長い日本刀である志田大太刀(しだのおおたち、重要文化財)や、源義家や源義経らに所以すると伝えられる武具などの文物が、社宝として宝物館に展示されている。
 現在の社殿は、火災のために焼失した後、大正五(1916)年に再建されたものである。
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2008/2/18


神前神社 Kamisaki-jinja 

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 知多半島のほぼ中央に位置する半田市亀崎(かめざき)。その地の氏神である神武天皇が祀られているのが「神前(かみさき)神社」である。
 神武天皇が伊勢路から亀崎を訪れたという伝説により「亀崎神社」と呼ばれたが、その後「神前神社」に改称されたといわれる。
 伊勢湾に向かって建てられている社殿は、海からもはっきりとその姿を見ることができる。その昔、神社の前を通る船は帆を下げたり帆綱に手をかけたりして、航行の安全を祈願したり敬意を表したりしたという。
 「春の山車祭り」の最後をしめくくる、「亀崎潮干祭(かめざきしおひまつり)」が奉納される神社としても有名である。また宮参りや虫封じなどにも多くの参拝者が訪れる。
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2007/9/14


都農神社例大祭 Tsuno-jinja-reitai-sai The Annual Festival at Tsuno Shrine

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 都農神社(つのじんじゃ)はJR日豊本線の都農駅から車で約5分、宮崎県児湯郡都農町に位置する神社である。
 神武天皇御東遷の際に、この地に祭壇を設けたことが始まりといわれ、代々の天皇とのご縁も深い神社である。社内は見事な森林に覆われ、静寂に包まれている。玉砂利の敷かれた参道を歩んでいくと、厳かな雰囲気に包まれるようである。
 都農神社例大祭は毎年一ニ月四日と五日に執り行われる。四日が前夜祭、五日が例大祭である。
 例大祭では大勢の人々が輪になり踊る「都農町総踊り」、ひょっとこの面をつけて舞うコミカルな「日向ヒョットコ踊り」、弓道を競う「大弓四半的」、神楽奉納などが行われる。
 また、例大祭の間、訪れた人々には、甘酒、酒、焼酎、豚汁がふるまわれる。
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2007/8/20


秋元神社 Akimoto-jinja 

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 高千穂の南方、諸塚山の中腹に鎮座する秋元神社(あきもとじんじゃ)。参道の長い階段を上り切り、ふたつ目の鳥居をくぐると、眼前に境内が現われる。境内はさして広くはないが、静寂に包まれ、御神木の銀杏に守られた小さな拝殿からは神秘が漂う。流れ落ちる清らかな山の水は、御神水として祀られている。
 神武天皇の孫にあたる建磐竜命(たていわたつのみこと)が創建し、天和三(1683)年に現在地に建立したと伝えられている。珍しいのは建物の向きで、一般的には南方から西方に向けるべきところ、秋元神社は北東を向いており、これはきわめて珍しい。「パワースポット」などと呼ぶ人が多いのは、そんな理由からだろうか。
 秋元神社では毎年一一月下旬ごろ、今年一年の無事に感謝し来年の五穀豊穣を願い、山神楽が奉納される。ひと晩かけて行うこの神楽奉納には、数千円の初穂料を収めれば誰でも立ち会うことができる。
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2007/8/16


国見ケ丘 Kunimi-ga-oka Kunimigaoka Hill

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 国見ケ丘(くにみがおか)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町にある標高513mの小高い丘である。
 神代の昔、神武天皇の孫にあたる建盤竜命(たていわたつのみこと)が九州統制の折り、この丘に立ち、明け暮れに国見をした事から、国見ヶ丘と呼ばれるようになったと伝えられる。
 国見とは、秋の豊穣にかかわる呪的景物を見て、豊穣を祝する儀礼である。
 丘からは、西に阿蘇の五岳、北に祖母の連山、東に天香具山、高天原、四皇子峰や高千穂盆地、眼下に五ヶ瀬川の渓流が見渡せる。
 一〇月上旬~一一月上旬ごろの早朝は、冷え込んだ朝に発生した霧が高千穂盆地やとりまく山々の間に沈み、まるで真綿を敷き詰めたように盆地の集落を覆い隠す。足もとからわき立つ雲海の眺めは、大変に素晴らしい。
 国見ケ丘は、美麗な眺望と幽玄な雲海を持つ場所である。
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2007/7/30


大倉の役人田植踊 Ookura-no-yakunin-taue-odori Yakunin Taue Odori in Okura

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 大倉の役人田植踊(おおくらのやくにんたうえおどり)は、宮城県仙台市青葉区大倉で、旧暦7月6日に行われる定義如来の夏祭りにて踊られる踊りである。県指定民俗文化財民俗芸能とされる。
 天保三(1833)年、京都生まれの源宗という法印が、大倉の人々に京の踊りを伝えたのが始まりと言われている。
 役人とは、鬼人と呼ばれる弥十郎が、田の神の役を務める意味と伝えられる。
 弥十郎の長である鬼人が、頭に日月の引立烏帽子をかぶり、背に神武天皇と書かれた陣羽織を着て田植踊りを踊る。
 踊りには、讃め言葉や返し言葉があり、鬼人が唄える口上や早乙女の歌・舞振りにこの田植踊の特徴があるとされる。
 大倉の役人田植踊は、地域社会の中で伝承されてきた、伝統ある民俗芸能である。
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