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2007/9/11


青麻神社 Aoso-jinja Aoso Shrine

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 青麻神社(あおそじんじゃ)は、全国の青麻神社の総本社で、太陽・月・星を一緒に祀っており、名水の名所としても知られる。
 仁寿二(852)年に、現社家の遠祖・穂積保昌が京都からこの地に来て、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、月読神(つくよみのかみ)の日月星の三光神を清水湧く岩窟の中に奉祀したのが始まりとされている。あわせて里人に麻の栽培を教えたといわれ、これが神社や地名の由来となっている。
 この神社は昔から中風病退除のご利益で知られ、また創健者である穂積一族が水運に携わっていたことから海上安全の神として崇められており「三度詣でれば生涯中風の難よりのがれる」と伝えられている。
 現在境内には名水「おすず」が湧き出ており、清らかな水を求めて多くの参詣者が訪れる。
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2007/9/7


箱泉寺 Sousen-ji 

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 箱泉寺(そうせんじ)は、宮城県石巻市河南町にある古刹である。
 伝教大師の弟子の慈覚大師が貞観年間(859~877)に開いたとされる。
 天正三(1575)年に俊光と号する僧が中興に努め、真言宗にと改められた。
 寺は旭山の北側の斜面に位置し、周りは森で囲まれている。参道の石段を登ると、なんとも年代を感じさせる四脚門の山門が構えている。山門をくぐると、前方に本堂があり、本堂の右側は渡り廊下となり、玄関、庫裏へと続いていく。
 本堂の前には大杉と平成九(1997)年に根方山より勧請され、多くの人の願いをかなえてくれるといわれる千願石・万願石がある。
 この地は清水が豊富に湧き出る里としても知られており、境内にある独鈷水(おこうずい)は、慈覚大師ゆかりの水で、寺の名前の由来になっている。
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2007/8/23


知多 岩屋寺 Chita Iwaya-ji 

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 知多半島の南部に岩屋寺(いわやじ)という寺がある。霊亀元(715)年に元正天皇の勅願により、行基菩薩を開祖として創建されたと言われる。
 もともとは天台宗の寺だったが、昭和二五(1950)年に独立して尾張高野山の総本山となった。知多三十三観音、知多新四国八十八個所の札所でも知られる。
 寺宝である大蔵経5463巻は、戦国時代に大野城主・佐治氏から寄進を受けたもの。原典は中国唐時代に玄奘(げんじょう)法師がインドから伝えたものである。欠本が少ない点で大変に貴重な資料となり、国の重要文化財に指定されている。
 奥の院は東の山中にあり、岩屋寺から300メートル進んだところにある。岩肌には清水が流れ、石窟の至る所に石仏があり、その数は数千体に及ぶ。奥の院に登ればそこはまさに霊場としての雰囲気が漂う。
 
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2007/7/30


富田の清水 Tomita-no-shitsuko 

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 富田の清水(とみたのしつこ)は、津軽四代藩主・信政が、越前の紙漉法を導入した際に、紙を漉くのに適していることから、この清水を使わせたのが始まりとされる。昭和初期まで紙漉に使われていたが、その後は生活用水としても使われ続けた。
 弘前の市街地に、その水屋が現在も残っている。水槽は六つに分けられ、一・二番目は飲用、三番目は米や青物の洗いと洗面用、四番目は紙漉の材料や漬物を漬け、五・六番目は洗濯、足洗い等の使用の決まりが定められていた。富田の清水は現在でも飲用が可能で、お茶やお料理に利用するため、地元の人たちが日常的に利用している。
 昭和六〇年に国指定の名水百選に選定された清水は、今も人々の生活を潤わせ、憩いの場を提供しつづけている。
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2007/5/31


瓜裂の清水 Uriwari-no-shimizu Split-Melon Clear Water

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 富山県庄川町は水の町。飛騨の山々から庄川に水が流れ出し、五箇山を流れ下って砺波平野に出てくる扇頂に位置する。南砺の山々からは豊富な水が流れ出し、砺波平野を潤す。その南砺の山々の山腹や麓にはたくさんの滝が流れ落ち、清水が湧き出ている。この庄川町には、「全国名水百選」の「瓜裂清水(うりわりのしみず)」がある。
 庄川町にある岩黒団地の小高い段丘の下の道路脇にある浅い洞窟の中には数体の石仏があり、その仏たちが見守るようにこんこんと湧き出る清水が「瓜裂清水」である。今から約600年前、井波にある端泉寺の開祖、綽上人がこの地を訪れた際、馬の蹄が突然陥没し、その跡から清水がこんこんと湧き出た。この水で瓜を冷やしたところあまりの冷たさに瓜が自然に裂けた、とされる。炎天つづきの際にも涸れることのない清水は、霊水として崇められているという。
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2007/4/18


気仙川 Kesen-gawa The Kesen River

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 気仙川は、岩手県気仙郡を流れる川である。
 その源は標高1013メートルの高清水山に発し、全長44キロの比較的小さな2級河川である。
 気仙川の水利用は古くから行われ、灌漑用水の水源及び発電などに利用されており、特に下流部は広大な耕地を有し、気仙地域の穀倉地帯となっている。
 かつては五葉川、有住川などと呼ばれた岩手の清流を代表する川で、アユ、ヤマメ、イワナなど、魚類の宝庫として有名である。
 全国的に知られる渓流釣りのメッカであり、3〜10月までは釣人で賑わっている。 いくつかの支流の奥には、大滝、小滝、白糸の滝など、都会では体験できない手つかづの自然の世界に触れることができる。
 気仙川は、誰でも自然を楽しむ事が出来る河川である。
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2007/4/2


大慈清水 Daiji-shimizu 

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 大慈清水(たいじしみず)は、岩手県盛岡市大慈寺町に湧く名水である。御田屋清水、大慈清水、青龍水を合わせて「盛岡三清水」と呼ばれている。
 「平民宰相」原敬の墓所がある大慈寺の境内から清水が湧き出で、木管を通して共同井戸の水源とした。これが大慈清水である。
 この清水は雛壇形式の箱で造られており、
 一番井戸 飲料水
 二番井戸 米とぎ場
 三番井戸 野菜食品洗い場
 四番井戸 洗濯物すすぎ場
 と、決められている。
 現在でも日本酒の仕込みや生活用水として使われており、居住地域にこのような飲用も生活用水利用も可能な水をたたえる井戸は、全国的にみても非常に貴重な存在とされている。
 大慈清水は、今も人々の生活を支えている庶民の名水である。
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2007/2/16


柄杓 Hisyaku Hishaku

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 柄杓は、昔から水を汲む用具として使われてきた。古くは竹の節を残して切ったものや、木幹のコブをくり抜いたものに柄を付けていたが、今では、金属製やプラスチック製が広く使われている。その大きさや用途は様々。
 曲物柄杓は、神社や寺院の手水舍か、風雅を好むたたずまいにしか見られなくなったが、昔は日常的に使われた。ヒシャクというのは、ヒサゴ(瓢箪)を二つに割って使った事に由来。ヒサゴが訛ってヒサクとなり、さらにヒシャクとなった。古くから凹んだ所には、神霊が宿ると考えられ、柄杓は聖なる容器として特別に扱われた。元旦の若水迎えは、年の暮れに用意した新しい柄杓を持って井戸や清水の流れる所に水を汲みに行く。この水を汲んで年神に供え、口を漱ぎ、雑煮を炊くのに使う。また、魔除けとして軒先にかけて流行病をふせぐ呪いとしたり、自在鉤に結びつけて火伏せのお守りにするのは、柄杓に特別な力があると考えられた事による。
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