NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/2/18


久麻久神社 Kumaku-jinja 

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 男山と女山の大小二つの丘からなる八ツ面山の中腹にあるのが、久麻久神社(くまくじんじゃ)。徳川家康が戦勝祈願に訪れた県下最古の入母屋造り本殿がある。
 古くから「きらら」と別称のある白雲母(しろうんも)という鉱石の産地として知られ、昭和初期まで採掘されていた。
 昭和二五(1950)年に国の重要文化財に指定された現在の本殿は、大永七(1527)年に再建されたもの。吉良氏やその一族の八ツ面城主・荒川氏が建立したと推定される。
 県下最古の神像彫刻「牛頭天王神像(ごずてんのうしんぞう)」や「陶製こま犬」など、貴重な美術工芸品も残されている。
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2007/7/30


青森 最勝院 Aomori Saishou-in 

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 最勝院(さいしょういん)は、正式には、金剛山光明寺最勝院(こんごうさんこうみょうじさいしょういん)と呼び、仏教教典「金光明最勝王経」に由来した名前で、五穀豊穣、国家安泰等の願いが込められている。
 本州最北の国指定重要文化財・五重塔があり、現在、金剛山最勝院の所属であるが、昔は連光山大圓寺の所属であった。
 津軽為信が津軽統一の際に戦死した将士らを、敵味方区別なく供養するために、大圓寺第六世の京海が建築した。
 当時の大圓寺の本堂が、現在、護摩堂と名前を変え、明和九(1772)年に奉納された本尊、牛頭天王(ごずてんのう)尊がそのまま残っている。
 塔自体が、高台にあり、総高は31・2メートルあるため、非常に安定感に富んだ美しい形を楽しむことができる。
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2007/6/28


あばれ祭り Abare-matsuri Abare-Matsuri Festival

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 能登町の「あばれ祭り」は、その名の通り、暴れることが面目。7月の第一金曜・土曜に行なわれるこの祭りは、その後8月に入って9月中旬まで能登半島各地で続く「能登キリコ祭り」の先陣である。
 金曜の夜、宇出津(うしつ)港の波止場に設けられた柱たいまつに火がつけられると、灯りをともされたキリコと呼ばれる切子灯籠(きりことうろう)や神輿がその周りを駆け回る。翌土曜日には、キリコは町内を練り回るが、神輿を海へ投げ込み、その後夜には八坂神社近くの川へ放り込み、最後は八坂神社前の大たいまつの火の中へ投げ入れるという暴れぶりが披露される。
 これは、祭神の「須佐之男命(すさのおのみこと)」が荒ぶる神の象徴とされているので「暴れれば暴れる程良い」とされているため。1665年前後の年に能登で疫病が大流行した折、京都の祇園社から牛頭天王を勧請し、盛大な祭礼を始めたところ疫病が鎮まったので、喜んだ地元の人々がキリコを奉じて八坂神社へ詣でたのが始まりとされている。
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2007/4/24


京都 朱智神社 Kyoto Syuchi-jinjya 

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 京都府田辺市にある神社。
 69年の仁徳天皇時代に「西峰山頂」あたりに創建された。535年宣化天皇時代に現在の場所に移設された。その当時は「朱智天王」と命名された。
 この地帯一帯に勢力のあった息長氏(おきながし)の祖神が祀られている。
 京都府の登録文化財に指定されている本殿は「一間社流造・檜皮葺」で、安土桃山様式の特徴であった唐獅子や牡丹などの、豪華絢爛で華やかな彫刻が見られる。「牛頭天王像」(ごずてんのうぞう)と呼ばれる3つの顔がある唐文様装束の木像は、京都府指定文化財に指定されている。
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2007/2/14


津島神社 Tsushima-jinjya Tsushima Shrine

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 愛知県津島市にある神社。中部地方にある津島神社の総本山。
 歴史は、540年欽明天皇の時、津島牛頭天王社(つしまごずてんのうしゃ)と称された。
 810年に嵯峨天皇から正一位と日本総社の称号があたえられた。全国に約3000ほどの分霊がある。
 戦国時代、織田信長は津島のとなり、勝幡城の出身であり、当社を氏神と仰いで、造営などに協力、豊臣家もこれを引き継ぎ尊信した。
 重要文化財に指定されている本殿は桃山式建築の様式で優雅な造りである。
 境内社殿は南向きで、大きな朱の鳥居がある。参道を進むと南門。南門をくぐると、愛知の大きな神社の特徴の蕃塀がある。
 「牛頭天王さん」とよばれ絶大なご神徳を授かろうと、たくさんの人々でにぎわう。
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2007/2/9


田島祇園祭 Tajima-gion-sai 

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 日本三大祇園祭のひとつに数えられ、どぶろく祭・ふき祭と称される会津田島祇園祭は、お党屋制度によって保存運営されている。
 八百余年の歴史を秘めた田島祇園祭は、もともと古くからあった田出宇賀神社祭と鴫山(しぎやま)城主長沼氏が鴫山城を築いた時に鎮守した牛頭天王の祭を融合したものとされている。
 現在12組のお党屋が1年神主の党本の家を支えて祭事を担当する。13年目に巡ってくる当番お党屋を中心に、前年のお党屋組「渡し」と、翌年お党屋組の3組が繰り広げる祇園祭は1年がかりの大行事。
 伝統を守り続けて昭和56年、国の重要無形民俗文化財に指定された。
 7月23日、早朝に行われる古式ゆかしい七行器行列がクライマックスで、別名花嫁行列とも呼ばれる。
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2007/1/28


桂昌寺跡 地獄極楽 Keishouji-ato Jigoku-gokuraku Jigoku-Gokuraku (heaven and hell) Cave at Keishoji Temple Ruin

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 洞窟型地獄巡りで、江戸の天台僧午道法印が文政3(1820)年に作った。
 江戸末期、大衆教導の場として造られた全国でもまれな洞窟。ノミで掘って当時のままを残しているのは貴重なものといわれる。
 入るとまず閻魔大王の裁判を受け、牛頭(ごず)馬頭(めず)に引かれて地獄道(40m)を進む。その先で脱衣婆(だつえば)が不気味に待っている。さらに進むと血の池地獄があり、赤鬼青鬼が待ち構える。地獄道を抜けると今度は極楽道(30m)となる。途中の十三仏に助けられて極楽浄土へと迎えてくれる来迎(らいごう)弥(み)陀(だ)や観音・勢至菩薩(せいしぼさつ)の前に出る。
 その横の竪穴を鎖づたいに5mほど登ると、その丘上が極楽浄土で、阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)をはじめ多くの菩薩と一緒にすばらしい景色を楽しむことができる。
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