NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/7/20


武田双雲 TakedaSouun Souun Takeda

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 1975年、熊本県生まれ。書道家。3歳より書道家である母・武田双葉に師事。
 東京理科大学理工学部卒業後、約3年間のNTT勤務を経て書道家として独立。以降、狂言師や彫刻家、音楽家などさまざまなアーティストとのコラボレーションや斬新な個展など独自の創作活動を展開。また、多くの門下生を抱える書道教室を主宰する。「書は会話と同じ。自分は書でコミュニケーションを取りたいだけ」と静かにそして熱く語る新世代の書道家である。
 2003年、中国上海美術館より龍華翠褒賞受賞、イタリア・フィレンツェにてコスタンツァ・メディチ家芸術褒賞受賞。映画「春の雪」「北の零年」など数多くの題字も手がけている。著書に「たのしか」「書愉道 双雲流自由書入門」「「書」を書く愉しみ」がある。
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2007/5/11


奥山清行 Okuyama Kiyoyuki Kiyoyuki Okuyama

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 1959年、山形県山形市生まれ。GM(米)、ポルシェ(独)のチーフデザイナー、ピニンファリーナ(伊)にてデザインディレクターの要職を経て独立。
 マセラッティ・クアトロポルテ、エンツォフェラーリ、フェラーリ・スカリエッティなどのカーデザイナーとして世界的に著名。
 カーデザインと並行して、各種工業デザインの分野で、電車、航空機などの公共交通機関、家具、プロダクト、インテリアデザイン、空間デザインや都市計画まで幅広く手掛ける。KEN OKUYAMAレーベルにて眼鏡、サングラスの開発と販売、「山形工房」ブランドにて2006年より家具の製造販売を開始。
 現在、「アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン」(米)工業デザイン学部客員教授、金沢美術工芸大学客員教授、グッドデザイン賞選考副委員長、山形カロッツェリア研究会主宰。イタリア在住。
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坂 雅子 Ban masako Masako Ban

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 アクセサリーデザイナー。坂茂建築設計を経て、グラフィックデザイナーとして活動。2001年、ロンドン滞在中に独学でアクセサリーデザインを始め、帰国後「acrylic」(アクリリック)設立。   2005年には、最初のコレクションがニューヨーク近代美術館MOMAデザインストアに選ばれる。同年、東京にショップ「acrylic」オープン。
 その作品の特徴は、シンプルなデザインに徹し、素材感、仕上げ感を大切にしている点にある。特にアクリルのカットやスポンジの型抜きなど、日本の職人の技術を重視し、日本製にこだわる。今後は、日本の伝統工芸とのコラボレーションシリーズを集中して広げていく予定だ。
Magic Garden
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2007/4/24


半木の道 Nakaragi-no-michi 

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 半木の道は京都府京都市左京区にある遊歩道である。
 京都市内の中央部を流れる「賀茂川(かもがわ)」に隣接する約800メートルほどの遊歩道は、春になると枝垂桜が咲き誇り、淡いピンク色の桜のトンネルが完成する。また対岸の加茂川街道や上流、下流にも桜の木が大量に植えられており、この時期の賀茂川の周辺はピンク色の霞がかかるほどに桜がにぎやかに咲き乱れ、河川敷は大勢の行楽客でにぎわう。
 「半木(なからぎ)」は、川の隣にあった「流木神社」の名前が由来とされているが、洪水で流されてしまったことをきっかけに「半」の字をあてるようになった、と言われている。また「半木の森」では山城平野の植生がそのままの自然林が見られる。
 京都の春の観光名所のひとつである。
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2006/12/18


石庭(世界遺産) Sekitei(Sekai-isan) Sekitei Rock Garden

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 白砂の中に置かれた、たった数個の石。
 極端なまでに抽象化された空間の中に、あなたは何を見るか。海に浮かぶ島々、雲海からのぞく山の頂き、時空を超越した宇宙の理…。鑑賞者の自由な解釈にゆだねるしかないその存在は、まるで、禅の公案のようだ。
 石庭は、見る者の視覚を瞬時に異化する不思議な構造を持っている。限られた空間の中で、遠近を最大化する工夫が為され、砂に描かれたシンプルな曲線が波を生む。すべてをそぎ落とした時、奇跡のように現れた宇宙のフォルム。
 最も有名な龍安寺の石庭すらも、いまだ作者は不明。500年以上の時を超えて、変わらぬ姿のまま、そこにあり続けてきた。訪れた者は、圧倒的な空間の美に、ただ立ちつくすしかない。
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2006/12/15


青森ねぶた Aomori-nebuta Aomori Nebuta Festival

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 「ねぶた」とは、東北地方の七夕の行事を表わす。竹、木、針金、紙などで作った大きな人形(ねぶた)を車つきの台(山車に乗せ、灯をともして町を練り歩く祭りだ。飾りつけをした人形を「ねぶた」と呼ぶが、一般的には「ねぶた祭り」のことを指す。
 日本屈指の「青森ねぶた」の行列は、8月3〜7日に青森市内で行なわれる。「跳人(はねと)集団」「お囃子」「ねぶた(車)」で一団体。二十数団体が決まった合同運行コースを練り歩く華麗な祭りだ。この祭りの特色のひとつに、「跳人」の大乱舞がある。
 青森ねぶた祭は、七夕行事の灯籠流しの変形だとされており、海上運行されるのはその名残だとされている。青森ねぶた祭りが、現在のように大型化したのは戦後。現在では大きな観光資源として管理・運営されている。
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茶道 Sadou Sadou (Tea Ceremony)

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 平安時代に中国より伝わった茶は、次第に嗜好品として定着。やがてにぎやかな宴会の中で楽しむ茶の湯に対して、簡素な日本の工芸品を使い、精神性を重んじる茶の湯が登場。
 それが「わび茶」すなわち「茶道」の成立であった。安土桃山時代に千利休が遊びの要素をできる限り退け、客人との心の交流を中心とした緊張感のある茶の湯を大成。利休が目指した茶の道は、風情の中に美的な境地や心の満足を探究しようとする精神といえよう。
 「日本の美術工芸の粋は、茶道にすべて内包される」といわれるように、茶道は茶道具や茶室建築、俳諧など広い分野にまたがる総合芸術。「もてなし」と「しつらい」の美学、閑寂や枯淡の境地など、茶道が日本の精神文化に与えた影響ははかりしれない。
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能(世界無形遺産) Nou(Sekai-mukei-isan) Noh (The Masterpiece of the Oral and Intangible Heritage of Humanity)

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 能の源流は奈良時代。今日まで伝わる能の芸術性を確立したのは、室町時代初期に活躍した観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)親子である。 
 能は、舞と謡(うたい)を担う「シテ」と呼ばれる主役を中心に、伴奏の地謡(じうたい)や囃子をともなって構成される音楽劇だ。
 その芸の特徴は、能面を使用することにある。喜怒哀楽の表現を最小限にとどめ、シテのわずかな動作が感情の機微を表わす。能の根幹を成す舞は、舞踊的な部分と演劇的な部分が混在し、所作は抽象的だ。謡は言語によって表現されるすべてのものであり、地謡は舞に必要な文句をうたうだけでなく、登場人物の心理描写や情景描写も行っている。これらはすべて「型」によって構成されており、多様な型を守ることで能の芸術性が保たれてきたのである。
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