NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/8/31


興福寺 五重塔(国宝) Koufuku-ji Gojuu-no-tou 

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 興福寺(こうふくじ)は、法相宗の大本山として知られる。和銅三(710)年の春三月、平城京・左京三条七坊の地に造営された。
 興福寺には国宝に指定されている五重塔がある。天平二(730)年に、興福寺の創建者である藤原不比等(ふじわらのふひと)の娘、光明皇后の発願で創建された。
 創建当初は高さ四五メートルで、当時の日本では一番高い塔だった。現在は高さは約五〇メートルで、木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で二番目に高い塔である。
 火災などにより、この塔は応永三三(1426)年に再建されたもので、現在第六代目となる。
 五重塔各層には水晶の小塔などが安置されていたが、現在は薬師三尊像、釈迦三尊像、阿弥陀三尊像、弥勒三尊像が安置されている。

 

 
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2007/2/12


新薬師寺 Shiyakushi-ji 

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 奈良県奈良市にある寺院。
 新薬師寺は、747年に光明皇后が夫の聖武天皇の病気平癒を祈願して建立とされている。
 創建時は金堂、東西に搭、七堂釈迦が建ち並び大寺院であったとされ、最盛期には440メートル四方に広がった。
 寺院名の「新」は新しいではなく、「霊験あらたかな」との意味である。
 その後、次第に衰退をたどり、780年には落雷、962年に台風の被害を受け、復興されたものの、その規模は小さなものに収まった。
 唯一、本堂が創建時のものとされており、国宝に指定されている。
また、本堂内には木造薬師如来坐像が収められており、同じく国宝の指定を受けている。
 その他多数の、国宝や重要文化財があり、歴史と威厳を残す寺院である。
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海龍王寺 Kairyuuou-ji 

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 奈良県奈良市にある海龍王寺は、
731年、光明皇后が平城宮の東北(鬼門)の方角を守るため、開基したのが始りとされている。
 僧侶玄肪が帰船中、暴風雨に襲われ、命からがら唐から帰国。5千巻余の経典を持ち帰り日本の仏学に大きく貢献した。その後は、遣唐使たちの渡航の無事を願って、渡航安全祈願を営むようになる。法華寺の東北隅にあったことから、隅寺とも呼ばる。
 境内にある西金堂(重要文化財)には、高さ4メートルの国宝の五重小塔がある。細部の様式が薬師寺のものと似ており、当時の建築を知る貴重な手がかりとなっている。
 また、本堂には寺門勅額(重要文化財)、鎌倉時代に造立されたとされる十一面観音立像、文殊菩薩立像(いずれも重要文化財)が安置されている。
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