NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/3/4


姫路独楽 Himeji-koma 

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 姫路独楽(ひめじこま)は、兵庫県姫路市で作られている伝統的なコマで、兵庫県の伝統的工芸品にも指定されているものである。
 独楽は、元々唐から高麗を経て渡来した遊具で、姫路独楽は明治初期頃の創始とされている。
 材料には、通称「チシャ」と呼ばれるエゴの木が用いられ、粘りがあって目詰まり良く、割れにくいという特徴を独楽作りに巧く生かしている。
 文七独楽やぶち独楽、紋入り独楽、鬼独楽など十種類ほどが存在している。
 また、赤と緑に塗られた大きな「鬼独楽」一対を箱に納め、松竹梅の飾り物を添えて正月の床飾りとしたり、男児出生の初正月の祝儀として独楽を送るなどの「飾り独楽」という風習も伝えられ、姫路独楽が使われている。
 その一つひとつはロクロによって職人の手で削られ、朱色や緑などのシンプルで美しい色で装飾される。
 どれもが、まわして遊ぶのがもったいないくらいの、手作りの温もりが感じられる逸品である。
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2008/2/7


彦一こま Hikoichi-koma 

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 熊本県八代地方に伝わる「彦一こま(ひこいちこま)」は、縁起玩具として知られている。
 戦後の昭和二二(1947)年、初代・井芹真彦(いせりまさひこ)が、八代地方に伝わる「彦一とんち話」にでてくる狸からヒントを得て創作されたものである。狸の人形が、四つのこまに分解するという民芸品である。
 肥後の八代城下町に住んでいた頓知者の彦一は、とんちでお殿様をからかったり、狸狐をたぶらかしたりしていた。奇才ぶりを発揮していた彦一に、さすがの狸も彦一に会ってからは手も足も出ず、ついにとんちに負けた狸は彦一の家来となって従順したという話が伝えられている。
 もともとはスイカ、トマト、大根、柿などの小さな果物のこまを作っていたが、これらを組み合わせようという発想から出来上がったのがはじまりである。
 狸、おてもやん、亀などの人形があり、見た目は普通の人形に見えるが、いくつかのこまが合体して形がつくられ、すべての部品が手作りであるのが彦一こまの特徴である。
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2008/1/24


肥後こま Higo-koma 

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 熊本県熊本市の「肥後こま(ひごこま)」は、鮮やかな色が特長の郷土玩具である。
 肥後こまの色は五色あり、頭の部分に筆で、赤・黄・緑・黒と華麗な色付けをし、外側は必ず白い木地のままにしておくのが特徴である。赤は心臓、黄は肝臓、緑はすい臓、黒は腎臓、そして白は肺というように、それぞれが身体の五臓にたとえられ、健康長寿への願いが込められている。
 江戸時代は武家の子弟の遊びであったが、明治時代に入り庶民の間に広がり、子どもの玩具、土産物として親しまれるようになった。
 こまになる材料は、伐採後五年から一〇年乾燥させた椿やコヤス、サルスベリ等が使われている。
 肥後こまの種類には、トンボ、チョンカケ、ヒネリ、坊主、唐人、出ベソ、二段、ドンベン、ダルマ、タッツケ、マンジュウ、コショウ、ニシキの一三種類がある。その中でも特別な演技目的があるチョンカケなどには、ツバキ等の重くて堅い木が使用される。チョンカケごまとは、肥後こまの中でも代表的なもので、紐を使って空中で回すものである。
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2007/11/29


神代独楽 Jindai-goma 

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 神代独楽(じんだいごま)は宮崎市佐土原町を城下としていた島津佐土原藩で古くから作られていた郷土玩具である。江戸時代には武士の内職として作られたという。
 武家の子弟の玩具として愛好され、後に魔よけとして端午の節句の贈り物にもなった。また、参勤交代の折には日向地方の土産として欠かせないものとなっていたともいわれる。
 独楽は真竹を筒状に切断し、ヒノキの板を筒に合わせて切り、竹の棒を通したものである。胴体にうなり窓、または風切り窓と呼ばれる仕掛けがあり、まわすとブーンという大きな音を出す、日本に最初に入った独楽と同じ形であるため、古形鳴り独楽とかブンコマとも呼ばれている。松の煙をいぶして黒に近い暗褐色に色付けがされており、独特の光沢を持っている。
 神代独楽には島津家の家紋である丸に十の字が描かれている。
 独楽作りの技術と伝統は現在でも受け継がれており、神代独楽は宮崎県が誇る郷土玩具の一つである。
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2007/3/22


佐世保独楽 Sasebo-goma 

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 佐世保独楽(させぼごま)は、頭が大きくて足が細い、らっきょ型の形状が特徴。相手の独楽を打ち割って遊ぶ「けんか独楽」として遊ばれてきた。佐世保の独楽作りは、明治時代からはじまったとされる。
 佐世保独楽の材質はブナ科のマテバシイという広葉樹。上部には色鮮やかな色彩が施されている。色彩は、中国の「陰陽五行説」に影響され、青、赤、黄、白、黒の5色で構成されている。これは、日本の独楽が中国から伝来したことに由来すると推測される。この5色は、世界や宇宙を意味していると言われる。
 現在「佐世保独楽本舗」では、玩具のほか、鑑賞用の雛独楽、端午独楽や干支など、縁起物や四季折々のもの約400種類の独楽を製作、展示販売している。製作過程は見学もできるという。
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2007/1/28


大山こま Ooyama-koma Oyama Tops

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 大山こまは、神奈川県伊勢原市大山にて作られる伝統的な玩具である。
 伊勢原市の大山は、昔から信仰の山として庶民に慕われていた。
 大山こまは、江戸時代中期の大山信仰が盛んになった頃、おみやげとして、大山の恵まれた木材と挽物技術によって創案されたと言われる。
 俗にこまは「よくまわす」とかけて、家内安全、商売繁盛、五穀豊穣を祈る縁起物でもあった。
 大山こまは、恵まれた木材と挽物技術が生んだ、勝れた木地玩具である。端正さ・重厚さ・民芸的な色彩の線模様が、よく木の肌合いと調和した、昔ながらの技法がなお守られる数少ない郷土玩具の傑作と言える。
 大山こまは、300年の伝統を持つ、素朴な味わいのある玩具である。
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玩具 Omocha Omocha (toys)

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 オモチャは、元来、手に持って遊ぶもの、という意味。平安時代に「もて(もち)あそびもの」あるいは源氏物語には「あそびもの」と呼ばれていた。
 江戸時代には「おもちあそび」「てあそび」が話し言葉として、「弄物(ろうぶつ)」「玩物」が書き言葉となった。
 縄文時代に、粘土等を使った土偶や面ようなオモチャも発見されているが、元来は中国から伝わってきたものが多い。
 例えば「こま」。奈良時代に高句麗(高麗と書いて、こま)を経て唐から入ってきたので、こまと呼ばれる。また蹴鞠は唐から直接伝わり、後の女子の手鞠に変化する。
 いずれにせよ、これらの玩具は、大陸あるいは朝鮮半島から伝わってきたものが多かったが、日本それぞれの地方で、独自の発達の仕方をした。各地に残る郷土玩具はその代表で、深く生活に密着し、祭事とも関わっていた。
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2006/12/15


独楽遊び Koma-asobi Top spinning

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 種類と仕掛けの多さでは、日本の独楽は他国の追随を許さない、伝承された多くの遊び方が残っている。
 回し方だけ見ても、軸を親指と人差し指でつかんで軸をひねってまわす方法や、両手をすり合わせて軸をもむようにしてまわすもの、ヒモを巻きつけてほどくことで生じる力を利用して回転させて遊ぶものや、糸をひねって独楽を吊り上げ、床に落として回転させるものなどがある。
 遊び方は、独楽の種類によって豊富だ。独楽同士をぶつけあって勝負を競う遊びや、回転する時間を競う遊び、さらに技を競う遊びもある。一方、仲間がいなくても、回転した際の形や模様の変化を楽しむもの、仕掛けによって鳴る音を楽しめるものもある。また、日本では扇や傘の上で回したり、綱渡りさせたりする演芸も広く知られている。
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