NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/8/21


古河提灯竿もみまつり Koga-Chouchinsaomomi-matsuri 

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 栃木県野木町・野木神社には建仁年間(1201~1204年)にはじまったといわれる「七郷めぐり(しちごうめぐり)」という神事が伝わる。その神事に付随した祭りに由来するのが、関東の奇祭として知られる「古河提灯竿もみまつり」である。
 「七郷めぐり」とは野木神社の末社を一行が順次訪ねる神事で、一行の御帰社(おかえり)を参拝客が提灯を手に出迎えるという。参拝客達が寒さをしのぐために始めたのが提灯竿もみまつりで、それを元に始まったのが「古河提灯竿もみまつり」で、「お帰り」とも呼ばれている。
 各団体が用意した二〇m近い長さの竹竿の先には、蝋燭の火を灯した提灯が吊るされている。約二〇人の若者たちが竹竿を支えながら互いにぶつけ合い、提灯を消し合う。簡単に消されないよう竿にも工夫が凝らされ、夜空に火花を散らしながら激しくぶつけ合うという、活気溢れる神事である。
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2008/5/12


鴨都波神社 Kamotsuba-jinja 

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 奈良県御所市にある「鴨都波神社(かもつばじんじゃ)」は、上鴨社(かみがもしゃ)の高鴨神社(たかかもじんじゃ)、中鴨社(なかがもしゃ)の葛城御歳神社(かつらぎみとしじんじゃ)に対して、「下鴨社(しもがもしゃ)」と呼ばれている。
 主祭神は、積羽八重事代主命(つわやえことしろぬしのみこと)と下照姫命(したてるひめのみこと)で、積羽八重事代主命は、奈良県桜井市の大神神社に祀られる大国主命(おおくにぬしのみこと)の子どもであることから、「大神神社の別宮」ともいわれている。
 拝殿前の右手には、樹齢300年のいち樫が御神木とされている。
 夏祭りと秋祭り宵宮には、五穀豊穣・家内安全・無病息災を祈願し、氏子地域から「ススキ提灯」と呼ばれる30基余りの提灯が奉納され、県の無形民俗文化財に指定されている。
 ススキ提灯とは、4、5メートルほどの竹製の支柱に、横木を4本通し先端から紐で連結し、高張提灯を上から、2・4・4の合計10張を3段に組みたて、先端部に御弊を施したものである。
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2008/5/9


秋田竿燈まつり Akita-kantou-matsuri 

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 秋田竿燈まつり(あきたかんとうまつり)は、秋田県秋田市にて毎年八月三日~六日に行われている祭りである。国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 秋田竿燈が始まったといわれるのは宝暦年間(1751~1763)頃で、真夏の邪気や病魔を払い身を清めるねぶり流しに、五穀豊穣の願いを合わせた行事として庶民の間に伝承されてきた。
 祭りでは、10m余りの竹に9本の横竹を結び、46個の提灯を吊した50kgもの竿燈を手のひら、額、肩などにバランスを取りながらのせていく。
 青森のねぶた祭り、山形の花笠まつり、仙台の七夕まつりと並んで東北四大祭りの一つと言われている。
 秋田竿燈まつりは、夜空に揺らめく竿燈の美しさが感動的な、夏祭りである。
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2008/3/6


八尾曳山祭 Yao-hikiyama-matsuri 

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 八尾曳山祭(やおひきやままつり)は、富山県富山市八尾町にて、毎年五月三日に行われている祭りである。県の文化財に指定されている。
 寛保元(1741)年、産神(うぶがみ)上皇太子社の社殿修理の年に、上新町が花山に人形と素人芝居役者を乗せて供奉したのが始まりだといわれている。
 富山藩内の品物を納める御納所(ごのうそ)として、栄華を極めた越中町人文化を象徴して今もなお伝承されている祭りで、三味線、笛、太鼓の奏でる古式ゆかしい典雅な曳山囃子にのって、揃いの法被姿の若者達により、6本の豪華絢爛な曳山が町内を練り歩く。
 夜になると曳山は装飾を外されて全体を提灯で覆い、夜更けまでゆったりと曳き廻される。
 八尾曳山祭は、華やかな提灯山車を坂の町で曳いて巡る、雄々しくも優雅な祭りである。
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2008/3/5


丸岡城 Maruoka-jyo Maruoka Castle

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 現存する日本最古の天守閣を誇る丸岡城。古風な野面積みの石垣の上に立つその天守は、小さいながらも素朴な姿を今に伝えている。その築城は天正四(1576)年。
 戦国時代、北陸地方を収めた織田信長は、働きに対する恩賞として、柴田勝家に越前の国を与え、豊原に築城を命じた。後に交通の利便性などから、その甥勝豊が丸岡に移築した。
 ニ層三階建の特異な建築法で、上層に廻縁をぐるりと巡らした望楼を乗せている。屋根の笏谷石製の瓦、太い出格子、黒い板壁など、初期の天守閣に顕著な特徴を持っている。
 丸岡城は、血が血を洗う戦乱期をくぐり抜けてきた。伝説によると、戦がある度に大蛇が現れ、霞を吹いて城を隠したことから、別名「霞ヶ城」とも呼ばれている。
 昭和九(1934)年、国宝に認定されたが福井大震災により倒壊。後に修復され、重要文化財となった。
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2008/2/5


政宗公まつり Masamune-kou-matsuri The Date Masamune Festival

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 伊達政宗が青年期を過ごしたことで知られる宮城県大崎市岩出山町。「政宗公まつり」は昭和三九(1964)年、政宗平和像が仙台青葉城跡から岩出山に移された際に始まった祭りで毎年九月、第二週の土日に開催される。
 土曜日は夜から宵祭りとなり、よさこい踊りや政宗大太鼓、提灯が美しい神輿が練り歩く。
 日曜日は本祭り。当時の武者姿を再現した伊達武者行列が現われる。ほら貝をふきながら、威風堂々と練り歩く騎馬武者隊、岩出山伊達家・一六代当主が役を勤める政宗公、愛姫の乗った神輿、支倉常長(はせくらつねなが)の遣欧使節団など本格的で壮大な戦国絵巻だ。
 続いて稚児行列、すずめ踊り、荒駒、忍者などが続いていく。
 弦月形前立てのりりしい姿になれる事もあり、毎年武士志願者が殺到している。町中をあげて盛大に楽しむ秋の風物詩だ。
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2008/1/24


宇原神社神幸祭(苅田山笠) Uharajinja-shinkousai(kanda-yamagasa) 

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 宇原神社神幸祭(うはらじんじゃしんこうさい)は福岡県京都郡苅田町で毎年10月に開催される神事であり、締めくくりには苅田山笠(かんだやまがさ)が繰り広げられる。
 宇原神社は五〇〇年以上の歴史を持ち、福岡県の無形文化財に指定されている。神幸祭も中世から続く神事であり、苅田山笠も同じくらいの歴史を持つ祭りである。山笠になったのは一六世紀末からで、長い間、男衆がかつぐかき山であったが大正時代に山車に変わった。
 苅田山笠は別名喧嘩山笠と呼ばれており、山車と山車がぶつかり合う迫力満点の山笠である。また、全国でも数少ない山笠の原型を残す様式でも知られている。
 さらに大きな特徴として、最初は提灯山笠として夜の町に彩りを添え、神幸祭前日には赤色の幟を立てた幟山に姿を変え、神幸祭当日は、紙張りの岩を積み、御殿、ホテ花、スダレ、人形数体を飾りつけた勇壮な「岩山」へと変身する。地元の人にとって郷土を誇る大切な祭りである。
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2007/12/21


上半田ちんとろ祭(子供三番叟) Kami-handa-chintoro-matsuri(Kodomo-sanba-sou) Chintoro Festival in Kamihanda (Children’s Sanbaso Dance)

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 春になると半田市内の各地区で賑やかに行われる「春の山車祭り」。上半田地区で行われる祭礼が「ちんとろ祭」である。町中では二台の山車曳き回しが行われ、住吉神社境内の宮池に「北組住吉丸」、「南組入宮丸」のニ隻の「ちんとろ舟」が浮かべられる。
 「宵宮(よいみや)」といわれる一日目の夜、その舟の中心に月を表わす十二個の提灯が、その周りに一年を表わす三百六十五個の提灯が半球形に飾られ、水面に提灯の灯りが映える。
 「ちんとろ」の名の由来は,その提灯の形からともお囃子(はやし)の「チントロ、チントロ」からとも言われています。
 舟の前方に作られた舞台にて「子供三番叟(さんばそう)」の舞が奉納される。幼い子ども達の愛らしく舞う姿が祭りの見どころである。
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