NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/8


子供歌舞伎 Kodomo-Kabuki 

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 子供歌舞伎は、福井県三方郡美浜町早瀬にて行われる地方芸能である。
 安政三(1856)年、早瀬地区内に悪病(コレラ)が流行し、多くの村人が病にかかり、死亡者も数多く出た。そこで、宝光山瑞林寺の和尚の提案で、芸能として子供歌舞伎を演じて奉納したところ、病が鎮められたという。
 以来、毎年5月5日のこどもの日に、日吉神社ほか早瀬地区一帯で子供歌舞伎を行う風習が生まれたとされる。
 参道に据えられた山車の舞台で早瀬地区の小学4~5年生の男子が化粧して、色あでやかな衣裳をまとい、三味線や鼓に合わせて寿式三番叟を舞う。子供達が懸命に踊る姿がなんとも無邪気でほほえましい。
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2008/6/27


魚魚あわせ Toto-awase Toto-Awase (Fish Card Memory Game)

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 魚魚あわせ(ととあわせ)は、日本人に馴染みの深い魚を地域別に集め、魚偏の漢字と色とりどりの千代紙・色紙の切り絵を使って生まれたユニークな絵あわせカルタ。企画・製作は、京都府宮津市の「丹後魚っ知館(うおっちかん)」の魚魚(とと)工房。
 2003年春の発売以降、絵柄の美しさと魚の種類や漢字の勉強になることからファミリー層を中心に人気を集め、販売合計個数は十万個を突破。2005年にグッドデザイン賞、2006年にグッド・トイ賞を受賞。現在、地方別に一一種類が販売されている。朱色や群青色など日本の伝統色を用いた箱、千代紙の繊細な模様を取り込んだカルタは、和のテイストに貫かれており、札には魚のミニ知識が添えられている。英語版の「Sushi Bar」は、海外へのお土産として好評。
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2007/12/21


上半田ちんとろ祭(子供三番叟) Kami-handa-chintoro-matsuri(Kodomo-sanba-sou) Chintoro Festival in Kamihanda (Children’s Sanbaso Dance)

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 春になると半田市内の各地区で賑やかに行われる「春の山車祭り」。上半田地区で行われる祭礼が「ちんとろ祭」である。町中では二台の山車曳き回しが行われ、住吉神社境内の宮池に「北組住吉丸」、「南組入宮丸」のニ隻の「ちんとろ舟」が浮かべられる。
 「宵宮(よいみや)」といわれる一日目の夜、その舟の中心に月を表わす十二個の提灯が、その周りに一年を表わす三百六十五個の提灯が半球形に飾られ、水面に提灯の灯りが映える。
 「ちんとろ」の名の由来は,その提灯の形からともお囃子(はやし)の「チントロ、チントロ」からとも言われています。
 舟の前方に作られた舞台にて「子供三番叟(さんばそう)」の舞が奉納される。幼い子ども達の愛らしく舞う姿が祭りの見どころである。
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2007/10/19


おはじき遊び Ohajiki-asobi Ohajiki (Flat Marbles) Game

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 おはじき遊びとは、丸い平たいガラス玉を使用した、女の子に好まれる遊びである。
 直径が12ミリ前後の小さなガラス玉を指で弾いて遊ぶので「おはじき」と名付けられた。
 日本でおはじきを使った遊びが行なわれるようになったのは奈良時代の事で、この時代に中国から伝わった遊びとされている。古くは小石を用いて、石弾き(いしはじき)とも呼ばれていた。
 当初、主に宮廷での大人の遊びとして広まったが、江戸時代に入ってから女の子の遊びとして一般化し、明治時代後期に現在のガラス製のおはじきになった。
 遊び方はいろいろあるが、基本の遊びはおはじきを指ではじいて、当たったおはじきはもらえるというもの。最終的には、持っているおはじきの数で勝敗を決める。
 おはじき遊びは、おはじきの見た目の美しさとゲームの両方を楽しめる歴史のある遊びである。
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2007/9/27


隠岐武良祭風流 Oki-mura-matsuri-fuuryuu Oki Muramatsuri Furyu

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「隠岐武良祭風流(おきむらまつりふうりゅう)」は隠岐三大祭りのひとつで、隔年の一〇月一九日に行われている。
 その起源は鎌倉時代の初めに遡り、隠岐の守護に任ぜられた佐々木定綱(さだつな)が、本国近江から日神・月神を迎え、五穀豊穣を祈願して始めたことと伝えられている。
 元屋八王子神社に祀られている日神(日天子)と、中村一之森神社に祀られている月神(月天子)が、この武良郷(むらごう)の地の神々たちと、中村の会所で出会うというもの。
 両神社から行列が出て会所に向かう。到着すると「日天子・月天子の和合による礼」が行われる。
 さらに、甲冑を付けた武者の「行司礼拝」、化粧した若者が囃子に舞いながら大太鼓を打つ「陰陽胴打ち」、子供による相撲の舞い「神相撲(こずま)」、青年による相撲の舞い「占手(うらて)」などが続き、流鏑馬(やぶさめ)を最後に祭りは終了する。
 古式ゆかしい多彩な行事は、まるで歴史絵巻のようで県の無形民俗文化財に指定されている。
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2007/9/7


秋保の田植踊 Akiu-no-taue-odori Taue Odori in Akiu

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 秋保の田植踊(あきうのたうえおどり)は、宮城県仙台市太白区秋保町に伝わる郷土芸能である。国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 この田植踊は、長袋に落ち延びた平家の落人たちが昔を慕って始めたものといわれている。昔から大規模な構成で、総勢50~60人から、多い時には100人を越えたという。
 毎年4月中旬~5月はじめにかけて長袋神明社、馬場大滝不動堂、湯元薬師堂で演じられている。
 五穀豊穣を祈願し、年少の男の子2人の「鈴振り」を従えた、2人の男の子扮する「弥十郎」の前口上に続いて、小中学生の女の子の扮する「早乙女」(8~14人)の「田植振り」が演じられる。
 秋保の田植踊は、秋保町の湯元、長袋、馬場に受け継がれ続けている神聖な伝統芸能である。
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2007/8/20


入谷の祭と打囃子 Iriya-no-matsuri-to-uchi-bayashi 

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 入谷の祭と打囃子(いりやのまつりとうちばやし)は、毎年の九月十五日に、宮城県南三陸町の入谷八幡神社で行われる例大祭である。
 打囃子が始まった時期は定かではないが、八幡神社に奉納したとされる太鼓に享和元(1801)年の年号が見られることから、その時期にはすでに行われていたと考えられている。
 秋の収穫も間近な頃、身を清めた神職らを先頭に、入谷八幡神社から祭りの行列がスタートする。
 花傘や花バレンに彩られた神輿、色鮮やかな衣装に身をつつんだ子供たちが、入谷の田園風景のなかを御旅所(おたびしょ)である田んぼの中に聳える一本松の元まで練り歩く。
 御旅所に到着すると、祇園囃子の流れを汲むといわれる打囃子が、五穀豊穣と家内安全を祈願して獅子舞と共に舞われ、奉納される。
 黄金色に輝く田んぼの中で、優雅に舞われるお囃子は、いつか遠い昔に感じた郷愁を見るものに思い起こさせてくれる。
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2007/8/10


三浦天満神社 五ツ鹿踊り Miura-tenman-jinja Itsu-shika-odori 

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 愛媛県宇和島の三浦天満神社で行われる秋祭りの中で舞う鹿踊。
故あって隠れてしまった雌鹿を雄鹿たちが苦心して探し出す様を踊りで表現している。鹿は神に仕える神聖な動物であり、その鹿がその土地を訪れ幸運を祈って帰っていくことが鹿踊の原点にある。
 鹿踊は初代宇和島藩主の伊達秀宗が仙台よりもたらしたものと言われている。現在も仙台地方に伝わる鹿踊・獅子踊りと共通する部分が多々見受けられる。
 鹿の数は五頭から八頭があり、同じ宇和島にある宇和彦神社の秋祭りは「八ツ鹿踊」である。
 三浦天満神社の鹿踊は子供が担うものであったが、少子化のため、現在では成人が担当するようになった。他の練りは子供が担当し、三浦天満神社の練りは県の無形民俗文化財に指定されている。
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