NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/2/12


旗印染 Hatashirushi-zome 

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 旗印染(はたしるしぞめ)は京都で古くから伝わるもので、旗やのぼりなどに固有名の文字や紋章、記号などを染め出す技術のことである。
 文献によると旗は卑弥呼の時代からすでに登場し、のぼりは応仁の乱には使用されていたと記されている。
 技法は型を使ってのりを置き、染めてからのりを落とす型染め(かたぞめ)という方法で文様をうかび上がらせるものである。
 旗印染は非常に繊細な作業と大胆な作業を持ち合わせた、技術の高い染色方法である。中世に活躍した藍染専門の職人たちを称した紺屋(こんや)が作り上げていったものといわれている。
 その後、時代の遍歴とともに旗印染は旗やのぼり以外に風呂敷、ふくさ、印ばんてん、ゆかた、のれんなど、その用途は広がりをみせ、今日までその技術は京都で受け継がれている。
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2008/1/24


宇原神社神幸祭(苅田山笠) Uharajinja-shinkousai(kanda-yamagasa) 

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 宇原神社神幸祭(うはらじんじゃしんこうさい)は福岡県京都郡苅田町で毎年10月に開催される神事であり、締めくくりには苅田山笠(かんだやまがさ)が繰り広げられる。
 宇原神社は五〇〇年以上の歴史を持ち、福岡県の無形文化財に指定されている。神幸祭も中世から続く神事であり、苅田山笠も同じくらいの歴史を持つ祭りである。山笠になったのは一六世紀末からで、長い間、男衆がかつぐかき山であったが大正時代に山車に変わった。
 苅田山笠は別名喧嘩山笠と呼ばれており、山車と山車がぶつかり合う迫力満点の山笠である。また、全国でも数少ない山笠の原型を残す様式でも知られている。
 さらに大きな特徴として、最初は提灯山笠として夜の町に彩りを添え、神幸祭前日には赤色の幟を立てた幟山に姿を変え、神幸祭当日は、紙張りの岩を積み、御殿、ホテ花、スダレ、人形数体を飾りつけた勇壮な「岩山」へと変身する。地元の人にとって郷土を誇る大切な祭りである。
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2007/12/26


五月人形 Satsuki-ningyou 

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 毎年五月五日は端午の節句。奈良時代の宮中で、季節の変わり目を無病ですごせるように邪気をはらう為の宴会が行われていた事が起源である。江戸時代に一般人にも浸透して、徐々に男の子の誕生と健やかな成長を祝う日として定着していった。
 男の子が生まれて初めて迎える端午の節句を「初節句」といい、五月人形やこいのぼりなどを飾ってお祝いする。
 五月人形の種類は鎧飾り・兜飾り・子供大将飾りなど。鎧甲冑は身を守る意味、子供大将かざりはたくましくなるようにという願いが込められている。また、人形にはその子の厄をもらい受けるお守りの意味もある。
 節句の一〇日から二〇日前から節句まで飾られる。
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2007/11/29


延岡五月幟 Nobeoka-gogatsu-nobori Nobeoka Gogatsu Nobori

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 五月幟(ごがつのぼり)は男の子の祝いである端午の節句の時に、こいのぼりや兜、五月人形の飾りとともに、子どもの立身栄達を祝して立てられる幟(のぼり)である。今でも多くの地方でそれぞれ独特の幟を立てる風習が残されている。
 延岡五月幟もその一つで、400年近く前の寛永年間(1624~43)から続き、九州では数少ない筒引手染(つつびきてぞめ)の手法で作られている。
 延岡五月幟は上質の木綿に下絵を描き、もち米のりで下絵を縁取り二〇種類の顔料を使い、丹精こめて仕上げていく伝統的な手法であり、現在でもこの手法は守られている。
 描かれる絵は源平の戦い、勇壮な武将、金太郎や爺、そして翁など様々である。出来上がった五月幟は重々しさと独特な色合いをもち、現在では宮崎県伝統的工芸品に指定されている。
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2007/10/16


よさこい祭り Yosakoi-matsuri Yosakoi Festival

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 その生れは以外に新しい。戦後の不況を吹き飛ばそうと、高知商工会議所が発案し、1954年から始まった祭り。徳島の阿波踊りを意識して作られた。
 鳴子(なるこ、作物を狙う鳥を追い払う農機具)を手に持って鳴らすことを思いつき、現在でもよさこい祭りの重要なアイテムになっている。
 開始当初は日本舞踊の振り付けを踏襲した盆踊りスタイルであったが、武政英策(たけまさえいさく)氏が楽曲の自由なアレンジを許したため、その後色々なバリエーションを生むことになった。現在ではサンバ、ロック、ヒップホップ、演歌、フラメンコ、フラダンスなど各々のチームが趣向を凝らした楽曲と振り付けを披露し、伝統を色濃く残す「正調」とともに観客を楽しませている。
 因みに「よさこい」とは、夜さり来い(夜にいらっしゃい)という古語が変化した言葉。
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2007/9/13


熊野本宮社 Kumano-honguu-sha Kumano Hongusha Shrine in Natori

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 名取市の高館には熊野信仰にゆかりの深い熊野本宮社(くまのほんぐうしゃ)がある。熊野信仰とは、熊野三山を聖地とする信仰のことで、同じ高館にある熊野那智神社、熊野神社新宮社とともに名取熊野三社のひとつに数えられる。
 熊野信仰は、神仏習合や浄土信仰の影響を受けて平安時代後期から盛んになった。高館山(名取山)を熊野連山に、名取川を熊野川に、仙台湾を熊野灘にみたて、奥州一の熊野信仰の場となっている。全国に熊野信仰に由来する神社があるが、三社が揃ってあるのはこの名取だけである。
 三社のなかで一番北に位置するのが本宮社である。平安末期、熊野権現を信仰していた老女のところへ山伏が尋ね、熊野の神のお告げを伝えた。保安四(1123)年、老女の勧請で創建されたという。本殿は木羽葺(こばぶき)で、落ち着いた風格である。
 本宮社には市の無形文化財の鹿踊りが伝わる。頭に鹿頭背を被り、赤地の旗には熊野本宮社、黄地の旗には五穀成就と記した二本の幟(のぼり)を背負った装いで踊る伝統的な芸態が伝承されている。
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2007/8/14


家康行列 Ieyasu-gyouretsu Ieyasu Gyoretsu (Procession)

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 家康行列(いえやすぎょうれつ)は、愛知県岡崎市にて毎年4月に行われる催事である。
 岡崎市主催の戦国祭り「家康行列」は、桜が満開な「桜まつり」のメインイベントして開催される。
 行列の起源は江戸時代にまでさかのぼり、明治初期には龍城神社の行事として行われていた。
 天下統一した徳川家康の遺影をしのび、三河武士をたたえる行事で、公募で選ばれた徳川家康を中心に武士団、姫列など1000余名の武者、騎馬十余頭が市内主要路を練り歩く。
 勇猛な三河武士団の出陣式や行進、地域の歴史紹介などによる、絢爛豪華な時代絵巻は、素晴らしい見せものなっている。
 桜が綺麗な河川敷は桜百景のひとつにも数えられている場所で、家康行列との融合は幻想的な印象を見る者に与える。
 行進中に、鉄砲隊と槍隊が演武を披露するほか、河川敷では「合戦祭り」が開催される。
 家康行列は、岡崎の春の風物詩となっているイベントである。
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2007/8/6


根池 Ne-ike Neike Pond

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 根池(ねいけ)は、愛知県豊田市羽布町に広がる、面積0・1ヘクタールほどの池である。
 三河の山奥にある古い伝説を残す池で、守り神の白大蛇が住むと伝えられる。
 この池はどんな日照りにも涸れず、どんな大雨でも濁らないとも言われ、枯渇したことがないといわれている。
 言い伝えでは、湖面に石を投げたり、雨乞いすると雨が降り、池の魚をとると不幸に見舞われ、鯉を放すと願いがかなう、などと伝わっている。
 池の入口には看板が掛けられており、鳥居が建てられている。ひと気のない池の周囲には、幟がたくさん立てられており、重々しくも森厳な雰囲気を漂わせている。
 根池は、数々の伝説を抱える、重厚な景勝地である。
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