NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/7/19


会津白虎まつり Aizu-byakko-matsuri Aizu Autumn Festival

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 会津白虎まつり(あいずびゃっこまつり)は、福島県会津若松市にて行われる祭りである。
 以前は会津秋まつりと言う名だったが、会津と言えば「白虎隊」として全国的に知られており、さの知名度を生かし、インパクトある名称にと改称したもの。
 深い歴史の残る会津若松に秋を告げる伝統の祭りで、県内外から多くの観光客が訪れる。
 市民総勢1000人が灯篭を揺らし市内を練り歩く幻想的な風景で祭りのオープニングを飾り、鶴ヶ城跡で「先人供養祭」が行われ、白虎まつりのメイン「会津白虎行列」がスタートする。
 市民が扮する白虎隊や松平公といった会津藩縁の武者行列は約500名にものぼり、まさに圧巻。
 夜には「会津磐梯山踊り」も行われ、祭りを一層盛り上げる。
 会津白虎まつりは、戊辰戦争を偲ぶ、会津の秋の一大イベントである。
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2007/2/26


鶴ヶ城 Tsuruga-jyou 

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 会津若松市のシンボル「鶴ヶ城 」は、戦国時代に葦名、伊達、蒲生、上杉、保科、松平と数多くの大名が治めた歴史があり、幕末の戊辰戦争では旧幕府派として最後まで抵抗した為、会津が激しい戦場となり、白虎隊の悲しい出来事も起こった。現在は、本丸を鶴ヶ城博物館として貴重な資料を展示公開しており、石垣や桜が美しい公園が城の周りに広がる。
 鶴ヶ城は1384年葦名直盛が造った東黒川館が始まりで、その後、会津領主だった葦名盛氏が改築し、現在の城郭の原型を築いた。(当時は黒川城)1593年には蒲生氏郷が本格的な天守閣を築き、名前も「鶴ヶ城」と改められた。
 会津地方を大地震が襲った1611年に、石垣や天守閣は大きく傾いた事があったが、その天守閣を改修し、西出丸・北出丸といった出丸を築き、ほぼ現在の姿の鶴ヶ城が出来た。この時に積まれた石垣は四百年経た今でも朽ちる事なく往時の姿を忍ばせている。
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2007/1/31


二本松少年隊 顕彰祭 Nihonmatsu-shounentai Kenshou-sai Nihonmatsu Shonen-tai Kensho-sai

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 二本松少年隊顕彰祭(けんしょうさい)は、福島県南相馬市にて行われる祭りである。
 明治維新を前にした戊辰戦争のとき、会津白虎隊に先駆けること約一ヶ月、白河城攻防戦に参戦した二本松藩主力本隊は日を追って後退し、陣を次々と西軍に占領され帰路を遮断された。
 主力藩兵が不在のため兵力を補うのに十三歳以上の少年たちまで特例として出兵することになった。このうち、十七歳以下のものたちを称して、後世「二本松少年隊」と呼ぶようになった。
 顕彰祭は毎年霞ヶ城公園の箕輪門下「千人溜り」広場で開かれ、少年隊にまつわる「吟」「剣」「詩舞」が披露される。
 二本松少年隊顕彰祭は、故郷を守るため若い命を散らした少年達の精神を現代に伝え、霊を偲ぶお祭りである。
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