NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/6/6


北黄金貝塚 Kitakogane-kaizuka The Kitakogane Shell Midden

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 北黄金貝塚(きたこがねかいづか)は、北海道伊達市北黄金町にある北黄金貝塚公園内にある国指定の史跡である。
 約6000~5000年前である縄文時代前期の、台地上の貝塚と湧水のある低地帯の水場遺構を中心とした集落遺跡と推定される。
 5つの貝塚と住居跡、お墓等から、多数の縄文人の人骨、石器、土器・骨角器などの工芸品が発掘された。
 特に、儀式の場ともなっていた水場遺構は、このような性格の遺跡としては北海道唯一の貴重なものとされている。
 公園内では、貝塚や竪穴式住居が復元され、古代に触れる場として公開されている。
 毎年9月上旬には、公園内を会場に「縄文まつり」が開催され、多くの人で賑わう。
 北黄金貝塚は、縄文時代を体験出来る貴重な遺跡である。
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北海道 常呂遺跡 Hokkaidou Tokoro-iseki 

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 北海道の常呂遺跡(ところいせき)は、北海道北見市常呂町栄浦にある遺跡である。国指定の史跡となっている。
 オホーツク海岸に沿って、常呂川河口からサロマ湖東部に至る、湖岸砂丘上に営まれた約1800年前の集落跡の総称であり、栄浦には「ところ遺跡の森・ところ遺跡の館」という、整備された資料館が存在する。
 遺跡近辺は、カシワ、ナラを中心にした落葉広葉樹の森林に覆われている。
 その中に、約1000年前の擦文文化、約1800年前の続縄文文化、約4000年前の縄文文化の竪穴式住居跡が138軒発見されており、擦文4棟、続縄文1棟、縄文1文の復元住居がある。
 北海道の常呂遺跡は、縄文時代からアイヌ文化期までの遺跡が連綿と続く、全国有数規模の一大集落遺跡群と言える。
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2007/4/17


石鎚山古墳群 Ishizuchiyama-kohungun Ishizuchiyama Kofun Group

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 加茂川を見下ろし、遥かに加茂平野を望むことができる丘陵の先端部に築かれた「石鎚山古墳群」。芦田川下流域で最古の古墳である。
 石鎚山古墳群は、2基の古墳からなる。1号古墳は、直径20mの円墳で、2基の竪穴式石室を内部に擁する。2号古墳も円墳で、直径16m。2基の土壙墓(どこうぼ・土中に穴を掘っただけの墓)を持つ。
 1号古墳からは壮年の男性人骨や中国製の鏡、勾玉や鉄製工具類などが出土された。この「斜縁二神二獣鏡」は中国の三国時代・3世紀のものであり、このことから被葬者は中国製品を入手できた有力な権力者であることが窺える。2号古墳からは、「内行花文鏡」と呼ばれる、中国の漢の時代の鏡が出土された。2号古墳は1号古墳より後の時代の造立と考えられている。
 出土品の一部は、広島県立歴史博物館、広島県立歴史民族館で公開されている。
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2007/1/26


古代の丘 Kodai-no-oka Kodai-no-Oka and Jomon Village

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 山形県長井市にある発掘された遺跡の博物館。西山山麓、縄文村の中にある。
 長井市は縄文時代の遺跡が多い。昭和52年からの調査によって、この地が旧石器時代から弥生時代までの古代人の暮らしの場であったことがわかった。
 各遺跡から発掘された土偶や考古資料を縄文村で保管、村の中にある「古代の丘」には、土偶の巨大なオブジェななどが置かれている。
 復元された「竪穴式住居」では体験キャンプもできる。
 古くから残る、山、川、丘や森を大切に考え造られた施設でもあり、
 周囲にはめずらしい動物や植物なども生息している。
 秋などは、紅葉が綺麗でキャンプなどもできる。
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2006/12/17


末慮館 Matsuro-kan Matsurokan

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 末慮館は、佐賀県唐津市にある歴史民族博物館で、日本最古の稲作遺跡とされる菜畑地区に在する。「末慮」(まつろ)とは「魏志倭人伝」にでてくる言葉で、唐津市郊外の「松浦」のことである。
 弥生時代の高床式倉庫を模した外観が特徴的である。
 稲作の発祥と伝播についての資料が豊富。復元された水田跡や竪穴式住居、弥生時代の菜畑集落のジオラマ模型がある。常設展示室では、石包丁、炭化米、農機具、鯨骨など出土品を見ることができる
 年間行事として毎年10月に「収穫祭」が行なわれ、稲の収穫に感謝する。
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2006/12/15


丸山遺跡 Maruyama-iseki Kuboizumi-Maruyama Historic Sites

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 佐賀県の久保泉丸山遺跡は、縄文時代晩期から弥生時代前期の118基の支石墓と、5〜6世紀の12基の古墳群が小さな台地上にまとまって存在していた複合遺跡である。
 遺跡そのものはもともと佐賀市久保泉町川久保に位置していたが、長崎自動車道建設のために、金立公園内に移転され、復元されている。古墳の石室には竪穴式と横穴式があり、竪穴式石室の中で最大のものは長さ1.87メートル、幅0.73メートル、高さが0.76メートルある。
 石室の中からは鉄剣や鉄ほこ、刀、やりがんな、勾玉など多くの出土品も見つかった。これらの出土品は、5〜6世紀の佐賀平野の有力首長の墳墓の変容をよく示すものである。
 丸山遺跡は、昭和59年、県の重要文化財に指定された
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久里双水古墳 Kurisouzui-kohun Kurisouzui Kofun

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 久里双水古墳は、佐賀県唐津市の丘陵上にある市指定の史跡である。
 昭和56年に発見され、度重なる学術調査の結果、日本でも最も古い古墳のひとつであることが確認された。築造年代は3世紀代にまで遡ると推定される。
 全長108.5メートル、後円部径62.2メートル、前方部42.8メートルと規模が大きいのに比して石室の規模や出土品の量は貧弱であったが、竪穴式石室や副葬品の鏡など、邪馬台国時代の3世紀の様相を知る上で貴重な史料となっている。
 竪穴式石室は長さ2.5メートル、幅0.9メートルで、床にはU字型の粘土床があり、舟形木棺の存在も想定されているという。また、石室内部からは平縁盤龍鏡・刀子・管玉などの副葬品が出土した。
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