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2008/6/10


須曽蝦夷穴古墳 Susoezoana-kofun 

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 波穏やかな七尾湾に囲まれた石川県能登島。その能登島の高台にあるのが須曽蝦夷穴古墳(すそえぞあなこふん)である。
 古墳に附随する前室から出土した土器や直刀片などから、作られたのは七世紀の中頃、古墳時代末期と見られている。
 一辺が20m弱の四角い墳丘を持ち、そこに二基一対の石積みの横穴式石室様の慕室が設けられている。
 石積みの技法に、付近の海岸から運んだと思われる安山岩板石を用いてドーム型の慕室を作る角三角持送(すみさんかくもちおくり)技法が用いられていることや、石室が二つあることなど、当時の朝鮮半島の高句麗式の古墳に通じる点も多く、全国的に見ても珍しい遺構である。
 また、古墳そのものの建造が少なくなったころにしては、比較的規模が大きいこともその特色として知られている。
 昭和五六(1981)年には、国の史跡にも指定されており、古墳のある高台からの七尾南湾の眺望の良さも特色のひとつと言えるだろう。
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2007/4/23


康徳寺古墳 Koutokujikofun 

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 広島県の世羅(せら)盆地に所在する康徳寺の門前にあることから「康徳寺(こうとくじ)古墳」の名称が付けられた。昭和十五年に県の史跡に指定されている。
 大きさは、この地域では最大規模。直径17m、高さ約5mの円墳で、内部は横穴式石室となっている。石室は全長9・5m、高さ2・4m。玄室は長さ2・4m、幅1・8mである。
 平成七〜八年に環境整備事業が行われ、須恵器や土師器、耳環のほか中世のころのものと思われる土師質土器、瓦器、土鍋や仏具などが出土した。またこの古墳の東側に接して、白鳳時代(7世紀後半頃)の古瓦を出土する寺院跡があり、康徳寺廃寺跡と称される。この古墳の被葬者に関連する豪族により建立された可能性が高いと考えられている。
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2007/4/17


大坊古墳 Daibou-kofun Daibo Kofun

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 大坊古墳は中条の谷を見渡す丘陵の斜面に築かれた、直径約14mの円墳である。加工した石材を組み合わせた横穴式石室が大変見事だ。
 横方向に開口する巨大な入り口から、中に入ることができる。石室の規模は全長11.2m、幅は1.9m。高さも1.9mある大きなもの。大型の切石状の花崗岩を壁や天井、柱に使い、左右対称を意識した築造となっている。
 出土品は確認できていないが、石室の形の特徴から、古墳時代晩期の七世紀前半頃の造立と考えられる。
 今から千四百年も前に造られたとは思えないほどの巨大で均整の取れた石室は、古代の権力者の高い美意識と誇りの証である。
 大坊古墳は、昭和五八年に県指定史跡に認定されている。
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2007/4/16


唐櫃古墳 Karabitsu-kofun Karabitsu Kofun

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 唐櫃(からびつ)古墳は、広島県庄原市川西町に所在する前方後円墳。横穴式石室を内蔵する点と、その規模から県内でも珍しい古墳として、平成五年に県史跡に指定されている。
 古墳の規模は庄原市で8番目。長さ41・4m、後円部28・8m、前方部幅14・4mを測る。広島県北では最大の規模を誇る横穴式石室は、長さ13・1m、高さ2・6m、幅2・4m。この石室からは、古墳時代後期の6世紀後半から7世紀までの須恵器や、耳環、鉄製馬具などが出土している。
 また、非常に精巧に作られた大型の金銅製の鈴や、全国で4例目の出土となる銀製山梔形空玉(近畿以外の古墳では初めての出土)など、貴重な出土品が数多く発見されている。
 
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2007/3/27


松江古墳 Sungou-kofun 

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 松江(すんごう)古墳は静岡県沼津市井田、松江山に位置する古墳群である。
 西伊豆最大の古墳群であり、古墳時代後期のものとされる。周辺の古墳をあわせて「井田松江古墳群」とも言われる。県指定史跡。
 昭和二十九年以降発掘が行なわれ、松江山で29基、丸塚で4基の古墳が確認されている。
 全て横穴式石室の円墳であり、ほぼ完全な形で残る貴重な史跡。
 金環、玉類、武器、鉄鏃、馬具、須恵器などの多くの遺物が出土しており、一部は造船郷土資料博物館に展示されている。
 これ以外にも周辺には沢梅古墳、根岸古墳などが点在し、古代の集落があったことをうかがわせる。
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2007/3/12


推古天皇陵 Suiko-tennou-ryou Kofun of Empress Suiko

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 推古天皇陵は、大阪府南河内郡太子町にある墓稜である。
 推古天皇は、日本で初めての女帝である。蘇我の馬子を政務に取り立て、聖徳太子を摂政にし、隋との交渉によって先進的な政治制度や文化、芸術などを積極的に吸収した。
 推古天皇は、政治の改革や、仏教文化を中心とした飛鳥文化を花開かせた名君であった。
 推古天皇陵は、正式名を山田高塚古墳と言い、一辺約60メートル、東西に長い三段に築造された方形墳で、内部には2つの横穴式石室があると考えられている。
 王陵の谷の中で小島のように盛り上がっているため、四方からその整った美しい姿を望むことができる。
 推古天皇とその子竹田皇子の合葬陵とされ、古い記録によると石室内に二つの石棺が安置されているという。
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2007/2/21


東山古墳群 Himukashi-yama-kofun-gun 

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 兵庫県の多可町に所在する「東山(ひむかしやま)古墳群」。兵庫県最大級の横穴式石室で知られる。
 東山古墳群は、十六基の円墳からなり、南北約二百メートル、東西約百メートルの斜面に分布。中でも一号墳の石室は、同古墳群で最も古く、県で最大の大きさを誇る。石室は横穴式で、全長約十三メートル。硬質土器の「須恵器」や鉄製品のほか、豪族の象徴である大刀のつばや馬具が出土した。
 これらの出土品から、東山古墳群は、古墳時代後期である6世紀後半の豪族層によって造られたと推定される。
 東山古墳群は、昭和五十三(1978)年、県の文化財に指定されている。
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2007/1/25


こうもり塚古墳 Koumoriduka-kofun Koumoriduka Archeological Site

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 国指定史跡、「こうもり塚古墳」。六世紀後半に自然の丘陵を利用してつくられた全長約100メートルの前方後円墳だ。
 「こうもり塚古墳」の名は、こうもりが棲みついたことから付けられた。横穴式の石室は全長19.4メートルと、奈良県の石舞台古墳の石室に匹敵する大きさだ。長い羨道とその奥の玄室とから成っている。玄室には家の形の大きな石棺が納められている。この石棺は井原市野上町産の浪形岩(貝殻石灰岩)を材料とした、くり抜き式の石棺。ほかにも陶棺や木棺が納められており、後期古墳に一般的な、複数埋葬であったことが窺われる。
 この古墳は、大きな墳丘や内部の石室、石棺などに見られるように、多くの労働力を集められるほどの勢力を誇った支配者層の墳墓であることを示しているといわれる。
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