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2007/2/12


大分 五百羅漢 Ooita Gohyaku-rakan The 500 Rakan of Oita

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 五百羅漢というと、612年の歴史を持つ曹洞宗の寺院・東光寺には15代住職の玉峰道琳和尚が当時の世相から住民を救うため、日出の石工・吉野覚之丞に依頼して1863年からの19年間を費やして521体の羅漢像を完成させた。元来、羅漢は異相であるが、当時の羅漢には美笑醜渋の四面相があり、ここのものは表情豊かで個性的。また、本堂裏には16羅漢と仏足石が安置されている。東大寺の仏足石を模したもので、長さ1尺6寸と全国的にも数少ない貴重なもの。
 耶馬渓の羅漢寺は、険しい岩山の中腹に位置し大化元年(645年)、印度僧により建立される。家内安全、学業成就の御利益を求め参拝者が多い。洞窟には3777体以上もの石仏が安置され、中でも無漏洞の五百羅漢は有名。大小多数のしゃもじにも驚かされる。参道入口には青の洞門を掘った禅海和尚の遺品を納めた「禅海堂」がある。
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2007/2/5


興禅院 Kouzen-in Kozenin Temple

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 「青の洞門」を開削し、菊池寛の名作『恩讐の彼方に』の題材になった禅海和尚が得度(出家して僧になる事)したとされる寺。
 寺の開山(寺を建立すること)は室町時代の1370年に無著禅師によって、鶴見岳の麓(別府市)に開かれた。1469年に今の場所に移され、29の末寺があった。1596年、大地震で寺は倒壊してしまうが、四年後に領主だった細川忠興によって再建される。その後、三度も火災があり、木造の旧伽藍は全焼した。1973年の火災を最後に、翌年、不燃性の本堂と庫裏が再建された。
 門の両脇には、金剛力士像が立ち、聖なる空間を外敵から護っている。ここの阿形像と吽形像は独特の雰囲気がある。その他にも歴史ある石仏が数々あり、見ごたえがある。湯布院の自然に囲まれながら静かな時間を過ごす事が出来る。
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2007/1/28


青の洞門 Ao-no-doumon Ao-no-domon (Blue Tunnel)

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 青の洞門は、菊池寛の小説「恩讐の彼方に」で有名な、大分県中津市本耶馬溪町曽木にあるトンネルである。
 山国川のほとりの競秀峰のすそに掘られた。今は車が通れるトンネルになっているが、昔の素掘りのトンネルも一部残っている。
 250年ほど前、諸国遍歴の旅の途中この地を訪れた禅海和尚は、鎖渡しと呼ばれる難所で命を落とす人馬を見て、村人の為に安全な道をつくる事を決意した。こうしてノミと槌だけで掘り抜いた隧道の長さは、342m。30年もの永い歳月をかけて完成した。
 後に通行料を徴収したので日本最古の有料道路と言われている。
 現在の青の洞門は、当時からはかなり変化しているものの、一部に明かり取り窓やノミの跡が残っており、禅海和尚の不屈の精神が偲ばれる。
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2007/1/26


仙の岩 Sen-no-iwa Sen-no-iwa Rock

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 集塊岩でできた旧耶馬風景の代表的なものとして、競秀峰(きょうしゅうほう)「青の洞門のある所」と並び称される。特に剣ヶ岳(けんがだけ)は全耶馬渓随一の大岩柱である。奇岩がそびえ立つ様はまるで山水画の様である。
 また、100mの大絶壁平岩や大中小の屏風岩や大巖寺(だいがんじ)岩窟・奥の仙岩窟などもあって、昔から山岳仏教の聖域となっている。大昔、インド僧法道仙人が居たので「仙の岩」と呼ぶようになった。
 仙の岩は頂上まで登ることができ、頂上からは由布岳、鶴見岳を正面に見ることができる。ここはちょっとした公園にもなっていて、春になれば桜が咲き花見を楽しむことができる。
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