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2008/1/30


小僧不動の滝寒中みそぎ Kozou-fudou-no-taki-kanchuu-misogi Waterfall Purification at Kozo-Fudo Sui Shrine

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 毎年旧正月にあたる一月一五日、宮城県栗原市一迫長崎地区の小僧不動水神社では寒中みそぎが行われている。
 参加者は厄年や成人を迎えた男性。夜一九時頃、ふんどしにわらじ、白はちまき姿で俵みこしを担ぎながら登場する。この時の外の気温は零下8度前後。みそぎ中の安全を祈願すると小僧不動の滝に向かって走り、気合いを入れ滝つぼに入る。10メートル上空から落ちてくる滝に打たれ、胸まで水につかると肌が見る間に真っ赤に。家内安全、無病息災、厄祓い、五穀豊穣、合格等を祈願する。
 みそぎを終えると体から湯気をだしながら再び神社に参拝し、行事が無事に終了したことを報告する。見物に訪れた人たちからは歓声と拍手が沸きあがる。
 その後暖かいどんと焼きの前で、甘酒を飲みながらほっと息をつき、足早に家路に着く。
 身を清め、同時に心が清められる清々しさを感じることができると、参加者には実はなかなか好評だ。
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2007/11/12


烏帽子 Eboshi 

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 烏帽子(えぼし)とは、平安時代から近代にかけて被られた、長くて黒い帽子の事である。
 古代の帽子で、平安時代には公家は円筒状の立烏帽子、武家は少し先が折れた折烏帽子を着用した。
 冠から派生していると考えられ、文字どおり烏の羽根のように黒い漆が塗布されている。
 平安時代以降になると、身分の貴賤にかかわらず成人男性が被った帽子を指し、被り物をしていない頭を人前に晒す事は恥辱とされていた。
 当初は布で作られていたが、15世紀頃より紙に漆を馴染ませて強度を持たせた紙製の烏帽子が出現し、江戸期にかけて一般化するとともに、烏帽子の大型化に伴って頭頂を剃り上げる月代(さかやき)が普及し、一般民衆に烏帽子を被らない事が定着していった。
 烏帽子は、中世日本の成人男子にとって、基本となる服飾である。
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2007/10/9


奈良 若草山 Nara Wakakusa-yama Wakakusayama

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 奈良の若草山(ならのわかくさやま)は、奈良県奈良市にそびえる標高342m、面積33ヘクタールの山である。新日本三大夜景のひとつとされる。
 山が三つ折り重なっているため、三笠山(みかさやま)とも呼ばれている。
 山頂には、5世紀頃に築造された、標高300m以上の山頂にある古墳としては、日本最大級の史跡・鶯塚(うぐいすづか)古墳が存在する。
 普段は芝生保護の為に入れないが、春と秋に山開きをし、中に入ることができる。
 全山芝に覆われた山で、毎年、成人の日の前日に行われる炎の祭典「山焼き」でも有名である。
 奈良の若草山は、夜景の美しい、芝や古墳が良く整備された、奈良盆地を一望出来る山である。
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2007/8/21


中畑町八幡社 おまんと祭 Nakabata-chou-hachiman-sha Omanto-matsuri Omanto Festival at Hachiman Shrine in Nakahata Town

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 西尾市の無形民俗文化財に指定されている「おまんと祭」。
 古くは成人男子を祝う成人式「元服の儀式」であったとされる祭で、現在は毎年一〇月第三日曜日に中畑(なかばた)八幡社で奉納される。
 神社境内に特設された一周一二〇mの円形の馬場。柵に囲まれたその馬場を、振り落とされまいと馬の首やたてがみにつかまって、交代で一緒に走る、法被に地下足袋姿の勇壮な若者達。
 荒々しく走る馬と共に、勢いよく駆け抜けていく青年達に、見物客達も思わず声を掛け、柵の外から縁起が良いとされる鞭を入れる。
 「おまんと祭」は別名「ずり馬」とも言われており、成人男子に相応しい迫力ある「ずり馬」が目の前で見られる伝統的な祭である。
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2007/8/10


三浦天満神社 五ツ鹿踊り Miura-tenman-jinja Itsu-shika-odori 

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 愛媛県宇和島の三浦天満神社で行われる秋祭りの中で舞う鹿踊。
故あって隠れてしまった雌鹿を雄鹿たちが苦心して探し出す様を踊りで表現している。鹿は神に仕える神聖な動物であり、その鹿がその土地を訪れ幸運を祈って帰っていくことが鹿踊の原点にある。
 鹿踊は初代宇和島藩主の伊達秀宗が仙台よりもたらしたものと言われている。現在も仙台地方に伝わる鹿踊・獅子踊りと共通する部分が多々見受けられる。
 鹿の数は五頭から八頭があり、同じ宇和島にある宇和彦神社の秋祭りは「八ツ鹿踊」である。
 三浦天満神社の鹿踊は子供が担うものであったが、少子化のため、現在では成人が担当するようになった。他の練りは子供が担当し、三浦天満神社の練りは県の無形民俗文化財に指定されている。
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2007/6/13


海を渡る祭礼 Umi-wo-wataru-reisai Sea Crossing Festival

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 海を渡る祭礼は、宮崎市青島の青島神社で七月の最終土・日曜日に行われる。青島は、周囲約1.5kmの小さな島。
 御祭神(彦火火出見命、豊玉姫命、塩筒大神)の御霊を3つの御輿に乗せて海積宮にお連れするお祭り。。
 氏子のうち、22、23歳の成人男性たちが2日間に渡り、激しく御輿を揺らしたり、担ぎ手とぶつかり合う、暴れと休憩をおこなう。初日15箇所に立ち寄った後、御座船と呼ばれる舟に乗り、青島の海上を1周し、天満宮(天神様)へ入る。
 二日目は11箇所に立寄り、暴れと休憩を繰り返し、青島神社へと御霊が戻り、お祭りは終了を迎える。
 海を渡る祭礼は、起源の判らないほど古くから伝わる祭りである。
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2007/6/8


能面 延命冠者 Noumen Enmeikaja Noh Mask Enmei Kaja

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 延命冠者(えんめいかじゃ)は翁面の系統であり、目を翁と同様に「へ」の字型にくりぬいて微笑を持たせているが、その大きな特徴である「切り顎」はない。翁よりはずっと普通の男面に近い相貌で、薄い描き髭や微笑む口、大きなエクボなどが若々しい印象を与えている。
 延命冠者の「延命」とは、延命地蔵と同じく延命の徳を備えていることを意味し、冠者とは成人男性のことであるから、延命冠者とはすなわち延命の徳を備えた青年ということである。同じ翁系である父尉(ちちのじょう)と対になる役であり、父尉の子供と考えられている。
 他の翁系の面と同様、平安・鎌倉時代の面影を残しており、長寿、子孫繁栄を祈祷する面である。父尉と同じく十二月往来の時のツレが使用し、またこの面のみ、「鷺」のシテに流用することがある。
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2007/4/3


行田足袋 Gyoda-tabi 

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 江戸時代の明和2(1765)年の「木曽東海両道中懐宝図鑑」という本に、「忍のさし足袋名産なり」とあり、行田の足袋が名産品だったと記されている。 「さし足袋」とは刺子にした足袋のこと。
 行田は木綿の産地でもあり、近くに中山道が通っていたことで、旅行や作業用の足袋づくりが盛んになったと考えられている。
 明治時代になるとミシンが使われるようになると、足袋の生産量は増大し、更にミシンの動力化も進み、名実ともに行田の足袋は日本一となった。
 現在では、足袋を履く機会も少なくなってきたが、結婚式や七五三、成人式などの儀式の時、正装に和服を着る人など、需要が尽きることはない。
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