NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/1/25


野崎家旧宅 Nozakike-kyutaku The Old Residence of the Nozaki Family

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 岡山県倉敷市の児島は、古くから塩業が営まれてきた。
 塩田の歴史は古く奈良時代にまで遡り、平城宮出土の木簡にも記されている。江戸時代にはさらに大規模な塩田開発が行われた。この製塩業開発に大きく貢献したのが、野崎武左衛門である。後に「塩田王」と呼ばれた武左衛門が天保四(1833)年に建てた豪壮な屋敷、それが「野崎家旧宅」である。
 どっしり構えた母屋を中心に、約三千坪の敷地には土蔵が立ち並ぶ。表書院や長屋門、御成門などは、当時の貴重な建造美を今に伝える文化財として昭和52年に岡山県の史跡に指定された。庭のあちこちに茶室も設けられ、四季折々の風情を見せている。
 土蔵は塩業歴史館としての役割も果たし、塩田に関する資料や当時野崎家が実際に使っていた道具、衣裳を展示している。
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2007/1/24


奥能登塩田村 Okunoto-endenmura Oku-Noto Salt Pan Village

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 能登の人々と塩との関わりを展示した資料館及び体験型設備。
 四方を海に囲まれた日本では、海水から塩を取り出す方法が発達。色々な地方に、塩を作る浜辺=塩浜が作られた。
 その技法は大きく分類し、揚げ浜・入り浜の二つが挙げられるが、能登半島においては、多くの海岸で、揚げ浜式によって製塩が行われていた。
 奥能登塩田村がある珠洲市では、現在も五〇〇年前と、ほぼ同じ、揚げ浜式の技法によって塩が作られている。
 揚げ浜式とは、海水を手桶にくみ、何度も何度も砂に撒いて天日に干す方法。ミネラル豊富で、塩自体にもうまみがあるが、何よりその塩を調理に用いると、他の素材のうまみも引き上げられるのが特徴だ。
 奥能登塩田村では、この昔ながらの揚げ浜式の製塩法を体験、自分だけのオリジナルの塩を作ることができる。期間は五月から九月の間。
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2007/1/22


二見興玉神社 Futami-okitama-Jinjya Futamiokitama Jinja

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 二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)は、三重県伊勢市二見町江にある神社である。境内の磯合に夫婦岩がある事で知られる。
 祭神は、猿田彦命と宇迦御霊之神(神宮外宮豊受大神の別名)。
 明治四十二(1909)年、猿田彦命を祀る興玉社と宇迦御霊之神を祀る三宮神社を合祀した。その際に二見興玉神社と称するようになった。
 古来、伊勢神宮に参拝する者は、その前に二見浦で禊を行うのが慣わしであった。やがてそれに代わるものとして、二見興玉神社で無垢塩祓いを受けるようになった。今でも、神宮式年遷宮のお木曳やお白石持ちへの参加者は浜参宮を行う。
 二見興玉神社は、伊勢神宮に関連する村社・別表神社であり、日本の神話と歴史、美しい風景を持つ神社である。
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