NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/7/31


朴島 Hou-jima 

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 朴島(ほうじま)は、日本三景のひとつ、松島の湾内に点在する浦戸諸島の一島だ。浦戸諸島の中では最も小さい島だが、この地では珍しいタブ林が存在するなど、豊かな自然が残る魅力的な場所である。
 春には菜の花畑が満開になり、島全体が黄色に染まる。朴島の菜の花は、純粋な松島系白菜の種を採るために栽培されている。島民は、島固有の菜と他の植物との交雑を避けるために、大変な手間をかけながら大切に育てているという。
 また、朴島には様々な伝説や歴史があり、島内各所で貴重な史跡を見ることができる。朴島という名の由来も興味深く、仙台藩の軍用金や貴重な宝物が島内に隠されており、「宝島(ほうじま)」と呼ばれていたのが朴島になったと言い伝えられている。そのほか、伝説の鳥である「鳳凰」が住んでいたという伝説も残る。
 朴島は、観光化されていない自然の神秘と歴史のロマンを感じとれる、詩情あふれる魅惑の小島である。
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2008/6/30


北精進ケ滝 Kitashoujiga-taki 

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 長野県に隣接する山梨県北杜市(ほくとし)は平成の大合併によって生まれた、山々に囲まれた市である。その武川地区に東日本最大の北精進ヶ滝(しょうじがだき)がある。
 神仏祈願のために、この滝を浴びて身を清めたことがその名の由来となっており、南アルプス南側にあるドンドコ沢の、南精進ヶ滝に対して名付けられたともいわれている。
 北精進ヶ滝は、南アルプス北側に連なる鳳凰三山のひとつ、地蔵ヶ岳を源流としている石空川(いしうとろがわ)に懸かる滝である。石空川渓谷には大小五つの滝があるが、中でも北精進ヶ滝は落差が一二一mもある堂々たる姿で、日本の滝一〇〇選にも選ばれている。
 滝見駐車場から滝までは遊歩道が整備されている。鉄の梯子や吊り橋、丸太橋などがあり、美しい自然の彩りを楽しみながら変化に富んだ道を進んでいくと、壮大な滝が姿を現す。
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2008/6/13


伊藤若冲 Itou-Jakutyuu 

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 伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)は、江戸時代の絵師である。
 正徳六(1716)年、京都・錦小路の青物問屋の跡取り息子として生まれる。
 二二歳で父が没した後家業を継ぎ、そのかたわら狩野派に学ぶが、やがて画塾を辞め、独自に中国画を模写するようになったといわれる。
 四〇歳で家業を弟に譲り、生涯妻子を持たず絵画制作に専心、濃彩の花鳥画と水墨画に異色の画風を作りあげた。
 若冲は、絵を描く事以外世間の雑事には全く興味を示さなかったと言われている。
 代表作の「動植綵絵」(どうしょくさいえ)は、鶏、鳳凰、草花、魚介類など身の回りの動植物をモチーフに描いた色彩豊かな作品で、以後も筋目描きや枡目描きといった珍奇な技法やユニークな版画など、多彩な作風を試している。
 寛政一二(1800)年、没。
 伊藤若冲は、超絶した技巧や奇抜な構成で、奇妙で不思議な作品を作り続けた絵師である。
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2008/5/9


奈良 采女祭 Nara Uneme-matsuri 

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 奈良の采女祭(うねめまつり)は、奈良県奈良市にて毎年九月~一〇月にある中秋の名月の日に、猿沢池にて開催される祭りである。
 奈良時代、後宮で帝の食事の世話などに従事する女官・采女が、帝の寵愛が衰えたのを嘆いて猿沢池に入水自殺した。以来、この霊を慰める為に行われる祭りとされる。
 祭りは、猿沢池で、二艘の龍と鳳凰の形をした船が浮かべられ、管弦船が奏でる優雅な雅楽が流れる中、流し燈籠の間をぬって池を2回巡る、幻想的なものである。
 猿沢池のほとりにある采女神社は、この采女の霊を慰めるため建てられた神社で、社が後ろ向きに建っている。伝説によると、身を投げた池を見るにしのびず一夜にして後ろ向きになったと伝えられている。
 祭りでは、秋の七草で美しく飾られた2mあまりの「花扇」と数十人の稚児、御所車に乗った十二単衣の花扇使などによる行列が行われる。
 奈良の采女祭は、哀しくも優雅な秋祭りである。
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2008/4/22


加賀 水引細工 Kaga Mizuhiki-zaiku 

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 加賀 水引細工(かがみずひきさいく)は石川県に伝わる伝統工芸である。
 古来、日本では品物を贈る時に、相手を敬う気持ちの表れとして品物を紐で縛り手渡す習慣があった。当初、この紐は、麻などを水に浸し皮をはいで紐状にしていたため水引といわれるようになったという。
 その後水引は和紙を細かく切り、こより状にしたものを海草や白土で練り混ぜて糊で固めたものが使われ始めた。
 特に加賀藩は華やかさを好む気風が高かったため、実用的な水引よりも、多彩な色合いを持つ装飾品としての水引細工が発展していった。その後、金箔や銀箔を多用し松竹梅や鶴、亀、鳳凰、海老など芸術品ともいえる巧みさで編み上げる技術にまで達するようになった。
 現在でも加賀水引細工は石川県の伝統工芸として全国的に有名である。
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2007/12/14


袱紗 Fukusa Fukusa

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 袱紗(ふくさ)とは、儀礼的な贈答のときに、贈り物の上にかける、絹布で作られた正方形の布のこと。
 もともとは貴重品の納められた箱物の上に塵よけとしてかけられていたものだが、現在では冠婚葬祭などの儀礼的な贈答に欠かすことができないものとなっている。
 江戸時代に贈り物の習慣が盛んになると、飾り裂として美的要素が加わり、贈り主の贈る心を込めた絵柄が次々と作られた。冠婚葬祭別の贈る目的に相応しい意匠模様を工夫し、松竹梅や鶴、おしどり、高砂や鳳凰、宝船、日の出などをモチーフにしたという。
 家紋を表とし、絵柄を裏とするのが正式な形だが、現在では絵柄を省略した紋のみの袱紗が一般的によく使われている。
 袱紗は、礼を重んじる日本ならではの美しい風習であり、いつまでも伝えていきたい日本の美の集大成である。
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2007/12/11


鳳凰の舞 Houou-no-mai 

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 鳳凰の舞(ほうおうのまい)は東京都西多摩郡は平井地区に伝わる民俗芸能である。
 この地区の鎮守・春日神社の祭礼に奉納される舞で、雨乞いの舞として京都から伝わったといわれている。祇園囃子と風流踊り、さらに太刀踊りが加わり、江戸と京都それぞれの特徴を合わせ持っている珍しい伝統芸能だとされている。
 子ども達による「奴の舞」が披露された後、大人の「鳳凰の舞」が披露される。
 鳳凰とは中国の伝説の鳥で、それを模した冠をつけた者五人が白い襷をつけ、赤い頭巾の者達五人と円になって、太鼓の音と共に迫力のある、勇壮な踊りを披露するという。
 地元保存会の熱心な支えにより、今も活発に行われている希少な伝承で、国の重要無形民族文化財にも指定されている。
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2007/12/10


錦ヶ浦 Nishiki-ga-ura 

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 錦ヶ浦(にしきがうら)は、静岡県熱海市熱海~上多賀にある相模湾沿いの地域である。
 国道135号線沿いに広がる海岸線であり、素晴らしい眺望を誇っている。
 朝日の光がこの浦の青い海や奇岩・洞窟に注ぐと、眩しい5色の光となって輝く。美しい京の錦織の名をかりて「錦ヶ浦」と呼ぶようになったと言われる。
 熱海の南西に位置する絶壁の名勝で、魚見崎から南へ約2kmにわたり入り組んだ断崖が続いており、錦ヶ浦遊歩道として整備されている。
 近隣にある日本庭園「天翔」では、世界最大の盆栽や鳳凰の松、鉢ごと回転する惑星の名のついた松の盆栽などがあり、広大な地に10の庭園、150種類2千本のバラが咲き、オールドローズガーデンやハーブガーデンなどが楽しめる。
 錦ヶ浦は、扇崎展望台からの眺めも美しい景勝地である。
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