NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/8/9


江戸刺繍 Edoshisyuu 

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 日本で刺繍が行われるようになったのは飛鳥時代のこと。中国から仏教が伝来し、金銅仏と並び刺繍による仏像、いわゆる繍仏(しゅうぶつ)が多数作られたのが始まりである。
 平安時代、公家社会が発達するにつれ、男子の束帯や女性の十二単衣(ひとえ)などの衣類に刺繍が登場し、安土桃山時代になると染めに刺繍を入れた相互性刺繍が多くなり、更に、装飾性を増していくようになる。
 江戸時代中期、天下太平の下で経済力をつけた町民階級が台頭し、あらゆる染色技術に刺繍も加えて絢爛豪華な着物を次々と生みだした。
 江戸の繁栄とともに江戸刺繍は隆盛を続け、当時、刺繍職人は繍箔師(ぬいはくし).縫物師(ぬいものし)とよばれた。
 江戸刺繍は図柄を置くときに空間を楽しむような刺繍の入れ方をするのが特色である。
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2008/4/11


Kiku-aka Kiku-aka 

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 普段持ち歩くバッグというものは、使う人の日常を持ち歩ける便利なものであり、使う人の個性をも街行く人に振りまいている。
 「Kikuーaka」はそうした個性を保ちながらも、あくまでも「さりげなさ」の演出にこだわった、和柄のバッグである。
 横約40cm、縦約35cmほどの大きすぎないサイズでありながら、その素材に着物生地やデニム地、70年代のデッドストック生地などを組み合わせ、ふわっとした丸い形に仕上げることで、個性を十分に惹き立たせている。
 また、生地の色合いを考えた組み合わせが行なわれており、それがジーンズにも合う、さりげない和柄を生み出している。
 裏地には金糸の刺繍が施されたターコイズブルーのシルク生地を用い、使う人にも和を感じさせる演出を施すと共に、ジッパー付きのポケットを一つ用意するなど、使い勝手にも余念がない。
 持ち手にはチョコレートブラウンの牛革を使用し、オリジナルハンドワークによる「枯れ」も演出され、持つことに粋を感じさせてくれる逸品となっている。
Magic Garden
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2008/1/24


肥後てまり Higo-temari Higo Temari

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 熊本県に伝わるてまり唄「あんたがたどこさ」を生んだのは、まさにこの「肥後てまり(ひごてまり)」である。
 鮮やかな色彩と幾何学模様が美しい肥後てまりは、江戸時代、各藩の城勤めの奥女中たちが手慰みで作り始めたのがはじまりで、その後各地に伝わったものとされる。
 代々肥後の女性に受け継がれてきた肥後てまりは、明治の中頃からのゴムまりの普及で次第に姿を消していったが、昭和四三(1968)年に肥後てまり同好会が発足し、技術が本格的に伝承されるようになった。
 肥後てまりの芯は、斜めに切ったへちまを乾燥させたものを使用する。線で包み、弾力をだして糸で巻き、球の形に仕上げる。フランス刺繍の糸を使用しているため、てまりの配色も素晴らしく、デザインも豊富である。
 昔、熊本市に流れる坪井川両岸の船着き場を「船場(せんば)」と呼んでいた。てまり唄ができた頃は、清流の中に小エビも群れ、狸がいた「船場山」周辺は、林や竹薮がうっそうと茂っていたといわれている。
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2007/11/22


文様 七宝(シッポウ) Monyou Shippou 

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 七宝(しっぽう)とは、同じ円を円周の四分の一ずつ重ねていく和文様である。
 和文様とは、平安時代以来、公家の服装・調度品や装飾に用いられた形、色、構成などに独自の優美な様式を持つ図柄の総称である。
 同じ大きさの輪を互いに交錯させて規則正しく繋げた図形で、四方に広がって無限に続いている。
 縦横に広がるので「十方」ともいい、仏教でいうところの金、銀、瑠璃、玻璃(はり)、しゃこ、珊瑚、めのうの七種の財宝、つまり七宝と音が似ているところから転訛したものとされる。
 七宝の円形は円満を表し、吉祥文様の一つで、そのイメージが定着して宝尽くしの一つに数えられるようになった。
 文様・七宝は、刺繍や友禅染の図案の中で空間を埋め、華やかな色彩を加える役割を果たしている、伝統的な和文様である。
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文様 麻の葉(アサノハ) Monyou Asa-no-ha 

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 麻の葉(あさのは)とは、正六角形を基礎にした幾何学文様で、形が麻の葉に似ている和文様である。
 和文様とは、平安時代以来、公家の服装・調度品や装飾に用いられた形、色、構成などに独自の優美な様式を持つ図柄の総称である。
 古くは平安時代の仏像の切金文様の中や、鎌倉・室町時代の刺繍によって仏像や菩薩などをあらわした繍仏(しゅうぶつ)の中にみられる。
 麻は丈夫ですくすくとまっすぐに伸びる事から、子供の産着に用いるという風習もあった。
 また、麻の葉は古来より、災いを防ぐ魔避けの意味がある植物として使用したという歴史もある。
 麻の葉文様は、近年再び見直され、着物に限らず帯や襦袢、袋小物に頻繁に用いられている、伝統的な和文様である。
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2007/11/14


色打掛 Iro-uchikake 

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 華麗な刺繍や織り模様を施した「色打掛(いろうちかけ)」は、白やピンクの掛下(かけした)の上に羽織る。
 地紋の入った色地に赤や緑などの華やかな色で鳳凰や鶴亀、松竹梅、御所車(ごしょぐるま)といったおめでたい吉祥文様を刺繍したり、織りや染め、白地に金糸や銀糸による刺繍、印金や箔などの技法で吉祥文様をあらわしたものがあり、息を飲むような華やかさがある。
 以前は白無垢より格下の装いだったが、現在では最高位の正礼装とされている。その為、神前や仏前式の結婚式において挙式では白無垢を、披露宴では色打掛を装うという形が定着している。帯をせず、歩く時に褄(つま)を掻い取らなければならないので、 掻取 (かいどり)とも呼ばれている。
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2007/7/25


刺繍 Shisyuu Japanese Embroidery

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 刺繍(ししゅう)は、手芸の一分野であり、布地に特定のパターンや図柄、文字などを縫いこみ、その結果できあがる作品をいう。
 日本に刺繍がもたらされたのは、今から千六百年~千七百年前頃に中国から渡来したとされ、日本においては着物を飾る方法として、布自体に模様を染める友禅技法が開発されるまでの間、刺繍が着物を加飾するための重要な方法であったた。長い年月をかけて様々な工夫がなされながら、各地で独自の刺繍が作り上げられ、やがて日本刺繍へとつながっていく。
 また、古来より日本では着物などの縫い目に呪力が宿る、と考えられていた。そのため、大人の着物に比べて縫い目の少ない子供の着物には悪いものが寄り憑きやすいと考えられ、子供を守るために着物の背中に「背守り」と呼ばれる刺繍を施す風習があった。
 同じような考えから、平安の昔から十二単や甲冑などにも刺繍は施されていた。
 そうした信仰上の行いなども、刺繍を発展させる礎となり、今に伝えられる日本刺繍の優美さを縫い上げている。
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2007/7/10


アイヌ文様 Ainumoyouo Ainu Pattern

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 アイヌの人々の生活の中で、衣服や調度用具、儀礼用具には独特の文様を見ることができる。これがアイヌ文様(もんよう)と呼ばれるもの。
 アイヌ文様は、アイヌ名でモレウ(渦を巻くもの)と呼ばれる渦巻き文様と、アイウシ(棘のあるもの)と呼ばれる括弧文様を基本に、多種多様な文様がある。文様は装飾としてだけでなく、身を守る魔よけとしての意味も持っており、衣服の袖口や襟、裾周りに施されていた。文様を見れば、どの地域のものか知ることもできた。そのルーツについては諸説あるが、いまだ解明されていない。
 かつて好きな異性に対して、女性はテクンペ(手甲)、ホシ(脚袢)などにアイヌ文様を刺繍して渡し、男性は女性に文様を彫ったメノコマキリ(女性用小刀)を渡した。アイヌの人々は自分達の作ったものには、魂が入っていると信じ大切に扱っている。
 現在は、自由にアレンジされた文様を施したスカートやブラウスも制作されている。
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