NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/9/18


玉乃井 指宿 Tama-no-i Ibusuki 

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 玉乃井(たまのい)は、鹿児島県指宿市(いぶすきし)開聞十町に古くから存在する井戸である。
 神代の昔から日本最古の井戸といわれ、彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)が兄の釣針をなくして途方に暮れ、樹上にたたずむ姿が井戸水に映っているところを、豊玉姫(とよたまひめ)に見初められたと伝えられる。
 また、後に彦火々出見尊の妃となった豊玉姫は、朝夕この井戸で水を汲んでいたという。
 付近一帯の「玉井」という地名も、この井戸から名付けられたものとされる。
 現在、この井戸は遺跡として残っているが、既に枯れており水は出ない。
 玉乃井は、彦火々出見尊と妃豊玉姫の神話時代のロマンチックな物語が今に伝わる、伝説の古井戸である。
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2007/4/13


加賀毛針 Kaga-kebari Kaga Artificial Fly

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 江戸時代、加賀藩では川釣りは武士にのみ許された特権で、各自が毛針を作り、釣果だけでなく、毛針の美しさも競った。これが、加賀毛針の起こりである。
 明治時代に入ると、庶民にも鮎釣りが開放され、専業の毛針屋も多く現れた。当時釣りに毛針を使っていたのは加賀だけだったが、明治二三(1890)年に内国勤業博覧会に出品されると、その美しさから高く評価され、全国にその名が知られるところとなったのである。
 加賀毛針は、1センチほどの小さな釣り針に、虫の体毛に似せて野鳥の羽毛を巻き付けたり、漆や金箔を使って水面や水中に住む川虫に似せるなど、繊細で精緻な技術を要する。
 実用性だけでなく、「粋と美」にまで高められた加賀毛針。匠の技と高い美意識が込められた伝統工芸である。
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2007/3/16


播州毛鉤 bansyuu-kebari Banshu Fishing Flies

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 播州毛鉤(けばり)は、江戸時代より兵庫県西脇市に脈々と伝わる伝統工芸品だ。昭和六二(1987)年には通産省の伝統的工芸品にも指定されている。
 毛鉤(けばり)とは、川魚用(鮎、ヤマメ、イワナなど)の釣り針を虫に見せかけた擬餌針のこと。1センチ足らずの小さな鉤に、手細工を施し、魚が食いつくように細工するもので、大変精緻で高度な技を求められる。
 播州の毛鉤は、江戸時代末期に京都から技法が伝えられたのがはじまり。以降、農家の副業として大切に守り育てられた。時代と共に技法も発達し、明治時代には水産博覧会に出展、数々の賞を受賞、その品質は釣り師たちの認めるところとなったという。
 現在では、国内の毛鉤の大部分のシェアを誇る一大産地である。
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2007/3/5


和多都美神社 Wadazumi-jinjya 

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 海彦・山彦の神話で知られる神社。 
 彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと・海彦)が失った釣り針を探してこの海宮を訪れ、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)と結ばれたと伝えられる。
 満潮の時は、神殿の近くまで海水が満ち、その様は竜宮を連想させ、海神にまつわる玉の井伝説の御遺跡や満珠瀬、干珠瀬、磯良恵比須の磐座などの旧跡も多い。
 また本殿の後方に2つの岩がある。これを夫婦石と称し、この手前の壇が、豊玉姫命の墳墓(御陵)で、西手の山下に石があり、それが彦火火出見尊の墳墓(御陵)であるとされている。
 波おだやかな浅茅湾の本殿正面の海から本殿に向かって連なる5つの鳥居は満潮時、2mほど沈み、神秘的な姿を見せてくれる。
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