NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/3/11


金沢 懐華楼 Kanazawa Kaika-rou 

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 金沢の懐華楼(かいかろう)は、石川県金沢市東山にある建築物である。市の保存建造物に指定されている。
 文政三(1820)年、加賀藩前田公による街割りで、金沢市浅の川界隈に隣接する東廊、東茶屋街を設置した。
 懐華楼は、その時に創建された建物で、現在は揚屋・茶屋文化をそのままに、平成の文化を取り入れて修復開楼している。
 ひがし茶屋街は金沢最大規模の町家群であり、観光客が絶えない。そのメインストリートに沿って懐華楼は建っている。
 昭和初期まで茶屋「越濱」として使われ、売りに出ていた建物を、金沢で飲食店を展開するグループが買収、改修し、平成五(1993)年、懐華楼としてオープンさせた。
 金沢の懐華楼は、独特の華やかな文化を味わえる場所である。
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2008/2/21


飴釉 Ameyuu 

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 艶やかなべっこう飴のような、深みのある色合いの「飴釉(あめゆう)」は、鉄分を主成分とする鉄釉の一種で、飴色に発色することからその名がついた。陶器作成の際に用いる伝統的な上薬のうちのひとつである。
 酸化焼成でも還元焼成でも飴色になるが、酸化の場合は明るく、還元ではやや黒っぽく焼き上がるという。
 鉄分の加減や厚みによって発色の濃淡が変わるため、ひとつとして同じ色はないが、その反面、大変味わい深い色調が楽しめるといわれている。飴色の他に薄飴、濃飴、飴黒など数種類ある。
 飴釉を用いた焼物では石川県金沢の大樋焼(おおひやき)や福島県会津本郷町の会津本郷焼などが有名である。
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2008/1/24


徳田八十吉(人間国宝) TokudaYasokichi 

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 三代・徳田八十吉(とくだやそきち)は、九谷焼・彩釉磁器の陶芸家である。
 昭和八(1933)年九月一四日、石川県小松市生まれ。金沢美術工芸短大を中退後、初代八十吉に九谷焼の上絵釉薬を、二代八十吉に現代陶芸を学ぶ。
 昭和三三(1958)年、第一回一水会陶芸展に初入選し、その後、日本伝統工芸展総裁賞、国際陶芸展グランプリ受賞など、数々の賞を受け、平成五(1993)年に紫綬褒章を受章した。
 初代八十吉から受け継いだ、江戸時代の古九谷の色を基に工夫を重ね、色のグラデーションの微妙な変化やコントラストの美しさを特徴とする彩釉の技法で、独自の世界を築き上げた。平成九(1997)年、人間国宝の認定を受けている。
 八十吉は、上絵の焼成を従来の九谷焼より二百度以上も高い温度でおこなう。発色を考えて調合した色釉により、気品と緊張感あふれる作品がうまれる。
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2007/11/22


寺井直次(人間国宝) Terai Naoji 

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 寺井直次(てらいなおじ)は、大正元(1912)年一二月一日、石川県金沢市生まれの蒔絵(まきえ)工芸士である。
 鍛冶職の家に生まれ、漆芸に興味を抱いて石川県立工業学校、次いで東京美術学校に進学し、蒔絵の道に進んだ。
 卒業後、理化学研究所でアルミニウムを用いた金胎(きんたい)漆器を研究する。
 昭和二九(1954)年、金沢で作家活動を始めた。
 卵殻の並べ方でぼかし、量感や遠近感などの複雑な表現を可能にした他、付着させる漆に工夫を凝らした。また、アルミニウムを電解処理し、素地を作る金胎漆器の新方式も開拓した。
 昭和五八(1983)年、勲四等瑞宝章を授章し、二年後に重要無形文化財「蒔絵」保持者に認定され、人間国宝となった。
 平成一〇(1998)年、惜しまれつつも八六歳の生涯を終えた。
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2007/11/14


金沢 野村家 Kanazawa Nomura-ke 

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 金沢の野村家(のむらけ)は、石川県金沢市長町にある建築物である。
 天正一一(1583)年、野村伝兵衛信貞は、金沢城に入場した藩祖・前田利家の直臣として従い、以後、野村家は、明治三(1970)年の廃藩まで12代に渡って1000坪の屋敷を拝領した。
 明治の武家制度の解体で、屋敷は取り壊され、菜園になってしまったが、その後、加賀・大聖寺藩・橋立の北前船の船主・久保彦兵衛の豪邸の一部をこの地に移築して、現在に至る。
 野村家は、代々御馬廻組組頭(おうままわりぐみくみがしら)や奉行職を歴任してきた加賀藩の重臣であり、格式を重んじた様式を見学できる。
 金沢の野村家は、大総檜の格天井やギヤマン入りの障子戸、狩野派の襖絵などが見事な武家屋敷跡である。
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2007/10/12


沈金 Chinkin Chinkin (Gold-inlay Carving)

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 沈金(ちんきん)は、漆芸の装飾技法で、漆の塗面に沈金刀と呼ばれる特殊な刀で紋様を彫り、漆を摺りこんだ後、金箔や金粉などを窪みに埋めるもの。日本には室町時代に伝わったと言われ、石川県輪島市に伝わる伝統工芸だ。
 沈金の重要無形文化財保持者(人間国宝)である前史雄氏(1940〜)は、昭和38年金沢美術工芸大学美術学科卒業後、沈金の名工と謳われた父・前得二に師事、技の鍛錬に努めた。
 沈金ノミについて研究を深め、自身でノミのかたちまで考え、各種沈金技術を駆使した作品を生み出す。卓越した沈金技術で描く繊細で情感豊かな表現が独自の作風をつくりだしている。
 後進の指導にも尽力しており、石川県立輪島漆芸技術研修所などにおける漆芸の技術教育に貢献している。
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2007/8/20


北國花火金沢大会 Hokkoku-hanabi-kanazawa-taikai 

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 七月初旬から九月の終わり頃まで、石川県の各市や町、約二〇箇所で行われる「北國花火大会」の中で、「北國花火金沢大会(ほっこくはなびかなざわたいかい)」は一、二を争う規模である。
 七月の終わりに石川県金沢市で行われ、毎年スケールアップする打ち上げ花火の総数は一〇〇〇〇発以上にものぼる。金沢の夜空を焦し、市内を流れる犀川(さいがわ)の川面を眩く照らす。
 犀川緑地で行われる、スターマインの五箇所同時打ちや滝仕掛けは素晴しく、大きな歓声が上がる。そして、息もつかせない一〇〇〇連発の乱れ打ちが始まると、怒号にも似た歓声が鳴り響いて止まない。
 周辺は四方に遮るものも無く遠くからも見物は可能だが、それでも毎年二〇万人以上の観客が訪れる、活気のある花火大会である。
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2007/7/25


大場松魚(人間国宝) Ooba Shougyo 

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 大場松魚(おおばしょうぎょ)は、蒔絵の技術である平文(ひょうもん)を得意とする蒔絵作家である。
 大正五(1916)年3月15日、石川県金沢市に生まれ、祖父から続く塗師の家で、父について家業の「きゅう漆」を学ぶ。
 昭和一八(1943)年、上京して松田権六に師事。昭和二〇(1945)年以後独立を果たし、金沢で蒔絵作家として活躍する。
 後の昭和五七(1982)年、重要無形文化財「蒔絵」の保持者に認定され、人間国宝となった。
 平文は、漆工芸の加飾法の一種で、金・銀などの薄板を文様に切り、漆面に貼りつけ、更にその上に漆を塗り、金属文様が出るまで文様の上の漆を剥ぎ取ったもの。
 高度な技と鍛錬で、金粉や銀粉をまくだけの従来の蒔絵にはない、美しく強い光を手に入れた。
 近年は、平文を中心に螺鈿や変塗などの技法を駆使した華麗な作風で慈愛を表現している。
 大場松魚は平文と呼ばれる加飾技術で、優雅な和の世界を表現し続ける。
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