NIPPON Kichi - 日本吉

記事数7件: 1~7 件表示          

2008/9/25


堺打刃物 Sakai-Uchihamono 

Jp

 大阪府の堺市に伝わる「堺打(さかいうち)刃物」は、全国的に有名な刃物である。人類の祖先が一番最初に使った道具が刃物だといわれているが、この地では弥生時代中期、既に集落が営まれ、石包丁が使われていた。
 天文一二(1543)年、ポルトガル人により鉄砲やたばこが伝来し、戦国時代には堺は鉄砲の産地として重要な役割を果たした。その後たばこの葉を刻む「たばこ包丁」が堺で作られるようになり、徳川幕府は堺に品質証明の印である「極印」を附して専売を許可し、堺刃物の名は全国各地へと広がった。江戸時代中期には、出刃包丁が出現し、その後刺身包丁、薄刃包丁などが作られるようになった。
 包丁と並んで和鋏(わばさみ)の生産でもよく知られる。髪結い、植木屋、生け花、呉服など、江戸時代には鋏は暮らしの中になくてはならないものだった。中でも、生け花用の鋏は、堺で最初につくられたと言われている。堺の和鋏は、最初から最後までひとりの手で作られ、細部にまで神経が行き届いている。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2008/1/29


【師】 Shi Teacher

Jp En

 左右の部分から成る字体で、甲骨文には左右それぞれの字体があり、軍隊や指導者といった「師」の今の意味で使われているものもあります。「師」の初形は甲骨文にでてくる左の部分で、大きな串カツの形みたいです。これは出征する軍が戦勝を願って祖先を祭るために使われている肉切れを象っていて、それだけで軍の意味があります。軍はこの肉をいつも共にもって行きます。そして右の部分はこの肉を切るための血止めと取っ手の付いている包丁の形です。「師」は軍という意味以外にも「この肉を切り取る権限をもつ者」という意味にも使われました。そして現役を引退した後には、若者の教育によくあたったという背景から、先生という意味にも使われます。
 仏教の供式とは対照的に、このような肉を捧げる習慣は、後に儒教が受け皿となりました。中国、朝鮮・韓国、台湾など儒教圏の国々では、古代中国の先聖先師、たとえば孔子を祀るための主な儀式である「釈奠(せきてん(または、しゃくてん、さくてん))」などで大事な要素になります。日本ではたとえば湯島聖堂などで孔子を祀る儀式も肉中心です。
 因みに「帥」の字体は「師」にとてもよく似ていますが、甲骨文をみますと、左の部分は神棚の扉を象り、右の「巾」の部分は布を表していて、まったく違う系統のものです
  
■師・金文(きんぶん)左
■師・甲骨文(こうこつぶん)右
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/4/10


なまはげ柴灯まつり Namahage-sedo-matsuri Namahage Sedo Festival

Jp En

 なまはげ柴灯まつりは秋田県男鹿市、真山神社で毎年2月に行われる祭りである。
 真山神社の祭事「柴灯祭」と民族行事の「なまはげ」を合わせた観光行事として行われる。
 柴灯祭は吉例神事であり、境内で焚いた柴灯火で大餅を焼き、真山の神に奉じて五穀豊穣、海上安全を祈る。同時に湯の舞・ちん釜祭と言われる湯立て神事が行われ、海が荒れることを鎮める。
 その後、神社で入魂されたなまはげが山に戻った後、里に降り、悪い子を探して暴れ、なまはげ太鼓となまはげ踊りで勇壮な姿を見せた後、再び山へと帰り、神事は終了する。
 冬の山中で雪と火、鬼が乱舞する幻想的な祭りとして人気を集めている。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します




なまはげ Namahage Namahage

Jp En

 なまはげは秋田県男鹿市近隣に伝わる民俗行事であり、毎年大晦日に行われる。
 鬼の面をつけ、わらみのをまとい、わら沓を履き、出刃包丁と桶、御幣棒を手に持つ姿で現れる。
 近隣の家を一軒づつ訪れ「泣く子はいねが」「怠け嫁はいねが」と問い、怠け者を探す。家の主人はなまはげを丁寧にもてなし、なまはげは饗応を受けて次の家へと向かう。
 冬場に仕事をせず、囲炉裏にあたることで出来る火傷である「なもみ」を剥ぎ、怠け者を懲らしめることから「なまはげ」と称されたと言われる。
 東北各地方に多くの類似の伝統行事があり、多くの伝説が残されている。
 怠け者を戒めると共に、子供達の無病息災と幸福を祈り行われる、古来よりの民俗行事である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2006/12/17


末慮館 Matsuro-kan Matsurokan

Jp En

 末慮館は、佐賀県唐津市にある歴史民族博物館で、日本最古の稲作遺跡とされる菜畑地区に在する。「末慮」(まつろ)とは「魏志倭人伝」にでてくる言葉で、唐津市郊外の「松浦」のことである。
 弥生時代の高床式倉庫を模した外観が特徴的である。
 稲作の発祥と伝播についての資料が豊富。復元された水田跡や竪穴式住居、弥生時代の菜畑集落のジオラマ模型がある。常設展示室では、石包丁、炭化米、農機具、鯨骨など出土品を見ることができる
 年間行事として毎年10月に「収穫祭」が行なわれ、稲の収穫に感謝する。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2006/12/15


総持寺 Soujiji Sojiji Temple

Jp En

 大阪府茨木市の総持寺は、平安時代、中納言藤原山蔭卿により開かれた。宗派は高野山真言宗。亀の恩返しにより開かれたという逸話は、『今昔物語』や『源平盛衰記』などにも紹介されている。
 近畿地方に点在する三十三の霊場を巡り、観音経を参拝する遍路「西国三十三所巡礼」の第二十二番の札所。本尊の千手千眼観世菩薩は「亀に乗った観音様」として有名で、子育て、厄除けの観音として知られている。ほかに薬師如来、地蔵菩薩、不動明王、弘法大師、稲荷大明神など多くの仏や神を祀っている。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します




堺刃物 Sakaihamono Sakai Forged Blades

Jp En

 全国の料理人が使う包丁のシェア9割を誇る大阪堺の刃物。究極の切れ味と伝統の技が多くのプロに支持を得ている。
 その歴史は600年の昔に遡る。16世紀の中頃、ポルトガル人によって鉄砲、たばこが伝来した。16世紀の後半には、たばこの葉を刻む「たばこ包丁」が堺で知られるようになったという。徳川幕府は、堺に「極印」という品質証明の印を与え、専売を許可したために、堺刃物の切れ味と名声は全国に広がることとなった。
 堺刃物の特長は、優れた「鍛冶」技術と「刃付け」技術にある。鍛冶と刃付けの結晶である「切れ味」、これこそが堺の刃物の特色であり、他の各産地の追随を許さない。
 鍛え抜かれた技から生まれる刃先の切れ味は、600年の伝統と匠のプライドの証である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



記事数7件: 1~7 件表示          
NIPPON Kichi - 日本吉 - 日本語に切り替える NIPPON Kichi - 日本吉 - to english

モノ・コト・ミル・ヒトで綴る
日本の美意識。

現在の記事 5445
カテゴリーズ
都道府県
キーワードシャッフル
お気に入り
キーワード検索
閲覧履歴



Linkclub NewsLetter