NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/1/24


奥能登塩田村 Okunoto-endenmura Oku-Noto Salt Pan Village

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 能登の人々と塩との関わりを展示した資料館及び体験型設備。
 四方を海に囲まれた日本では、海水から塩を取り出す方法が発達。色々な地方に、塩を作る浜辺=塩浜が作られた。
 その技法は大きく分類し、揚げ浜・入り浜の二つが挙げられるが、能登半島においては、多くの海岸で、揚げ浜式によって製塩が行われていた。
 奥能登塩田村がある珠洲市では、現在も五〇〇年前と、ほぼ同じ、揚げ浜式の技法によって塩が作られている。
 揚げ浜式とは、海水を手桶にくみ、何度も何度も砂に撒いて天日に干す方法。ミネラル豊富で、塩自体にもうまみがあるが、何よりその塩を調理に用いると、他の素材のうまみも引き上げられるのが特徴だ。
 奥能登塩田村では、この昔ながらの揚げ浜式の製塩法を体験、自分だけのオリジナルの塩を作ることができる。期間は五月から九月の間。
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2007/1/23


屋台 Yatai Yatai: Streetside Stalls in Fukuoka

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 福岡市の天神、中洲の那珂川沿い、そして長浜には、夜になると200ほどの屋台が軒を連ねる。
 屋台は、政治的に安定した江戸中期に登場した。経済の発達とともに人々が外食になじみ始め、大都市で、すし店などが店先に屋根付きの台を置き、通行人に売ったのが屋台のはしりである。
 その後、人の集まる場所へ自由に動ける方が便利と、台に車を付けて引くようになった。客は商人や職人、足軽に浪人などで、現在のファーストフード店のように気軽に食事できる場所であった。
福岡の屋台のメニューは豊富で、ラーメンの他おでん、焼き鳥、鉄板焼き、天ぷらといったメニューを掲げる店が多い。
 東京では屋台と言えば、路地裏で細々とやっている寂しい稼業という印象だが、福岡の屋台街では様々な屋台がひしめき合い、食文化の花形と言える存在である。
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