NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/10/23


帆布竹刀袋 Hanpu-shinai-fukuro 

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 この帆布竹刀袋は、国産の8号帆布と天然皮革で創ったフリーサイズの2本入竹刀袋である。
 帆布は厚手の綿織物で、帆船の帆やテントなど、様々な用途で使用されている。張りがあり丈夫で、天然素材のため、風を良く通し中の物が蒸れない。
 使っているうちに柔らかくなり、馴染むと味が出てくるのが特徴で、時間が経つに連れて新品の時とは違った風合いになる。
 32や34など短い竹刀の場合、上部を折り曲げて固定する、小学生から大人まで使える竹刀袋で、素早く開閉できるマジックテープ式は便利であり、ファスナーをスッと開ければ誰でもスムーズに竹刀を取り出せる。
 鍔・鍔止めは上部ポケットに収納されており、背負い紐は長さを無段階調節できる。木刀の持ち運びにも便利な革ベルトと足元ポケット付。
 帆布竹刀袋は、丈夫で使うほどに味の出る、便利な竹刀袋である。
Magic Garden
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2008/8/19


龍岡城 Tatsuoka-jou 

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 龍岡城(たつおかじょう)は、長野県佐久市にある城跡である。
 日本に二つある星形の西洋式城郭の一つで、もう一方の函館の五稜郭と同じ形をしていることから「龍岡五稜郭」の別名も持つ。
 三河奥殿藩の藩主だった松平乗謨(まつだいらのりたか)により、洋式築城の許認可を幕府に届け出て、慶応二(1867)年に築城された。
 その後も五稜郭を取り囲むように外堀が掘られていったが、完成を見ずに明治維新を迎えることとなり、堀もその途中で作業が中断されて現在のように途中までのものとなっている。
 実戦において極めて優れた城とされるフランスのヴォーバン城をモデルとしているものの、壁が低くて水堀も狭く、砲台も西方に一基しか無いため、龍岡城はあまり実戦には向かないものと見られている。
 現在では跡地に小学校が建ち、稜保式の石垣や水堀、御台所が遺構として残っている。
 幕末の動乱の中で築かれた城は、今は小学生達の元気のよい掛け声と共に余生を送っている。
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2008/7/24


くりこま山車まつり Kurikoma-dashi-matsuri Kurikoma Dashi (Float) Festival

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 くりこま山車まつりは宮城県栗原市栗駒岩ケ崎で開催される、夏の到来を告げる賑やかなお祭りだ。
 伊達藩の頃五穀豊穣を祈願したのが始まりといわれており、三〇〇年以上の伝統を持つ。
 毎年七月最後の週の土日に開催される。午後五時から開催される宵祭では、小学生による鳥舞や300人の女性による手踊り、独特なあじのある民謡と踊りの文字甚句(もんじじんく)が披露される。本祭は午前中から、よさこい踊り、おはやし一斉演奏、東北輓馬(ばんば)競技大会などが行われ、午後二時頃から一〇台の山車が一斉に登場、町内を引き回される。
 山車は宮本武蔵、竹取物語、松雄芭蕉などの親しみのあるもの。明るい青や緑、ピンクの色彩で、約4メートルほどの高さがある。
 ふるさと芸能や電動仕掛けの山車を二日間で満喫でき、約三万人の観光客が訪れる人気のお祭りだ。
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2008/4/8


ウエンシリ岳 Uenshiri-dake 

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 「ウエンシリ岳」とは、北海道のほぼ中央部、北見山地に位置する標高一一四三メートルの山である。それほど高い山ではないが、ウエンシリ岳から北には、これ以上高い山はない。
 昭和五三(1978)年に天塩岳(てしおだけ)道立自然公園に指定された。天気がいい時には、頂上から遠く大雪の山脈やオホーツク海など望むことができる。
 「ウ・エン・シリ」とはアイヌ語で悪い山・険しい山という意味があり、その名のとおり断崖が多くみられるが、中央登山口ができてからは、乗用車通行も可能となり、女性や小学生など、多くの登山客が気軽に登れるようになった。
 麓には、夏のほんのひと時姿を見せる「氷のトンネル」があり、そこは暑くても四度という肌寒さである。高さ十数メートルの固く積み重なった雪山上部は、雪崩と一緒に落ちてきた木の葉などに覆われて巨大な雪の塊をつくり出している。そして下部が藻興部川(もおこっぺがわ)源流の熱対流により融け出し、自然が作った真っ白い巨大なトンネルが出来上がる。
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2007/11/6


三浦天満神社 相撲練り Miura-tenman-jinja Sumou-neri 

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 三浦天満神社(みうらてんまんじんじゃ)では毎年一〇月の秋祭りに、子供たちによる「練り」が奉納される。
 「牛鬼」「相撲練り(すもうねり)」「四ツ太鼓」など、長く受け継がれている衣装で行列を組み、パフォーマンスを披露する。
 練り物のひとつ「相撲練り」は、天保一五(1844)年以前の起源で、宇和島藩側から伝習したと考えられる。
 化粧回しを着けた8名から12名の子ども力士が円陣を組み、立行司の語る文句に合わせて踊るもので、演じ手は小学生である。
 その後、神社の境内や御旅所で相撲を取り、場は賑わいをみせる。
 相撲練りは、豊作祈願や除災招福の神事として、伝統芸能として伝承されている。
 三浦天満神社の練りは、平成一二(2000)年に県指定無形民俗文化財に指定されている。
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2007/10/1


桜井町の棒の手 Sakurai-cho-no-bou-no-te Bo-no-te in Sakurai Town

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 桜井町の棒の手(さくらいちょうのぼうのて)は、愛知県安城市桜井町に伝わる民俗芸能である。
 戦国時代、桶狭間の戦いで織田信長の奇襲により破れた今川方の武士、式部太夫(しきぶだゆう)が戦の後もこの地に留まり、自衛のために農民に棒術を教えたこと始まりと言われ、当時は「式部流(しきぶりゅう)」とよばれた。
 やがて太平時代を迎えると、棒の手は五穀豊穣を願って奉納されるようになった。
 演技は棒のみを用いる「表」と、槍や十手、鎌などのキレモノを用いる「裏」がある。
 棒の手は現在まで大切に受け継がれ、地元の小学生による演技も上演されるようになった。
 昭和三九(1964)年に県の無形民俗文化財の指定を受ける。
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2007/2/22


太田祇園祭 Oota-gion-matsuri Ota Gion Festival

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 若衆がお囃子に合わせて御輿を暴れさすという、近隣にはあまり見られない担ぎ方で、荒い御輿もみと呼ばれ、ギャラリーを沸かせる。
 その迫力のある担ぎ方は、圧巻の一言で神輿が暴れる度に砂煙が舞い、歓声が沸きあがる。
 最近では、地元小学生によるお囃子、子供御輿も賑わいをみせている。
 開催時期は毎年7月末あたりで、新利根地区でおこなわれている。
 子ども囃子が夕方5時から始まり、大人囃子、神輿担ぎと続き、夜が更けていくとともにクライマックスを迎える。
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2007/1/29


万灯祭 Mantousai Manto Festival

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 万灯祭は、滋賀県犬上郡多賀町の多賀大社で行われる祭である。
 伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)が天下ったという伝説のある多賀町の地は、この夫婦神を縁結びの神、長寿の神として信仰し、祭った多賀大社の門前町として栄えてきた。
 万灯祭は、毎年8月3日〜5日に行われ、祭神である伊邪那美命が黄泉の国の守護神であることから、あの世での祖先霊の守護を祈念するものとされている。
 8月3日の薄暮、杉坂山で御神火祭が行われ、浄火が古式により切り出される。
 その浄火は麓の調宮神社から氏子の小学生15名が御神火ランナーとして多賀大社に運び、到着と同時に、全国各地の信者から寄せられた、境内の約1万数千灯の提灯に明かりが灯される。
 万灯祭は、古事記の時代から伝わる、夏の風物詩である。
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