NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/31


燕鎚起銅器 Tsubametsuikidouki 

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 燕鎚起銅器(つばめついきどうき)は、新潟県燕市の伝承技術として知られ、金・銀・銅・錫などの素材を鎚(つち)で打ち起こす金属工芸品である。
 江戸時代中期、地元の弥彦山から銅が産出されていた。そこへ仙台から職人がやってきて製造技術を伝えたといわれ、やかん類が生産されていた。これが現在の燕市が鎚起銅器を中心とした、スプーンやフォークなどの食器類、日用品が特産となったはじまりである。
 鎚起銅器は、一枚の銅板から大小さまざまな鎚や鏨(たがね)を用いて形成し、銅器を熱したあとゆっくり冷やす焼鈍(しょうどん)という方法を繰り返し、打ち延ばし・打ち縮めという鍛金の技術を駆使して作品を仕上げていく。
 さらに、表面には彫金で装飾を施し、打出・片方を斜めに彫って線を描く片切彫(かたきりぼり)・彫り上げたくぼみに金・銀・貝など他の材料をはめ込む象嵌(ぞうがん)などの技術が用いられる。
 燕鎚起銅器は、殺菌作用があり熱伝導率が高く、丈夫であるため長年愛用できる逸品である。
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2007/2/8


銅水瓶 Dou-suibyou 

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 全国で重要文化財工芸品として指定されている水瓶。
 愛知県実相寺、滋賀県宝厳寺、奈良県東大寺、広島県尾道市などで保存されている。
 愛媛県上町、実相寺の銅水瓶は、鎌倉時代から南北朝時代に作られたものとされている。
 水瓶はもともとは僧侶が仏道修行に必要とする用具のひとつであった。その後供養具として仏前の献水に用いられるようになった。
 実相寺の水瓶の特徴は、朝顔形の口、細くくびれた頸、卵形の胴、基部に蓮華を飾った注口などで紐状の飾りを周囲に施されている。
 材質は「鋳銅製」で色は黒色である。
 全国にある水瓶の形は、微妙に違い、またそれによって用途も様々である。
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2007/1/30


鋳金 Chuukin Osawa Komin's Chukin Metal Casting

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 鋳金(ちゅうきん)は金属を溶かして鋳型に注入し、器物を鋳造する金工技術。弥生時代以来の長い歴史を持ち、鋳型の造形法は惣型(そうがた)、蝋型(ろうがた)、砂型(すながた)、焼型(やきがた)などに分類できる。作ろうとする形状によってこれらの造形法を使い分けねばならず、すべての工程に経験と高度な技術が求められる。
 昭和16年、銅器産業の地、富山県高岡市に生まれた大澤光民氏は「鋳金(ちゅうきん)」の重要無形文化財保持者(人間国宝)。焼型(やきがた)鋳造に精通し、新たに独自の「鋳ぐるみ技法」という、器の表面に模様を表す技法を研究、独自の作風を確立してきた。
 伝統の技術を受け継ぎながらも時代に合った感覚や、美しい自然をみずみずしくとらえる感性を大事にし、「初心にかえり、たゆまず精進」と、鋳金の世界に今なお挑み続けている。
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2007/1/24


高岡銅器 Takaoka-dohki Takaoka Copperware

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 四世紀もの歴史を持つ富山県高岡市に伝わる伝統工芸品、「高岡銅器」。きめ細かくなめらかな鋳肌(いはだ)、風格ある色合い、繊細な文様と優美な形が特徴だ。
 起こりは今から400年前、二代目加賀藩主前田利長が高岡築城に際し、城下の繁栄を図る産業政策の一環として現高岡市金屋町に鋳物工場を開設したことに始まる。
 当初の鋳物は、藩の御用以外は梵鐘や灯篭、農具、鍋釜などの鉄鋳物だったが、やがて仏壇装飾などの小型銅器が盛んになってくる。その後、明治、大正にかけて火鉢・瓶掛・茶道具・置物等の製作もさかんになり、高岡銅器の美術的価値が全国に知られるようになったという。1873年、ウィーンで開かれた万国博覧会でも絶賛され、世界の認めるところとなった。
 昭和50年には、日本で最初に国の伝統的工芸品産地の指定を受けた。
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