NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/10


薙刀 Naginata 

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 薙刀(なぎなた)といえば、現代では女子の武道であるが、古来より戦での武器として使われていた。
 薙刀の歴史に関しては不明な点が多く、起源も定かではない。平安時代中期に平将門と藤原純友によって起こされた承平・天慶の乱(じょうへい・てんぎょうのらん)の合戦絵巻に薙刀らしき長刀が描かれている。戦において長刀は人馬を薙ぎ払うのに有効であり、改良が加えられ長刀よりも扱いやすい薙刀に変化していったと考えられる。
 その後、僧兵の多くが薙刀を使用し、源平の戦いでは主要な武器となった。かの有名な武蔵坊弁慶も薙刀を武器としている。
 戦国時代に入ると槍がその機動性から薙刀にとってかわり、江戸時代に入り戦が無くなると、薙刀は婦女子の心身を鍛える武道として武家社会に定着していった。
 明治以降は廃刀令のため、武器としての薙刀は無くなったが、明治中期には人間修養のための武道として復活し、太平洋戦争時代には学校教育の中に薙刀は取り入れられた。
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2008/4/25


古武道 Kobudou 

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 古武道(こぶどう)とは、剣道や柔道の母体となった古い武術の総称で、武士が習得すべき修養護身の術、演武として見せる技のことを指す。剣術・弓術・槍術・合気道・柔術・琉球古武術など、古くより伝承された技が様々残っている。
 平安時代(794~1185)から始まり、江戸時代(1603~1867)末期には、弓術五二・剣術七一八・槍術一四八・柔術一七九の流派があったといわれているが、現在は、五〇〇ほどまで流派が減少したといわれている。各流派ごとに歴史や技法の特徴・体系がある。
 演武では、かけ声とともに剣術や薙刀術(なぎなたじゅつ)・ぬんちゃくや棒など武器を使い、脳天や小手・腋(わき)という急所を狙って寸止めする。
 現在は女性の護身術としても活用されている。
 
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2008/2/18


るり姫祭 Ruri-hime-matsuri Rurihime Festival

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 毎年一一月二三日、愛媛県大洲市の白滝では滝に身を投げたるり姫の霊を供養する、るり姫祭が開催される。
 るり姫は滝之城城主の藤原行春の奥方である。滝之城は戦国時代末期に長宗我部軍に再三攻められ、城は落城した。るり姫を含み女性たちは、吹き針、薙刀、手裏剣で応戦し最後に白滝に逃れたが、追っ手は容赦しなかった。
 るり姫は二人の娘に生き延びる様言い聞かせ、2歳の世継ぎの尊雄丸(たかおまる)を抱いて60メートル下の滝壷(今の雌滝)に身を投げて自殺する。
 供養と子供たちの健康を祈願して、赤・白・ピンク・青などの美しい衣装を身に付けた少女たちと、花神輿を担いだ少年達の行列が行われ、るり姫塚前での法要の後、花神輿を滝壷に投げ入れる。この後、舞踊や豊年踊りなど郷土芸能が行われる。
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2007/12/14


七夕踊 Tanabata-odori 

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 鹿児島県いちき串木野市の大里地区で、毎年月遅れの七夕にあたる八月七日に近い日曜日に開催されるのが「七夕踊(たなばたおどり)」である。五穀豊穣を祈るこの祭りは、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 大里地区出身の者は、必ず一度は太鼓を打たないといけないと言われており、県外に出ている者も毎年この踊りに参加するため帰省する。
 この踊りは約四〇〇年前に、島津義弘の朝鮮の役での凱旋祝いをたたえたものとして踊られたのが始まりとされる。
 太鼓踊りを中心に「つくいもん」と呼ばれる牛・虎・鶴・鹿などの大きな張り子の作り物が登場し、狩人とのやりとりを披露する。大名行列、琉球王行列、薙刀行列、甲冑行列などの行列が繰り出され、太鼓と鉦を持った二〇数名によって風流念仏(ふりゅうねんぶつ)太鼓踊りが踊られる。大里地区の色々な神様や先祖霊に踊りを奉納し、豊作を願う。
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2007/11/12


すし切り祭り Sushikiri-matsuri Sushikiri Festival

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 すし切り祭り(すしきりまつり)は、滋賀県守山市幸津川町の下新川神社(しもにいかわじんじゃ)にて毎年五月五日に開催されている神事である。
 下新川神社は、霊亀元(715)年、小さな祠を建てたのが始まりとされる古社で、祭神は豊城入彦命(とよきいりびこのみこと)、新川小楯姫命(にいかわこたてひめのみこと)。
 崇神天皇の第一皇子・豊城入彦命が東国を平定せんと湖西より丸太のイカダで渡ってきて、この地を平定したとの伝説が残る。
 すし切り神事は、豊城入彦命が琵琶湖を渡った時、村人が琵琶湖で獲れた鮒の塩漬けを献上したのが起源といわれている。
 若衆2人が古式にのっとり鮒寿司を切り、献上する「すし切り」の儀式で、国の選択無形民俗文化財とされている。
 すし切り祭りは、他にも「さんやれ」の囃子にあわせて踊る「かんこの舞」や「長刀踊り」も行われる、厳かで神妙な祭りである。
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2007/10/22


藤縄神楽 Fujinawa-kagura 

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 藤縄神楽(ふじなわかぐら)は愛媛県の柳沢地区において、江戸時代から演じられている九州日向神楽系統の神楽である。
 起源年については明らかではないが、弘化二(1845)年にはすでに奉納の記録が残っている。
 その昔、松山の道後温泉の湯が止まった時に、藤縄神楽の太鼓の名人、藤縄三島神社の神主が湯が出るようにと祈り神楽を奉納した。その際太鼓を「デンデン」と打つと湯が出ないというので「ドンドン、デルデル」と打ったところ、本当に湯が出るようになったという伝承話が残っている。
 その物語でも象徴しているように、神楽の中でも太鼓のリズムに様々なパターンや工夫が施されている。
 舞は歩みの幅が決められていて、その歩幅の六足四方の広さの中を舞う。
 盆神楽に似た「月日の舞」、鬼と四神が刀を交える「鬼四天」、長刀をもって荘厳に舞う「薙刀の舞」など表現が豊かな演目が多い。
 昭和五六(1981)年に市町村指定重要無形民俗文化財に指定されている。
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2007/10/4


ケンケト祭 Kenketo-matsuri Kenketo Festival

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 ケンケト祭(けんけとまつり)は、滋賀県東近江市の竜王町にある杉之木神社と蒲生町にある八坂神社で、毎年四月二三日に近い日曜日に行なわれる祭りである。
 薙刀踊り(なぎなたおどり)も同時に奉納され、国の選択無形民俗文化財に指定されている。
 ケンケト祭とは、祭囃子の鉦・太鼓が「ケケンケイ、ケケンドン、ケケンケイ、ケケン」と聞こえることに由来していると言われ、平安時代~室町時代から両地域に伝わる、荘園時代からの五穀豊穣を願う伝統の祭りである。
 11才~21才の長男が揃いの友禅模様の衣裳で、鉦や太鼓を打ち鳴らしながら薙刀踊りを奉納する郷土色豊かな祭りで、行列の衣装は織田信長が甲賀攻めをした時、住民も従軍し鎧を脱いだ格好ともいわれている。
 ケンケト祭は、風流で雅な、千年の伝統を誇る祭りである。
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2007/7/24


加茂大祭 Kamo-taisai Kamo Grand Festival

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 加茂大祭(かもたいさい)は、岡山県の重要無形文化財で、平安時代に起源を持つ、940年余りの歴史がある祭り。毎年10月第3日曜日に行われる。
 祭りでは、町内8ヶ所の神社から加茂市場の総社宮に神輿や太鼓の行列が集い、古式豊かな神事が執り行われる。笛や太鼓の音が鳴り響く中、玉だすきに鉢巻姿で薙刀(なぎなた)を自在に振り回す「太刀振り」、天狗面や鬼面を付けて鮮やかな衣装で棒を打ち交わす「棒使い」、獅子舞などが行われ、宮内はお祭りムード一色になる。
 クライマックスは「御神幸(ごじんこう)」。赤いのぼりが立ち並び、笛・太鼓が鳴り響く中「ウォー」の掛け声とともに神輿が一斉に高々と上げられる。演者と観客が一体となる一瞬である。
 加茂大祭は、平安時代をほうふつとさせる、時代絵巻のような祭りである。
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