NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/22


篠田の花火 Shinoda-no-hanabi Shinoda Fireworks

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 篠田の花火(しのだのはなび)は、滋賀県近江八幡市にある篠田神社で毎年5月4日に開催される祭礼である。
 江戸時代に雨ごいの返礼として、硝石(しょうせき)で花火を作り、奉納したことに始まる。
 高さ約15メートル、幅約25メートルの杉板に描かれた絵柄に、硫黄・硝石・桐灰を調合して和火薬を作り塗りこむ。日本古式の仕掛花火である。
 仕掛け花火は約1か月かけて作られ、花火の絵柄はその年に話題を呼んだ題材が選ばれる。
 午後7時に太鼓が威勢良く鳴り響き、大松明が宮入し、篠田神社の境内に建てられる。午後9時頃、花火が奉火され、境内が火勢と煙に包まれる。廻火や乱玉、爆音が飛び散る中、煙の中から幻想的な花火絵が繰り広げられる。
 篠田の花火は、左義長まつり、八幡まつりなどを含むこの地域の火祭りのひとつである。これらの祭りは総称して近江八幡の火祭り(おうみはちまんのひまつり)と呼ばれ、国選択重要無形民俗文化財に指定されている。
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2007/7/23


清内路の手づくり花火 Seinaiji-no-tezukuri-hanabi Handmade Fireworks in Seinaiji Village

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 長野県・清内路村(せいないじむら)の手づくり花火は、270年の歴史を持つ伝統の技である。
 起源は江戸時代に遡る。葉たばこの行商を通じて古くから三河方面(現愛知県)との交流があり、たばこと引き換えに火薬製造の秘伝を伝授してきたことが、清内路の手づくり花火の原点と言われている。
 花火は、毎年10月6日には上清内路諏訪神社、10月8日には下清内路諏訪神社と建神社の秋の祭礼でそれぞれ奉納されている。これは、江戸時代の享保十六(1731)年に諏訪神社社堂の再建を祝って奉納して以来、決して絶やすことなく受け継がれてきた伝統である。
 村には50人以上の製造資格者がおり、奉納の1ヶ月以上も前から何種類もの仕掛け花火や筒花火の準備にいそしむ。
 清内路の手づくり花火は、1998年の長野冬季五輪の閉会式のフィナーレで飾ったことでも有名である。
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2007/2/13


花火 Hanabi Fireworks

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 夏の夜の風物詩を彩る花火は、職人が火薬と金属の粉末を混ぜて包むものだが、火花に色をつける為に、金属の炎色反応を利用して、混ぜ合わせる金属の種類により様々な色合いの火花を出している。
 紀元前3世紀の中国で爆竹が使用されたのが起源とされ、6世紀頃に火薬が使われる様になるのと同時期に作られはじめたと考えられている。はじめの頃はロケット花火の様なもので、敵陣に打ち込んで火事を起こしたり、相手を威嚇したりといった、武器とはっきり区別が出来ないものもあった。
 日本で花火が製造される様になったのは、16世紀の鉄砲伝来以降で、1714年の「宮中秘策」によれば、1613年に徳川家康が江戸城内で花火を見物したという記述がある。「花火」という語が使われ、花火が使われたと分かる最も古い記録である。
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2007/2/12


三河花火 Mikawa-hanabi Mikawa Fireworks

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 愛知県岡崎市一帯に伝わる花火製作業。
 その歴史は、江戸時代の火薬の扱いからで、鉄砲鍛冶が発達したこの地、岡崎で火術が観賞用の花火に変化していったものである。
 1600年代、イギリスの国王から江戸将軍に花火と称するものが始めて日本に伝来。1613年8月6日の夜、江戸城二の丸2代将軍秀忠が国使歓迎の花火を打ち上げた。
 その後、たびたび花火の打ち上げが行なわれるが、当時の日本で技術が完成されるまで長年の時間がかかり、負傷者が続出、花火禁止令なるものが出されることも多かったという。
 三河花火の特徴として、水上花火である金魚花火が有名である。
 昭和23年に初めて観光祭りの一環として岡崎花火大会が行なわれ、現在まで続いている。
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2007/1/25


手筒花火 Tezutu-hanabi Tezutsu Hanabi Fireworks

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 手筒花火とは、円筒形の手持ち噴出花火のことである。竹筒の中に黒色無煙火薬が仕込まれており、上部の開口部から燃焼噴出させるものである。
 直径約10センチ、長さは70〜80センチの青竹の節をくりぬき、周囲を麻縄で巻きつけた手筒を使用する。
 手筒花火の元は、戦国時代に通信連絡用に使用された「ノロシ」と思われる。鉄砲伝来と共に伝わった黒色火薬によって一段と進歩し、元禄十三(1700)年の頃には「大ノロシ」と称された。
 当時すでに煙だけでなく、花火として鑑賞に耐え得る形が出来上がっていたと考えられる。後に、五穀豊穣を願い手筒花火が祭礼に奉納されるようになった。
 手筒花火の噴き上げる巨大な火柱はスリルと迫力に満ち、音と光の浮世絵として、見る者を魅了してやまない。
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2007/1/23


忍者屋敷 Ninjya-Yashiki Ninja House

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 三重県伊賀市上野には、伊賀流忍者博物館がある。その中にある忍者屋敷は、伊賀の土豪屋敷を移築した物である。
 伊賀地方では、この地で多く採れる薬草から秘薬の製造や、火薬の調合を行なっていた。その門外不出の秘密の製造方法を書き留めた巻物を狙い、賊の侵入がしばしば起こっていたという。
 そこで自衛のために、家の至る所にからくりを設け、巻物を隠したり、逃げるための時間を稼ぎだした。これらのからくりが、忍者屋敷と呼ばれる所以である。
 外観は何の変哲もないごく普通の茅葺きの農家だが、屋敷のあちこちに仕掛けが施されている。
 屋敷内ではドンデン返し、仕掛け戸、もの隠しなど、実演を交えて説明してくれる。
 伊賀の忍者屋敷は、戦国の昔を体感出来るアトラクション的建物である。
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