NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/2/21


猩々緋色(ショウジョウヒイロ) Shoujouhi-iro 

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 猩々緋色(しょうじょうひいろ)は日本古来の伝統色のひとつで、極めて鮮やかな赤色のことである。染料の原材料はケルメスという昆虫であったが、その後ケルメスより更に色の強いコチニールカイガラムシが使われるようになったといわれている。
 「猩々」とはオランウータンの和名でもあるが、元々は中国の伝説上の動物を指すといわれている。猩々は猿に似た、酒を好む動物で、顔だけでなく体毛も赤いと言われている。日本では猩々が能の演目としても定着しており、歌舞伎や日本舞踊でも演じられている。猩々緋色はその猩々の鮮明な赤い色に由来している。
 戦国時代の武将に大変好まれた色といわれており、南蛮船で猩々緋色に染められた、羅紗(らしゃ)という毛織物が輸入されるようになると、裾の長い羽織物として好んで着用したといわれている。
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2007/11/29


うんすんかるた Unsun-karuta Unsun Card Game

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 「うんすんかるた」は室町時代にポルトガルの船員から伝わった南蛮カルタ、すなわちトランプを日本で作りかえたカルタのことである。
 もともとは、天正年間(1573~91)に、南蛮かるたを模して初めて国産のカルタが作られる。福岡県大牟田市三池でのことで、これが「天正かるた」である。江戸時代に入るとこの天正かるたが発展し、「うんすんかるた」が作られたのである。
 天正かるたは48枚なのに対して「うんすんかるた」は75枚もあり、ゲームの内容も複雑であった。名前の由来はポルトガル語で、「ウン」は一番、「スン」は最高という意味からきているらしい。
 うんすんかるたは流行するにつけて賭博性も強くなり、江戸時代中期には禁止令までだされた。その後、途絶えたと思われていたが、熊本県の人吉地方で遊び継がれていた。
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2007/11/7


とんぼ玉 Tonbo-dama Dragonfly Ball

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 「とんぼ玉」-この風変わりな名前を持つ小さな玉のことをご存知だろうか。とんぼ玉とは、簡単に言えば色文様の付いたガラス玉で、紐を通す孔の空いたビーズのことである。漢字で書くと「蜻蛉玉」、欧米語では「glassbeads」と呼ぶ。
とんぼ玉の歴史は古く、メソポタミア文明やエジプト文明の時代にまで遡る。そして現在まで3500年に渡り世界各国で多種多様なとんぼ玉が作られ、多くの人々を魅了している。
 日本には江戸時代に南蛮貿易により伝来。表面に円文様をあしらった、とんぼの眼を思わせることから「とんぼ玉」と呼ぶようになった。以来400年あまり、様々な製法や表現方法が発達し、今では多数の現代作家のもとで美しいとんぼ玉が作られている。
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2007/3/5


長崎くんち Nagasaki-kunchi 

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 長崎市内にある諏訪神社にて行われる祭礼行事であるが、県内外から多数の観光客が見物に訪れる長崎を代表する秋の大祭となっている。
 毎年10月7日から3日間、町を挙げて催され、国指定重要無形民俗文化財にも指定されている。
 龍踊(じゃおどり)、鯨の潮吹き、太鼓山(コッコデショ)、阿蘭陀万才(おらんだまんざい)など、ポルトガルやオランダ、中国などの影響を受けた南蛮、紅毛文化の風合いを色濃く残した、独特でダイナミックな出し物(奉納踊)を特色とする。
 地元では「くんち」と呼ばれ「お」を付けないのが一般的。くんちには宮日、供日という字があてられることがあるが、その名称は旧暦の重陽の節句にあたる9月9日(くにち、九州北部地方の方言で「くんち」)に行ったことに由来するという説が有力。
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2007/1/12


江戸更紗 Edosarasa Edo Sarasa Cloth

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 江戸更紗は、渋くエキゾチックな、異国情緒あふれる木綿の模様染布である。
 更紗染めは、インド、ジャワ、ペルシャなどの東洋諸国を起源とした強烈な色彩と南国の草花や鳥、人物などを描いた模様染布である。
 日本には室町時代末頃、南蛮貿易によってもたらされ、江戸時代中期頃から江戸で普及した。
 江戸更紗は、色彩や図柄に日本人の嗜好を取り入れ、型紙摺りの技法を得て発達したものである。
 文様は草花、鳥獣、人物などを図案化し、トーンは渋くエキゾチックな感じのするものが多い。
 型紙は多いもので300枚も使うものもあるが、通常30枚程度である。このため、立体感があり色に深みが感じられる。
 今も江戸更紗の美の世界を支えるのは、江戸の昔から連綿と続いてきた職人たちの技と匠である。
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2006/12/17


大阪銅器 Osaka-douki Osaka Copper Ware

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 茶器や菓子器等、銅を使って職人の手作業でひとつひとつ丁寧に作り上げていく。大阪府知事指定大阪の伝統工芸品。
 大阪銅器の始まりは16世紀に遡る。銅から銀を絞り出す「南蛮絞り」という精錬技術が発達した時代には、一万人以上もの職人が大阪で活躍した。江戸時代には全国で銅が採掘され「大阪銅座」に集められ大阪では銅製品生産の中心地として栄えることとなる。
 彫金、鋳金、鍛金の伝統的技法が今の大阪銅器を支えている。現在では、祭祀用具から日常の雑器まで幅広く作られている。耐久性にも優れ、デザインも銅版が成しえる折れ角度や曲線を取り入れられている。落ちつきある美しい質感とともに工芸品としての味わいが醸し出されている。
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