NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/1/17


蒲公英(タンポポ) Tanpopo 

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 春の訪れとともに黄色い花を咲かせ、ふわふわの綿毛のついた種子を作る蒲公英(たんぽぽ)。誰もが一度は幼い頃に、その綿毛を吹いて戯れたことがあるのでは、というくらい日本では馴染み深い植物である。また、春の季語として俳句や短歌などにも多く詠まれている、
 種子は風に乗って遠くまで飛び、生命力も非常に強く、発芽する場所を選ばないという。
 キク科の多年生植物で、きざきざの葉がライオンの牙を連想させることから、「ダンデ・ライオン」という英名がついている。漢字の蒲公英は中国名である。
 たんぽぽという言葉の由来には様々な説がある。冠毛が綿を丸めて布などで包んだ「たんぽ」というものに似ていることから、「たんぽ穂」と名づけられたという説もある。
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2007/12/20


【寛】 Kan Tolerance, Leniency

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 いわゆる会意文字です。まず上部ですが、ほかの字にもたくさん見られる宀(ウ冠、うかんむり)はただの屋根を表しているのではなく、霊廟(れいびょう、みたまや)の屋根です。この部分がアジアの宗教文化の基礎となっている祖先供養と祖先礼拝を表しています。
 歴史に見られるアジアの長い平和の秘訣は、このような漢字にも含まれています。祖先の恵みを思うことで人生の困難に耐えることが可能になり、心が広くなります。自分とは異なる考え方、人生観を持っていた祖先を思いますと現在の自分と正反対の生き方や信念を持つ人に対しても、もっと寛容になることができて、人生の本質が見えてきます。
 下の部分は廟(みたまや)で儀式を勤めている巫女です。神道にも巫女が神がかりになる儀式はよくあります。巫女が緩やかになり、神のお告げを伝えます。その時の巫女の姿は、目が強調されてその上に常用漢字には草冠の形になってしまった呪飾も象っています。巫女の寛和な振る舞いだけでなく、それと切り離せない儀式に参加している家族の祖先を敬う心と気持ちも字の意味に寄与していると考えられます。
 
■ 寛・篆文(てんぶん)
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2007/12/14


袱紗 Fukusa Fukusa

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 袱紗(ふくさ)とは、儀礼的な贈答のときに、贈り物の上にかける、絹布で作られた正方形の布のこと。
 もともとは貴重品の納められた箱物の上に塵よけとしてかけられていたものだが、現在では冠婚葬祭などの儀礼的な贈答に欠かすことができないものとなっている。
 江戸時代に贈り物の習慣が盛んになると、飾り裂として美的要素が加わり、贈り主の贈る心を込めた絵柄が次々と作られた。冠婚葬祭別の贈る目的に相応しい意匠模様を工夫し、松竹梅や鶴、おしどり、高砂や鳳凰、宝船、日の出などをモチーフにしたという。
 家紋を表とし、絵柄を裏とするのが正式な形だが、現在では絵柄を省略した紋のみの袱紗が一般的によく使われている。
 袱紗は、礼を重んじる日本ならではの美しい風習であり、いつまでも伝えていきたい日本の美の集大成である。
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川上踊 Kawakami-odori 

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 いちき串木野市は、鹿児島県の薩摩半島にある、吹上浜の北端に位置する。薩摩藩の「三国名勝図会」に記されている優美な霊峰・冠岳があり、また地元でつけあげと呼ばれる「さつまあげ」は串木野地区が発祥の地として知られている。
 そして川上地区には、古くから「川上踊(かわかみおどり)」が伝承されている。五穀豊穣と平和を願うために始められた踊りであり、四百年ほどの歴史をもつ。
 毎年八月二六日におこなれていたが、第二次世界大戦により中断を余儀なくされた。その後、昭和三九(1694)年に復活し、現在は川上踊保存会によって伝承され、八月下旬の日曜に披露されている。
 踊り子は、鐘と太鼓を打ち鳴らしながら終日踊り歩き、勇壮華麗な姿をみせる。
 踊りは全部で二三曲披露され、約五ヶ所の神社などに奉納する。
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2007/12/11


鳳凰の舞 Houou-no-mai 

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 鳳凰の舞(ほうおうのまい)は東京都西多摩郡は平井地区に伝わる民俗芸能である。
 この地区の鎮守・春日神社の祭礼に奉納される舞で、雨乞いの舞として京都から伝わったといわれている。祇園囃子と風流踊り、さらに太刀踊りが加わり、江戸と京都それぞれの特徴を合わせ持っている珍しい伝統芸能だとされている。
 子ども達による「奴の舞」が披露された後、大人の「鳳凰の舞」が披露される。
 鳳凰とは中国の伝説の鳥で、それを模した冠をつけた者五人が白い襷をつけ、赤い頭巾の者達五人と円になって、太鼓の音と共に迫力のある、勇壮な踊りを披露するという。
 地元保存会の熱心な支えにより、今も活発に行われている希少な伝承で、国の重要無形民族文化財にも指定されている。
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2007/11/22


雷鳥(ライチョウ) Raichou 

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 雷鳥(らいちょう)は、キジ目ライチョウ科の鳥の一種である。日本では、特別天然記念物となっている。
 世界的にみても日本のライチョウは、分布の最も南限に生息する貴重な個体群である。氷河時代の生き残りと言われ、太古の昔より、神の使いとして大切にされてきた。
 大きさは全長37cm、翼開長59cm、体重450gほどで、オスの目の上には赤い肉冠があり、繁殖期には大きくなる。
 雷鳥の最大の特徴は、その毛色で、岩肌があらわになる夏は茶色のまだら模様、辺り一面が雪で覆われる冬は純白の保護色というように、換羽を行う。
 また、オスは五月~六月の縄張り形成期に、縄張りに侵入してくるオスと激しい空中戦を行う事がある。
 雷鳥は、古来より日本に棲む中型の鳥である。
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2007/11/12


烏帽子 Eboshi 

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 烏帽子(えぼし)とは、平安時代から近代にかけて被られた、長くて黒い帽子の事である。
 古代の帽子で、平安時代には公家は円筒状の立烏帽子、武家は少し先が折れた折烏帽子を着用した。
 冠から派生していると考えられ、文字どおり烏の羽根のように黒い漆が塗布されている。
 平安時代以降になると、身分の貴賤にかかわらず成人男性が被った帽子を指し、被り物をしていない頭を人前に晒す事は恥辱とされていた。
 当初は布で作られていたが、15世紀頃より紙に漆を馴染ませて強度を持たせた紙製の烏帽子が出現し、江戸期にかけて一般化するとともに、烏帽子の大型化に伴って頭頂を剃り上げる月代(さかやき)が普及し、一般民衆に烏帽子を被らない事が定着していった。
 烏帽子は、中世日本の成人男子にとって、基本となる服飾である。
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2007/11/1


智満寺 Chimanji Chimanji Temple

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 智満寺は、静岡県榛原郡川根本町にある曹洞宗の寺である。本尊は、八相釈迦牟尼如来、宝冠釈迦牟尼如来、千手観世音菩薩、厄除延命地蔵菩薩とされる。
 寺伝によると、創建は奈良時代で、鑑真の法孫にあたる広智という高僧が草庵を結んだのが始まりとされている。
 一説には、島田市の智満寺の末寺として奥大井に天台教学の拠点として開かれたとの口伝がある。
 延徳3(1491)年、駿河国・洞慶院より回夫慶文禅師を迎え、曹洞宗に改宗開山された。
 平安時代中期以降は、修験道の霊場である山岳寺院として栄え、戦国以後は今川・徳川氏に厚く信仰された。
 智満寺境内の十本杉は樹齢800〜1200年の古樹であり、国指定天然記念物となっている。
 智満寺は、澄んだ空気と絶景の地に建つ古刹である。
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