NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/1/15


大鷲(オオワシ) Oowashi 

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 日本に生息する、タカ目とフクロウ目の猛禽類(もうきんるい)の中で最大の種が、大鷲(おおわし)である。
 冬に北日本に渡来し、全長は約100センチメートル、体重は5~9キログラムあり、世界でも屈指の大きさとして知られている。
 黄色いくちばしと白い長い尾が特徴で、翼を広げると実に2メートルを越える。大きさはオスの方がメスよりやや小さい。
 北海道知床半島の羅臼には千羽以上が越冬する。流氷が早くから接岸する年だと、大鷲の数も増えるといわれる。
 冬場にこの海域でタラ漁がおこなわれるため、この地に訪れるといわれ、大きなメスだとサケやタラを捕らえて、海面を数百メートルも飛んでいく姿がみられる。
 主食は魚であるが、東シベリア地方ではアザラシの子どもやホッキョクギツネを捕らえるときもある。
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鴇色(トキイロ) Toki-iro 

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 鴇色(ときいろ)とは、日本の伝統色のひとつであり、鴇は朱鷺とも書くこともある。
 鴇の見た目は白一色のように見えるが、風切羽や尾羽など、翼の内側の所々が薄い淡いピンク色で、翼を広げて飛んでいる時にはその色が見え隠れするといわれている。その薄桃色を鴇色とよんだ。
 国内でも鴇はありふれた鳥であったが、年々数は減り、ついに絶滅の道をたどってしまった。その原因のひとつといわれる乱獲は、この柔らかく美しい薄紅色の羽のためであったといわれている。
 鴇色が着物の染色に使われるようになったのは、江戸時代になってからといわれる。柔らかで温かみのある鴇色は女性に大変好まれ、特に若向きの和装の染色には欠かせない色であったとされる。
 今では絶滅してしまった鴇も、伝統色としてその名と美しい色を現代にまで残している。
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2007/12/10


柳川城(舞鶴城) Yanagawa-jou(maitsuru-jou) 

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 柳川城(やながわじょう)は、福岡県柳川市本城町にあった城である。城の輪郭が翼を広げた鶴を連想させたるので、舞鶴城(まいづるじょう)とも言われる。本丸は国の史跡に指定されている。
 文亀年間(1501~1504)に、蒲池治久(かまちはるひさ)によって築城され、後に蒲池鑑盛(あきもり)により大改築しされてからは九州随一の難攻不落な堅城となり、蒲池氏嫡流(ちゃくりゅう)・下蒲池氏の本城となった。
 蒲池氏が滅亡してからは鍋島氏、立花氏、田中氏が居城としたが、元和六(1620)年、立花宗茂(たちばなむねしげ)が入場して以後は、明治まで柳川藩主・立花氏の居城となった。
 城郭は明治五(1872)年の火災で櫓一基、土蔵、厩、3城門を残して焼失し、遺構は天守台、石垣、堀が柳川城跡として残る。
 迎賓館「西洋館」と、それに続く庭園・松濤園(しょうとうえん)が現存している。
 柳川城は、長い戦国時代を生き延びた、天下の堅城跡である。
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2007/11/22


雷鳥(ライチョウ) Raichou 

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 雷鳥(らいちょう)は、キジ目ライチョウ科の鳥の一種である。日本では、特別天然記念物となっている。
 世界的にみても日本のライチョウは、分布の最も南限に生息する貴重な個体群である。氷河時代の生き残りと言われ、太古の昔より、神の使いとして大切にされてきた。
 大きさは全長37cm、翼開長59cm、体重450gほどで、オスの目の上には赤い肉冠があり、繁殖期には大きくなる。
 雷鳥の最大の特徴は、その毛色で、岩肌があらわになる夏は茶色のまだら模様、辺り一面が雪で覆われる冬は純白の保護色というように、換羽を行う。
 また、オスは五月~六月の縄張り形成期に、縄張りに侵入してくるオスと激しい空中戦を行う事がある。
 雷鳥は、古来より日本に棲む中型の鳥である。
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2007/10/23


笙 Shou 

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 笙(しょう)は、雅楽(ががく)などで使う長さ50cm、直径7cmの管楽器である。
 雅楽は日本、中国、朝鮮、べトナムの伝統的音楽の一つで、宮内庁式部職楽部が演奏する曲目の内、洋楽を除くもの。多くは器楽曲で宮廷音楽として継承されており、大規模な合奏で演奏される音楽としては世界最古の様式とされる。
 笙は、細い竹管17本を頭(かしら)と呼ばれる木製の円形器に差し込み、立て並べて、頭の吹き口から、息を吹き込んだり吸ったりして、竹管の下部に組み込んであるリードを震わせて音を出す。
 主に管絃と左方舞楽で用いられ、雅楽の中では唯一、和音が演奏できる楽器である。また、その形が翼を立てて休んでいる鳳凰に見える事から、鳳笙(ほうしょう)とも呼ばれている。
 笙は、天から差し込む光とも言われる、伝統の楽器である。
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2007/9/19


鹿児島 鶴丸城跡 Kagoshima Tsurumaru-jou-ato 

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 鶴丸城(つるまるじょう)は鹿児島城の別名で、鶴が翼を広げたような城の形状であったことから名づけられた。
 慶長七(1602)年、初代薩摩藩主・島津家久により「城をもって守りとせず、人をもって守りとなす」という兵学精神に基づいて築城された。
 一般的に城の中心として重視される天守閣・天主台を据えず、本丸大手口に櫓門を設け、塁状には長屋造りの武器倉庫である多聞櫓(たもんやぐら)、一層の屋根を持つ平櫓を備えた屋形造りの建物となった。
 天守閣の無い城としては伊達政宗生誕の城で有名な山形県の米沢城の二例のみである。
 この鶴丸城を守るのは薩摩藩独特の外城制度である。県下一一三箇所に武家屋敷などの外城があり、武士を藩に散らばらせ、強靭な教育を行い軍力を強固にし、人の手で藩を守ろうとした。
 鶴丸城はおよそ二六〇年間に渡り島津氏の統治所となったが、明治六(1873)年の火災により焼失。現在は、石垣と擬宝珠付きの石橋が残っている。
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2007/6/29


比翼の滝 Hiyoku-no-taki 

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 北海道名寄市中心部より道道美深名寄線を北に9km進んで智東三線林道に入り、さらに6km行ったところのピアシリ山中に「比翼(ひよく)の滝」がある。
 天塩川の支流、吉野川上流にあり、6~7mの高さから水量も豊富に清流が流れる豪快な滝である。雪解け水が多く、一年で一番水量豊富な新緑の春が最も見ごたえがある。
 比翼の滝よりさらに約1km上流にある「晨光(しんこう)の滝」は、この比翼の滝の兄弟滝。ふたつの滝の下流の吉野川沿いには駐車場や遊歩道があり、野鳥や植物の観察をすることができる。
 比翼の滝は、ピアシリ山の奥深いところにあるため訪れる人々も少なく、手付かずの自然が残る原始の滝である。
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晨光の滝 Shinkou-no-taki 

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 晨光の滝(しんこうのたき)は、北海道名寄市智東にある落差5m、幅3mの滝である。
 昭和六三(1988)年に発見された新しい滝で、朝日の光のように美しい事から、当時の名寄市長により命名されたという。
 天塩川の支流でピヤシク山系から流れ出す吉野川の上流にあり、比翼の滝とは兄弟滝となる。
 比翼の滝より約1km上流にあり、滅多に人が訪れないのでワイルドさに溢れている。
 滝は、ウッドチップが敷かれた遊歩道が川の淵まで続いていて、徒歩で下まで降りる事が出来る。
 吉野川の川音だけが響く沢奥に滝壺が深いグリーン色に輝き、水量豊富な水流で、轟音と共に水しぶきが立ちこめる。
 下流の吉野川沿いには駐車場や遊歩道があり、野鳥や植物の観察も楽しむことが出来る。
 晨光の滝は、豪快で勇壮な瀑布である。
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