NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/7/28


オオタスセリ Oota Suseri Suseri Oota

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 芸人・オオタスセリ。神奈川県出身。本名は太田寸世理。スセリという名前は『古事記』に登場する、勢いのままに突き進む女神・スセリ姫(スセリビメ)に由来する。
 本格的に芝居の道に進むために大学を中退。劇団円研究所に所属後、「ペコちゃん」という漫才コンビを組むが、相方の結婚によりピン芸人へ。一人コントやギターの弾き語りなどの舞台を中心に活動。女優や台本作家、エッセイストとしても評価が高い。代表作『デカい女』。
 身長176cm。足のサイズ26cm。成人女子の平均身長が159cmである中、平均値から大きくはみ出した自分自身を見つめる目は鋭い観察眼を生み出し、およそ他人には思いつかないような日々のディテールの観察やユニークな行動に発揮されている。
 ピンの芸人でありアーティスト。やりたいと思ったことはすぐに実行し、常に人前に自分を晒すことで育ってきた勢いは、まさにスセリ姫。
 今後のオオタスセリの益々の飛躍が期待されている。
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2007/7/5


女神の滝 Megami-no-taki 

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 女神の滝(めがみのたき)は、北海道中川郡美深町にある名瀑。
 美深町から国道40号線~道道49号線に進み、美深松山峠手前から入る。雨霧の滝の駐車帯に女神の滝への案内標識があり、標識に沿って約200m進むと見えてくる小さな滝が「女神の滝」の下流。さらに進むと柱状節理岩という、鉛筆を横にして重ねたような
不思議な岩の上を流れる上流にたどり着く。
 この女神の滝は、上部にうねりのある段差が続いており、節理の岩の上を滝となって流れている。まるで石段のように規則正しく岩が並んでいる様は一風変わった景観である。
 うっそうとした山の中にひっそりと佇む滝の姿は神秘的。清流は透明度の高い綺麗な水で、飛沫を上げながらカーテンのように流れ落ちる様子は幽玄の美をかもし出している。
 この滝には女神が住んでいるという伝説があるのも頷けるような、冷たく清らかに澄んでいる滝である。
 
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2007/5/31


月山 Gassan Mt Gessan

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 山形県東田川郡にある出羽三山のひとつ。
 標高1984メートルで、山形県のほぼ真ん中にそびえたつ。磐梯朝日園立公園の北にあたり、ブナの原生林、動植物などの大自然の宝庫とされる。
 月山の名は、その山容が「ちょうど月が半輪を描いて空に現れたようなおおきな山の姿」からきているといわれる。
 信仰が深い山でも知られ、山頂には「月山神社」があり、天照大神の弟、月読命が祭られている。
 役行者の修行の地であった。幾人もの行者が月山大神登拝におとずれたが、修行の未熟さをさとられ引き返した「行者返し」という登山路がいまでも残っており、現代でもその道を、登山者たちが行き来きする。
 眺望や高山植物にも恵まれた霊山である。
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2007/5/25


宗谷厳島神社 Souya-itsukushima-jinja 

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宗谷厳島(そうやいつくしま)神社は、北海道稚内市の宗谷村にある神社。
 創立年代は不明だが、天明二(1782)年に奉納されたと伝えられる奉納物「鰐口」が現存することから、天命元(1781)年に建立されたと考えられている。祭神は市杵島姫命(いつくしまひめのみこと)という女神である。
 神社の謂れはさらに室町時代まで遡る。永正十二(1515)年、松前藩の祖先である武田光広が、夢のお告げから、蝦夷地海浜の要衝に弁財天を祭るように命じた。その子孫である蛎崎慶広が、永禄四(1561)年に姓を「松前」に改めた祭、宗谷の地にも「弁財天堂」を寄進したのがそもそもの始まりだとされる。
 宗谷厳島神社には創建以来の貴重な奉納品が多く残されており、昭和四五年に、神社と奉納品の数々が稚内市の有形文化財に指定されている。
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2007/1/29


普光寺 Fukou-ji Fukoji Temple

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 高野山真言宗、筑紫山、別名を紫陽花寺。
 敏達天皇十二(583)年、日羅により開山。平安期、鎌倉期に繁栄し、江戸初期までは「筑紫尾寺」の名を称して京都三聖寺の末寺として発展した。天正十四(1586)年、豊薩の役で打ち壊されるが文禄三(1594)年、岡城主中川久清により再興された。
 境内の岸壁に刻まれた磨崖仏(まがいぶつ)は中央に不動明王を刻み。制咤迦(せいたか)、矜羯羅(こんがら)の二童子を従え、右手には多聞天と弁財天が配される。
 高さ11・4メートル、顔だけでも2・4メートルの規模は、日本最大級のもの。
 境内に3000株を超える紫陽花が植えられており、6月の開花の時期には「あじさい祭」が催され、境内を彩る。
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2007/1/25


熊野古道 Kumano-kodou The Ancient Road of Kumano

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 熊野古道は、三重県東紀州にある、石畳の美しい道である。
 熊野古道は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の、参詣道のひとつであり、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)に詣でるための道である。
 古代、熊野周辺は神々の住む聖地、死霊の集まる再生の地として崇拝される場所であった。
 1090年、白河上皇の熊野行幸をきっかけに熊野三山への参詣が頻繁に行われるようになった。江戸時代に入ると、熊野詣は「蟻の熊野詣」と言われるほど広く庶民の間で行われるようになった。
 明治維新後、神仏分離令により熊野古道周辺の神社の数は激減。熊野詣の風習も殆どなくなってしまった。
 熊野古道は、浄土と再生の地として信仰されてきた熊野へ至る祈りの道として、地域の中で今も生き続けている。
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2007/1/12


天女橋 Tennyobasi Tennyobashi Bridge

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 天女橋は、沖縄・那覇市にある円覚寺総門前の円鑑池の中にある弁財天堂に架けられた、日本最古の石造りアーチ橋である。
 1502年、朝鮮から贈られた経典を収納する堂宇が建てられた。天女橋は、堂宇へ渡る橋としてその時架けられたものである。
 この橋長9.4m、幅3mの小さな橋の名前は、中之島に祀られていた水の女神「弁財天」に由来する。
 橋の形式は、石造の単拱橋で、橋の中央アーチ上部が高くなっていて、その前後をゆるい斜面にしている。中国南部地方に多い、駝背橋(らくだの背中に似た橋)の形式の特徴を持つ橋である。
 1972年、国指定重要文化財に指定される。
 天女橋は、歴史と落ち着きを感じさせてくれる橋である。
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2007/1/11


機具岩 Hatago-iwa Hatago Rocks

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 石川県羽咋郡富来町の海岸一帯を能登金剛と呼び、その変化に富む海岸は見所がたくさんある。
 能登金剛の沖に浮かぶ大小二つの機具岩も見所のひとつ。別名「能登の二見岩」。その二つの岩は注連縄で結ばれ、信仰の対象になっている。
 昔のことである。女神・渟名木入比洋命は、能登に織物の業を広めていた。ところがある日、山賊に襲われ、その時思わず、背負っていた織機を海の中に投げ入れた。その織機が姿を変えて、二つの岩になったという伝説が残る。その伝説が、この岩の信仰の元となっている。
 夕日が沈む頃、あかね色に染まる海に、二つの岩がシルエットに浮かぶ。その風景は神秘的であり、まるで女神が出現しているようである。
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