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2008/7/10


東山温泉盆踊り Higashiyama-onsen-bon-odori Higashiyama Hot Spring Bon Dance Festival

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 福島県の東山温泉(ひがしやまおんせん)は、会津若松市郊外にあり、滝が連なり美しい景色で有名な湯川渓谷沿いに温泉宿が立ち並ぶ。
 その歴史は一〇〇〇年以上ととても古く、天平年間に高僧や行基によって発見されてから歓楽街として栄え、会津の奥座敷として今もその面影を残している。
 その温泉街で毎年八月十三日から六日間、盆踊り大会が盛大に開かれる。
 温泉街を流れる湯川の上に大きな櫓を組んで、たくさんの提灯を飾り、夜の温泉街が彩られる。市民とともに、浴衣姿の温泉客や東山の芸者衆など大勢の人々が参加し、「会津磐梯山」の音頭に合わせて櫓の周りを踊る。
 毎夜毎夜、テンポの良い音頭と賑やかな太鼓の音鳴り響く中を人々が踊り明かす、賑やかな盆踊りである。
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2008/2/22


かぶら盆(桑名盆) Kabura-bon(kuwana-bon) 

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 かぶら盆は、欅(けやき)、栓(せん)、檜(ひのき)などに漆を塗って作った盆に、かぶらの絵を描いた三重県桑名地方の伝統工芸品で、かつては桑名盆と呼ばれていた。
 江戸時代初期、伊藤勘六という塗師(ぬし)が、盆に草花や果実の模様を描き売り出したのが始まりという。江戸時代後期、時の老中・松平定信が、文人画家の谷文晁に命じてかぶらの絵を描かせ、将軍家へ献上したことから、特にこの名で呼ばれ有名になった。かぶらの丸い形は家庭円満を、根ひげは子孫繁栄をあらわし、縁起物としても重宝されている。
 丸盆から角盆、重箱、吸物椀、茶托、銘々皿に描かれた絵は、葉やひげのかすれ具合が一つ一つ微妙に異なる。樹齢三百年以上の天然木を使い、何度も漆を重ね塗りして作った盆に、勢いよく一気にかぶら絵を手描きする。全国的にこのような絵付けの技法は珍しく、伝統の職人技がきらりと光る。
 平成一二(2000)年三月、三重県の伝統的工芸品に指定された。
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2008/1/8


彩絵檜扇 Saiehiougi Saie-Hiogi Fans

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 彩絵檜扇(さいえひおうぎ)は、平安時代に誕生した美術品。檜の薄板で作られた扇で、豪華絢爛な彩色が美しい。
 主に宮中においての儀式に際し、公家の男女が正装する際に装身具のひとつとして用いられた。位により板の枚数が異なる。現在は熱田神社に1握、厳島神社に5握、熊野の阿須賀神社に1握を残すのみとなっている。
 糸巻の檜の薄板の表裏に、胡粉(ごふん)の下地を施し、雲母(きら)を塗る。上に金銀箔、野毛砂子(のげすなご)を贅沢に散らし、濃厚な岩絵具を使って絵柄を施す。花鳥風月や公達(きんだち)、女房などの人物をモチーフに軽妙な筆致で彩色、絵巻物のような実に華やかな趣をかもし出している。
 彩絵檜扇は国の国宝および重要文化財に指定されている。
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2007/11/29


石川 檜細工 Ishikawa Hinokizaiku Ishikawa Cypress Weaving

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 石川県白山(はくさん)市に四〇〇年受け継がれている伝統工芸である。昭和六三年に県の伝統工芸品に指定されている。
 檜細工は、約四〇〇年前、白山麓の旧尾口村深瀬を訪れた旅の僧が檜傘の作り方を伝授したのがはじまりとされる。以降、江戸時代中期には村の重要産物になった。
 檜細工は、「ヒンナ(またはヘギ)」と呼ばれる檜を薄く切った板を編み上げて作る。代表的な産物に昭和初期に考案された「白山傘」がある。軽くて丈夫、その上雨や日差しを良く防ぐと、屋外での農作業用に重宝されている。
 春の農繁期前には白山傘作りがピークを迎える。年間約700個の注文に対し、伝統を受け継ぐ6人の職人が製作を一手に担う。
 檜細工には、白山傘のほかに、おぼけ、籠、花器などの民芸品がある。そのどれもが「用」の美と端正な意匠を併せ持つ、魅力的な伝統工芸品である。
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2007/11/28


本山寺 三重塔 Honzan-ji Sanjuu-no-tou 

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 岡山県美咲町にある天台宗岩間山本山寺(いわまさんほんざんじ)。別名、岩間観音。
 白鳳七(679)年、役行者が創建し、奈良時代に唐より帰化した鑑真和上が再建したと伝えられる。岡山県東北部の美作地方(みまさかちほう)では最も古いお寺である。
 鎌倉時代の僧、法然上人の父母が子宝に恵まれるよう祈り続けたところ、後に法然となる勢至丸(せいしまる)を懐妊したと伝えられるゆかりの寺でもある。
 江戸時代に津山藩主となった森家と松平家の霊廟があり、徳川幕府の祈願所でもあった。
 境内の奥にある三重塔は純和様で、高さ二六・五メートル。国の重要文化財に指定されている。津山藩主、森長継が承応元(1652)年に再建したもので、屋根は檜皮葺、外部は木彫りが太く堂々とした姿を見せている。樹齢300年以上のカゴノキや杉木立に囲まれ、静謐な時間が流れる場所である。
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2007/11/26


保泉院 木造閻魔大王坐像 Hosen-in Mokuzou-enma-daiou-zazou 

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 東京都の日の出町にある、豊かな緑に抱かれた古刹、保泉院(ほせんいん)。そこに、見る人の心まで覗き込むような迫力に満ちた坐像が手厚く安置されている。
 それが、木造閻魔大王坐像(もくぞうえんまだいおうざぞう)である。
 文明五(1473)年、仏師の了戒によって造られたといわれ、高さ89cmほどの檜の寄木造りで、鎌倉期彫刻の特徴である豪快な造作を良く現している。
 この造りは、日本各地に見られる江戸時代初期に造られた他の像の先駆的な例といわれており、歴史的にも貴重なため、東京都の文化財にも指定されている。
 江戸時代に入って彩色が施されており、今もその彩色の一部が残っている。
 つりあがった眉やカッと見開かれた目は、まさに地獄の裁判官である閻魔大王の持つ迫力を伝えている。
 地元の人々の間では「平井のえんま様」として親しまれており、五百年を経た今も、この世に睨みを利かせている。
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2007/11/22


文様 桧垣(ヒガキ) Monyou Higaki 

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 桧垣(ひがき)とは、檜の薄板を網代のように斜めに組んだ垣根を文様化した和文様である。
 和文様とは、平安時代以来、公家の服装・調度品や装飾に用いられた形、色、構成などに独自の優美な様式を持つ図柄の総称である。
 檜垣に菊唐草を散らしたり、梶の葉をあしらったものなど、様々な表現がとられている。
 交わる角度が直角でなく、長方形が平行四辺形になったものもあり、白生地や染織の地紋にも多く用いられている。
 檜垣・桧垣・菱垣と言い、網代(あじろ)とも言われている。網代とは、網の代りの意味で、魚をとる仕掛けの一種である。
 文様・桧垣は、衝立や垣根・天井・羽目板などや、帯や小紋の柄に多く用いられてきた、伝統的な和文様である。
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2007/11/14


浮見堂 Ukimidou 

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 奈良公園には鷺池(さぎいけ)という池があり、そこに六角の形をした八角堂形式のお堂がある。
 蓬莱橋(ほうらいばし)を渡ると、木造で檜皮葺き(ひわだぶき)の休憩所があり「浮見堂(うきみどう)」と呼ばれている。
 鏡の様な水面に映る姿はとても美しく、風に揺らめく様は幻想的な雰囲気を醸し出している。現在のお堂は、老朽化した旧浮見堂を平成三(1991)年から三年をかけて修復されたもので、往時の美しさを取り戻している。
 春には桜が咲き、秋には赤や黄色の紅葉に彩られ、浅茅ヶ原の林の向こうには春日大社が佇んでいる。まるで天平時代にタイムスリップでもしたかの様なその雰囲気は、他ではなかなか味わえない場所の一つである。
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