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2007/8/16


国見ケ丘 Kunimi-ga-oka Kunimigaoka Hill

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 国見ケ丘(くにみがおか)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町にある標高513mの小高い丘である。
 神代の昔、神武天皇の孫にあたる建盤竜命(たていわたつのみこと)が九州統制の折り、この丘に立ち、明け暮れに国見をした事から、国見ヶ丘と呼ばれるようになったと伝えられる。
 国見とは、秋の豊穣にかかわる呪的景物を見て、豊穣を祝する儀礼である。
 丘からは、西に阿蘇の五岳、北に祖母の連山、東に天香具山、高天原、四皇子峰や高千穂盆地、眼下に五ヶ瀬川の渓流が見渡せる。
 一〇月上旬~一一月上旬ごろの早朝は、冷え込んだ朝に発生した霧が高千穂盆地やとりまく山々の間に沈み、まるで真綿を敷き詰めたように盆地の集落を覆い隠す。足もとからわき立つ雲海の眺めは、大変に素晴らしい。
 国見ケ丘は、美麗な眺望と幽玄な雲海を持つ場所である。
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2007/7/6


夷王山 Iou-zan 

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 夷王山(いおうざん)は、北海道上ノ国市街の裏手にある標高159mの丘陵地。
 この地には、室町時代に松前藩の祖・武田信広が花沢館から移り住み、勝山館と名づけられた城郭が築かれたという歴史がある。松前藩は後に本拠を松前に移すが、16世紀末まで日本海側の拠点として繁栄したという。
 夷王山の山頂からは、日本海に浮かぶ奥尻や大島、日本海の美しい海岸線、上ノ国、江差町一帯が眺望できるビュースポットである。
 初夏には付近一帯に約5000種の山野草が咲き揃う。とりわけエゾヤマツツジは美しく、夷王山を真っ赤に焦がすように咲き乱れる。
 毎年6月には「夷王山まつり」を開催。たいまつ行列や神楽、獅子舞の奉納などが盛大に執り行われ、近隣の人々で大変賑うという。
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2007/7/5


銀泉台 Ginsen-dai 

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 銀泉台(ぎんせんだい)は、北海道の層雲峡温泉街から大雪湖へ向かう途中にある展望スポット。
 標高1490mの高地から眺める緩やかな斜面は、紅葉の時期が一番美しい。その年により前後するが、例年9月20日前後が見ごろである。日本一早く紅葉が楽しめるスポットとしても有名だ。
 ナナカマドの燃えるような赤い色を始めとして、温かみのある黄色や針葉樹林の緑色のグラデーションが山肌を彩る様は絶景である。
 銀泉台は、赤岳登山の登山口でもあるため、多くの登山者が訪れる。銀泉台の水は美味しいと評判で、ここで水を補給してから登山に望む登山者たちも多いという。
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2007/7/3


昆布刈石海岸 Kobukariishi-kaigan 

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 昆布刈石海岸(こぶかりいしかいがん)は、北海道・浦幌町にある海岸道。十勝川河口から釧路方面へ続く道であり、江戸時代に開削された自然路の名残をとどめるものである。
 明治以前、漁業以外に産業のなかった北海道では、海岸のほかは道路の発達をみなかったという。山間部はアイヌの案内なくしては探検できず、川と海岸こそ十勝の唯一の道だったのである。
 昆布刈石海岸道は、風浪の激しい日には徒歩や馬でも通りにくい難所であったため、浦幌では文化二(1805)年に間道が開削され、十勝と日高、釧路を結ぶ幹線道路として重要な役割を果たすこととなった。
 昆布刈石海岸は、現在は砂利道として当時の名残をとどめるのみだが、広大な太平洋を一望できる景勝地として人気を集めている。海岸には昆布刈石展望台もあり、遥かに広がる水平線を眺望できる。
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2007/5/25


宗谷丘陵の周氷河地形 Souyakyuryono-shuhyogachikei 

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 宗谷岬の背後に広がる丘陵を「宗谷丘陵の周氷河地形」と呼ぶ。なだらかな緑の稜線が続く、日本離れした雄大な風景だ。平成十六年には北海道遺産に指定されている。
 宗谷丘陵は、一番高い山でも235mしかない。土が凍っては溶け、溶けては凍るという現象を繰り返しているうちに、岩石がボロボロに砕けて斜面をずり落ち、なだらかな丘と丸い谷ができあがったと考えられている。1~2万年前の地球最後の氷河期、「ウルム氷期」の名残を残すとされ、悠久の時が刻んだ自然の不思議さにはただ驚かされるばかりである。
 現在は最大約5万キロワットの発電量を持つ大型風車群57基が設置されている。緑の絨毯が続く丘陵に無数の風車がゆっくりと回る様は圧巻である。
 丘陵の周辺には番号が書かれた看板が立てられ、番号をたどると四季折々の様々な表情に出会えるという。
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2007/4/10


宮崎 霞神社 Miyazaki Kasumi-Jinja Kasumi Shrine

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 宮崎の霞神社(かすみじんじゃ)は、宮崎県西諸県郡高原町にある神社である。祭神は、大己貴尊、小彦名尊、保食尊。霧島六所権現の一社とされ、文化一二(1815)年に創建された。
 古来から、畜産、縁結び、商売繁盛の神として知られ、拝殿は神仏混淆の形でロウソクを立てるようになっている。
 丘の東端に御神体となる巨岩があり、その割れ目に長さ30cmの白蛇が棲むという。
 蛇は霧島六所権現の使いとされ、霧島神社にお詣りする者はまずここに詣でる。その折り、白蛇を見れば大願成就すると言われ、参拝者が後を絶たない。
 霞神社は、白蛇伝説で有名な神社である。
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2007/3/2


那智黒硯 Nachi-guro-suzuri 

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 熊野、那智山から産出される那智黒石は、色はあくまでも黒く、濡れたような光沢を持っているのが特徴。
 その石で作る那智黒硯は、原石の自然な姿を生かした形、緻密な石質と適当な硬度により、愛硯家に珍重されている。
 那智黒硯からは、職人が全神経を「のみ」に集中し、硯の海と岡とのバランス、「たまり」の曲がり具合の美しさなどに留意しながら作っている姿をうかがうことができる。その昔、熊野詣の証として、那智黒硯を旅人が持ち帰ったといわれているのも頷ける。
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2007/2/27


崇神天皇陵 Suzin-tennou-ryou Emperor Sujin’s Tomb

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 崇神天皇陵は奈良県天理市にある陵墓。正式な陵墓名は、山辺道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのえのみささぎ)、古墳名は柳本行灯山古墳。第十代天皇の崇神天皇の陵墓とされる。
 崇神天皇は紀元前の人とも三世紀頃の人ともされ、正確な在位の期間は不明だが、最初の実在の天皇であり、大和王朝の礎を築いたと言われる。
 全長242メートル、前方部幅100メートル、後円部直径158メートルの前方後円墳。周囲に、陪塚(ばいちょう)を従える。正面拝殿に神明鳥居を置く。
 水を湛えた周濠には浮島が浮かび、堤からは緑に溢れた奈良盆地を一望でき、隠れた絶景の地でもある。
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