NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/3/10


優佳良織 Yuukara-ori 

Jp

 優佳良織(ゆうからおり)は、北海道の美しい自然、風土をモチーフに手織りで制作されている工芸品で、昭和三五(1960)年に、北海道旭川市で一人の染織作家により生み出された。
 誕生当初はアイヌ語で叙事詩や伝承するという意味を持つユーカラという言葉を用い、「ユーカラ織」と呼ばれていた。
 その後の昭和五五(1980)年に版画家の棟方志功により、「優しく、佳く、良い」という意味で現在の優佳良織に改名された。
 その特徴は色の多彩さにあり、これは四季折々に変化する微妙な自然の色彩に、油絵のような色と色との重なりに似た美を見出したことによるものである。
 素材に羊毛を用い、一つの作品に二百から三百色の色が、「すくい、杉綾、浮き柄、平、綴れ」などのあらゆる織の技術を駆使して織り込まれ、流氷やミズバショウなどの北海道の美しい自然と風土を表現している。
 誕生から四十数年とまだ日は浅いが、逆に伝統に束縛されないことを恩恵として新しく生み出された、独自の織物である。
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2008/3/4


日本画 Nihonga 

Jp

 日本画(にほんが)は、日本で独自に発展した絵画におけるジャンルの一つである。
 明治時代にヨーロッパからもたらされた油絵に対し、それまでの日本の伝統的な技法や様式の上に描かれた絵画を指す。
 哲学者であるアーネスト・フェノロサが来日した際、明治一五(1882)年に行った講演で使われた「Japanese painting」の翻訳が、日本画という言葉の初出とされている。
 その後、明治二二(1889)年の東京美術学校開校や明治三一(1898)年の日本美術院創立などにより、日本画隆盛の土台が築き上げられていくこととなる。
 その制作には様々な種類の岩絵具が主として用いられ、膠(にかわ)水で溶いて使われる。これらには溶解しにくい性質があり、絵具を薄く塗り重ねて制作することが可能であるという特徴を持つ。
 岩絵具の取り扱いは癖があり難しく、また高価であることもあって広く一般に普及しているものではないが、それらを駆使して表される世界観は、まさに日本独自のものといえるだろう。
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2007/6/4


禅源寺 五百羅漢図 Zengen-ji Gohyakurakan-zu The paintings of Gohyaku Rakan at Zengenji Temple

Jp En

 禅源寺(ぜんげんじ)は、北海道古平郡古平町浜町にある曹洞宗の寺である。
 安政五(1858)年、「勧請開山」祖山泰堂二代、大和尚によって開基された。松前町法源寺の末寺でもある。
 五百羅漢図(ごひゃくらかんず)は、禅源寺が所有する480枚に及ぶ油絵で、本堂にて保管されている。
 大正八(1919)年、種田富太郎は樺太漁場を切り上げての帰途、利尻沖の大時化で遭難し、2昼夜漂流の後に救助された。
 富太郎は日頃信仰している観音菩薩のおかげであると、五百羅漢の寄進を発願し、林竹次郎により製作され、約20年の歳月を要して完成し、寺に納められた。
 禅源寺の五百羅漢図は、仏像では傷みやすく、日本画では保存に困難と考えた末、珍しく洋画で描かれたという仏画である。
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