NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/11/18


キンニャモニャ祭 kinnyamonya-matsuri 

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 キンニャモニャ祭(きんにゃもにゃまつり)は、島根県隠岐郡にある隠岐諸島のひとつ・中の島に位置する海士町(あまちょう)菱浦にて、毎年八月の第四土曜日に開催されている祭りである。
 明治一〇(1877)年、西南戦争に従軍した菱浦生まれの杉山松太郎が、熊本の民謡「キンニョムニョ」をうろ覚えに覚えて故郷へ持ち帰ったのが最初と伝わる。
 杉山は山高帽を被りステッキを銃に模し腰に据え、自作の「キンニャモニャ」を唄いながら面白い格好で踊り満座を沸かしたという。
 杉山亡き後は踊る姿も変わり、羽織を着てキセルをふかしながらこうもり傘を持って踊られた。
 平成七(1997)年、この民謡「キンニャモニャ」にフリがついてキンニャモニャ祭が行われるようになった。以来、思い思いに趣向を凝らしたカラフルな衣装で、しゃもじ両手に1000人もが踊り歩く踊りパレードが行われ、夜には花火大会も開催されている。
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2008/8/14


琉球民謡 Ryukyuminyou 

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 琉球民謡(りゅうきゅうみんよう)は、沖縄県に伝わる伝統の音楽である。
 元々、琉球の古典音楽は、王朝時代の上流階級の教養人によって創造されたもので、琉球舞踊や組踊と結び付いて発展した。
 琉球民謡はいつどのような形で誕生したかは不明だが、謡そのものは古い時代から各地域で謡われていたと考えられている。
 その最大の特徴は琉球音階で、ドレミの音階のうち、レとラを抜くのが大きな違いとなっている。
 今日でも民謡は祝事や行事の際には欠せないものとして歌い踊られているが、沖縄で実際に聴きたい時は、民謡酒場に行けば、生で本格的なものを聴く事ができるという。そこでは、泡盛を片手にステージの民謡を味わえる。
 なお最近では、沖縄民謡のことを島唄と呼称される事があるが、島唄は本来奄美民謡の呼称であるため、琉球民謡とは別であるとも言われている。
 琉球民謡。その響きはどこか懐かしく、県外の人々の間にも人気のある郷土芸能である。
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2008/4/25


江差追分 Esashi-oiwake 

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 江差追分(えさしおいわけ)は、北海道檜山郡江差町発祥の民謡である。道の無形民俗文化財に指定されている。
 今から約300年前の江戸時代中期頃、信州中仙道の軽井沢付近で馬子や宿場の飯盛り女達がうたっていた馬子唄(まごうた)が、旅人や旅芸人によって北国街道を通り、越後に伝えられ、山の唄が海の調べに変わって越後追分となったと言われている。
 江差に運ばれた追分節は、当時の流行歌と交わって江差追分節が生まれたとされ、その後、北国の風土と厳しい自然にもまれ、独特の哀愁をおびた江差追分の節が完成された。
 その後、次第に我流が登場し、俗に流派といわれる浜小屋節、詰木石節、新地節、芸者節などが生まれていった。
 江差追分は、民謡の王様とも言われる北海道の郷土芸能である。
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2008/3/6


こきりこ祭 Kokiriko-matsuri 

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 こきりこ祭(こきりこまつり)は、富山県南砺市上梨にある神社・白山宮(はくさんぐう)境内にて毎年九月下旬に行われている祭りである。
 白山宮は元正天皇の時代(715~724)、白山信仰を中央にまで広めた泰澄大師(たいちょうだいし)によって創建されたとされる神社で、祭神は白山菊理媛命(しらやまくくりひめのみこと)。
 民謡の宝庫五箇山に残る代表民謡「こきりこ」は、筑子竹、ささら、板ささらなど、珍しい往時のままの楽器を今に伝える日本最古の民謡とされる。
 祭りでは、白山宮境内にて奉納こきりこ踊りを舞い、夜の舞台でむぎや踊りや八尾おわら踊り、五箇山こきりこ踊りを競演する。五箇山の歌と踊は、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 また、踊りの講習会やのど自慢、獅子舞、舞台競演会なども行われている。
 こきりこ祭は、古より伝わる伝統の神楽舞祭りである。
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2007/12/25


小湊 昭尚 Kominato Akihisa Akihisa Kominato

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 小湊昭尚(こみなとあきひさ)は尺八奏者、民謡小湊流三代目。1978年、民謡小湊流家元の長男として福島県に生まれる。父は民謡歌手の小湊美鶴、姉は歌手の小湊美和。5歳より両親の手ほどきを受け、舞台活動を開始。十代から琴古(きんこ)流の古典尺八奏法を学び、1995年より人間国宝の山口五郎(故人)に師事。二十歳で民謡小湊流三代目襲名。東京芸術大学音楽学部邦楽科尺八専攻卒業後、純邦楽はもちろん、フュージョン、ボサノヴァなど洋楽とのセッションを開始。
 2004年、和楽器ユニットZAN(ザン)でメジャーデビュー。民謡や尺八演奏で身につけた技術でヴォーカル、尺八奏者として新たな道を切り開き、現在ZANと並行してAEKA(アエカ)、Priest(プリースト)、般若帝国など複数のユニットで幅広く活動中。海外公演も積極的に行っている。
[→より詳しい記事を見たい方はこちら]
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2007/11/12


調べ緒 Shirabe-o Shirabeo

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 調べ緒(しらべお)は、調べとも呼ばれる、小鼓・大鼓・太鼓などで使用される紐のことである。
 二つの鼓面をつなぐ役割だけではなく、鼓の奏者は、演奏中にも胴と皮を結ぶ調べ緒をきつくしたり緩めたりすることによって楽器の音の調律をするため、出来具合で鼓の響きが決まってしまう。
 古くからあるものだが、専門の調べ司(しらべし)が生まれる明治一〇(1877)年ごろまでは、楽師などがあり合せの丈夫な繊維で調律をしていた。
 調べ緒は、日本麻2本をより合わせた後、25もの細かい手順によって作られる。奏者が握っても伸びずに元にもどるコシと、長い時間使っていても手の皮を痛めない柔らかさが同時に求められ、製作には技術と経験が必要とされる。
 調べ緒は、鼓が使用される能楽、歌舞伎、長唄、民謡などで大変重要な部品となる伝統的な紐である。
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2007/1/11


エイサー Eisaa The Eisa Dance

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 エイサーは、沖縄の旧盆に行われる、盆踊りの様な行事である。
 1479年の「李朝実録」の中に、当時の那覇の記録としてエイサーが出ていて、この頃が始まりと考えられている。
 エイサーという名は、琉球歌謡集「おもろさうし」からという説や、「エイサー、エイサー」の囃子からという説があるが、どちらも確証はなく不明である。
 エイサーは自分のシマ(地域)の各家々を回る。このようにして家々を回り歩くことを道ジュネーと呼ぶ。特に15日の御送りを済ませた後に始める所が多いが、最近は旧盆の3日間行う所もある。
 エイサーの主体は太鼓と踊りである。地謡の演奏に合わせて太鼓を叩いていく際に、激しいアクションを見せる。数十人の太鼓踊りの統一感、一斉の躍動といった勇壮さが、エイサーの大きな魅力の一つとなっている。
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2007/1/10


おわら風の盆 Owarakazenobon Owara-Wind Bon Festival

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 編みがさを目深にかぶり、そろいの法被や浴衣を着た男女が胡弓や三味線の情緒あふれる音色に合わせ民謡「越中おわら節」に乗せて山裾の町を優雅にゆったりと舞踊り流す「おわら風の盆」。富山県八尾町に伝わるこの民謡行事は、風水害を治め五穀豊穣を祈る行事として、約三百年前に始まった。
 由来は諸説あるが、元禄十五年(1702)年に起こった「町民パレード説」が有力。当時土地の草分けの商家が所有していた「町建て」の重要文書が役人から返還された祝いに、三日間町民が歌い踊りながら町を練り歩いたのが起源で、これが町の名刹聞名寺における盂蘭盆行事となり、さらに風の盆に移ったというものだ。
 毎年9月1日から3日にかけて行なわれ、合計30万人前後の見物客が八尾を訪れ、町はたいへんな賑わいをみせる。
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