NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/5/12


鴨都波神社 Kamotsuba-jinja 

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 奈良県御所市にある「鴨都波神社(かもつばじんじゃ)」は、上鴨社(かみがもしゃ)の高鴨神社(たかかもじんじゃ)、中鴨社(なかがもしゃ)の葛城御歳神社(かつらぎみとしじんじゃ)に対して、「下鴨社(しもがもしゃ)」と呼ばれている。
 主祭神は、積羽八重事代主命(つわやえことしろぬしのみこと)と下照姫命(したてるひめのみこと)で、積羽八重事代主命は、奈良県桜井市の大神神社に祀られる大国主命(おおくにぬしのみこと)の子どもであることから、「大神神社の別宮」ともいわれている。
 拝殿前の右手には、樹齢300年のいち樫が御神木とされている。
 夏祭りと秋祭り宵宮には、五穀豊穣・家内安全・無病息災を祈願し、氏子地域から「ススキ提灯」と呼ばれる30基余りの提灯が奉納され、県の無形民俗文化財に指定されている。
 ススキ提灯とは、4、5メートルほどの竹製の支柱に、横木を4本通し先端から紐で連結し、高張提灯を上から、2・4・4の合計10張を3段に組みたて、先端部に御弊を施したものである。
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2007/8/20


金鑽神社 多宝塔 Kanasana-jinja Tahou-tou 

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 本殿を持たない神社は全国的に珍しい。奈良県の大神神社、長野県の諏訪大社、そして埼玉県上川町の金鑽神社(かなさなじんじゃ)だけである。金鑽神社は本殿を置かず、背後に控える御嶽山(御室ヶ岳)を御神体として崇めている。
 境内に入り、川伝いにゆるやかな上りの参道を進むと、右手の高台に木立に囲まれて多宝塔が現われる。武蔵七党(むさししちとう)のひとつ、丹党に属した豪族の安保弾正全隆が、子孫の幸福繁栄を祈って天文三(1534)年に寄進したもので、建立時代が明確な県内有数の古建築として、国の重要文化財に指定されている。
 塔は二層からなり、三間四面の柿葺(こけらぶき)で高さは約一四m、総朱塗りで、真柱(しんばしら)に「天文三年庚午八月晦日、大旦那阿保弾正全隆」の墨書銘がある。
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2007/2/27


大神神社 Omiwa-jinja Omiwa Shrine

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 大神神社(おおみわじんじゃ)は奈良県桜井市、三輪山の麓に位置する神社である。別名を三輪明神。
 崇神天皇の世に大物主大神を祀ったのが創建とする伝承があり、日本最古の神社とも言われる。
 祭神の大物主大神は三輪山に座しているとされ、三輪山そのものが御神体であり、本殿は無い。山中には多くの巨石が残り、古代の祭礼地とされる。
 明治時代までは禁足の地とされ、拝殿の三ツ鳥居から先は入山が許されなかった。現在は摂社の狭井神社で許可を取れば可能だが、飲食、撮影一切を禁じる厳しい規則がある。
 国造りの神として、全ての産業と生活全般のご利益があるとして多くの参拝客を招いている。
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桧原神社 Hibara-jinja Hibara Shrine

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 桧原神社は奈良県桜井市、三輪山の麓に位置する神社であり、大神神社の摂社の一つ。
 崇神天皇の皇女、豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)が、天照大御神自身とされる八咫鏡を祀った倭の笠縫邑(やまとのかさぬいむら)の地とされ、元伊勢とも称される。
 八咫鏡はその後、伊勢国内、五十鈴宮に移された。大神神社の摂社となった後も天照大御神を祭神としている。
 本殿が無く、大神神社と同じ三ツ鳥居が三輪山の正面に立ち、山自体が御神体である。境内の入り口の鳥居は二本の柱にかけられた縄で造られた古式のもの。
 万葉集を始め、多くの歌に「三輪の檜原」と詠まれた地であり、いにしえの幽玄の空気を今に残す。
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平等寺 Byoudou-ji 

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 三輪山平等寺は奈良県桜井市、三輪山の麓に位置する曹洞宗の寺院。大神神社の神宮寺でもあった。
 敏達天皇十(581)年に聖徳太子により「大三輪寺」として開山されたと伝えられる。平安時代、弘法大師により遍照院と変名、鎌倉時代中期に慶円上人により現在の平等寺に改められ、大いに繁栄した。明治期に廃仏毀釈のために衰退するが、近年復興を果たしている。
 慶長五(1600)年には、関が原で敗れた薩摩藩主、島津義弘が祈祷寺の縁を頼り、一時滞在をしている。
 本尊の十一面観世音菩薩は聖徳太子が祈願満了と平和を祈願して刻んだものとされる。
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玄賓庵 Genpi-an 

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 玄賓庵は奈良県桜井市、三輪山の麓に位置する真言宗醍醐派の寺院。
 延暦元(782)年に興福寺の前身である、山階寺の玄賓僧都が隠棲した庵が始まり。後に荒廃したが寛文七(1667)年に比久宴光により復興、明治時代の神仏分離により三輪山の檜原谷から現在の場所に遷移した。
 開基の玄賓は平安時代の僧であり、桓武天皇の病気平癒を行い、これを快癒させたことで、大僧正の地位を任じられながらも辞退した高僧。
 謡曲「三輪」にも登場し、玄賓庵を訪れた三輪明神の化身である女性の悩みを聞いている。
 三輪明神に与えた衣がかかっていたとされる「衣掛杉」が大神神社の境内に残り、高僧の徳を今に伝えている。
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