NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/8/19


和太鼓集団 GOCOO Wadaiko-syuudan gokuu Japanese Taiko Drum Group “GOCOO”

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 40以上もの和太鼓を自在に操り、大地のビートを奏でる和太鼓集団GOCOO(ゴクウ)。女性7名、男性4名のバチから繰り広げられるその音色は、伝統でもなく、民俗音楽でもなく、ロックでもない。もっとプリミティブでトランシーな、国境も音楽ジャンルも越えたものだ。そしてその中心には、現代のシャーマンとも言うべき淺野香の存在がある。
 トレードマークの長い髪を獅子舞のように振り乱しながら、パワフルにバチを振り下ろす。
 「ライブをやっていると、日常のいろいろが削がれて、魂の中で一番純粋なところ、”愛”と”感謝”だけになる瞬間がある。結局これが”祭り”なんだろうな、と思います。新しいものを表現していると言われるけれど、一番新しいものは一番古いものにつながるんじゃないでしょうか。」
 97年結成。そのトランシーな演奏は海外での評価も高く、ヨーロッパツアーをはじめ海外ライブは100本以上。映画『マトリックス』の音楽も手がけ、今年5月の国連環境会議ではアジア代表としてオープニングを飾っている。
 
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2008/4/22


和太鼓 Wadaiko Wa-daiko (Japanese Taiko Drum)

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 和太鼓(わだいこ)は、打楽器の一種であり、日本における太鼓の総称である。
 内部をくりぬいた、ケヤキなどの木でできた胴に主に牛の皮を張り、その皮を叩いて振動させて音を出す。
 構造が同じもので鼓(つづみ)があるが、手で叩くものを鼓、撥など道具を使って叩くものを太鼓と呼び、区別している。
 その歴史は古く、縄文時代にはすでに似たような構造のものが存在していたとされる。
 中世には、田楽などの庶民文化の発達などによってお囃子太鼓が隆盛し、戦国時代には陣太鼓、江戸時代には時報として江戸城内で太鼓を打つなど、人々の生活に根ざした音色を奏で続けていた。
 特に神と意思を伝達する手段、呪具として寺や神社で用いられていたことは、日本人の心に深く響く楽器となっている要因なのかもしれない。
 昭和に入ってからは様々な種類の太鼓を組み合わせた太鼓主体の音楽である組太鼓が出現し、日本人だけでなく外国の人々もその深い音色で魅了している。
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2008/4/11


かつぎ太鼓1.6尺 Katsugi-taiko 1.6shaku 

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 かつぎ太鼓は日本に伝わる打楽器である。ストラップをつけて肩からさげて叩くため、太鼓自体が軽くできていて、皮も薄皮を用いる。
 元和三(1617)年に建てられた、福岡県北九州市小倉の八坂神社で行われる小倉祇園祭では、竿の両端を肩にかつぎ、そのまん中に吊るした太鼓を自分の町内うちを叩いて回ったという。
 自然の中から生まれた波動は、日本人の心を奮い立たせる鼓動の響きを生みだし、まつりを引き立てる。
 人が持つには大きさ・重さ・音が共に1.6~1.8尺が最も良いとされており、1.6尺のかつぎ太鼓は、女性でも手軽に叩く事が出来る。
 かつぎ太鼓は、勇壮で、人の心にしみいる音色を叩き出す、日本伝統の和太鼓である。
 
太鼓サイズ
面48cm 胴長52cm
重量 6.5Kg
材料 牛革
セット内容は
太鼓 バチ 肩ひもストラップ
Magic Garden
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2008/4/8


かんおんじ銭形まつり Kanonji-zenigata-matsuri 

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 温暖な瀬戸内海に面し、江戸時代の通貨・寛永通宝(かんえいつうほう)を模した巨大な砂絵「銭形砂絵(ぜにがたすなえ)」で有名な香川県観音寺市では、7月中旬の3日間「かんおんじ銭形まつり」が行われる。
 白砂青松で知られる有明浜周辺を会場にした祭りは、「銭あさり大会」を皮切りに、創造性とビジュアル度を競い合う「銭形踊りコンテスト」や「THE ZENIGATA LIVE」、「宝探し的潮干狩り」、「花火大会」など熱気溢れる多彩なイベントが行われる。
 最終日には商店街に会場を移し、「和太鼓競演」や「銭形よさこい」など勇壮さと華やかさを競うイベントが行われ、大いに盛り上がる。
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2007/10/5


香嵐渓もみじまつり Kourankei-momiji-matsuri 

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 香嵐渓(こうらんけい)は、国道153号線にかかる巴橋から上流約1・2キロの巴川が作り出す渓谷美と、ご飯を盛ったような山容を見せる飯盛山からなる地域で、愛知高原国定公園の一角を占める。紅葉やカタクリの花が特に有名で、毎年県内外から数多くの観光客が訪れる。
 昭和五(1930)年に当時の町長と香積寺住職らが、大阪毎日新聞社社長来町の際に命名を求め、香積寺の「香」飯盛山からの薫風が運ぶ嵐気の「嵐」から、「香嵐渓」と名付けられた。
 香嵐渓のもみじは寛永一一(1634)年に香積寺住職の三栄和尚が植えたのが始まりといわれ、大正から昭和の初めにかけて、地元住民の手で大補植が施された。今ではもみじの本数は4千本を超える。一一月中は「もみじまつり」が開催され、日没から午後9時までライトアップされるほか、お茶会や和太鼓競演などの各種催事も行われる。
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2007/8/14


白鶯太鼓 Hakuou-daiko 

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 白鶯太鼓(はくおうだいこ)は昭和五八(1983)年、宮城県栗駒山のふもと、栗原市鶯沢町(うぐいすさわちょう)に誕生した、比較的新しい郷土芸能である。過疎化の進むこの地域に活力を呼び戻そうと「白鶯太鼓鶯鳴会(はくおうだいこおうめいかい)」が結成され、演奏イベントが行われている。
 生で聞く和太鼓は、やはり迫力が違う。力強く荒々しい太鼓の響きの中に「ホー、ホケキョ」と繊細な笛の音が混じる。源頼義が阿部頼時・貞任父子討伐の際、八幡神社の北側に陣取り敵とにらみ合いを続けていたところ、白いウグイスが飛んできて旗竿に止まり、ひと啼きするや味方の勢いがにわかに強まり、ついには勝利を収めたという史実を元に創作された。
 白鶯太鼓には、これらの伝説や自然の情景、人々の思いが込められている。創作和太鼓の会の指導により、町内で白鶯太鼓を体験することもできる。
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2007/7/11


ふるさと宮まつり Furusato-miya-matsuri 

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 毎年夏、8月の第一土曜日と日曜日の二日間に渡り、栃木県宇都宮市で繰り広げられる宴が「ふるさと宮祭り(ふるさとみやまつり)」だ。
 宇都宮市の市制八十周年を記念し、昭和五一(1976)年から始められ、「出会いとふれあい」をテーマに、今では夏の風物詩の一つとして県内外から様々な人が、この祭りを目当てに訪れる。
 駅前通り1・5kmを中心に、多くの屋台が立ち並び、各所で催しが行われる。お囃子、パレード、郷土芸能や宮っこよさこい、和太鼓などが開催され、訪れる人たちを飽きさせることがない。
 そしてこの祭りのメインである総勢百基近い神輿が、通りを練り歩く。
 その様はまさに夏祭りの色一色で盛大に彩られ「セイヤー、セイヤー」という威勢のいい掛け声と共に通りを埋め尽くす人々を楽しませてくれる。
 夏の思い出を作るのには、もってこいの場所だろう。
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2007/6/15


群馬 鯉のぼり祭り Gunma Koinobori-matsuri Koinobori Festival in Gunma

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 群馬の鯉のぼり祭り(神流町鯉のぼり祭り)とは、群馬県多野郡神流町にて開催されている祭りの事である。
 昭和五六(1981)年、鯉のぼりを持ち寄って始められたのが最初で、鯉のぼりをテーマとした祭りの草分けと言われている。
 毎年4月下旬から5月上旬にかけて、神流川の上を約800匹の鯉のぼりが飾る姿は圧巻で、全国から3万人に及ぶ人々が訪れている。
 その下では地元神流町で採れた山菜などの特産品を販売したり、和太鼓演奏、鯉いかだ下りなど、多くの催し物を行っている。
 特に5月3日~5日は「鯉のぼりフェスティバル」が行われ、郷土芸能披露や特産品販売、バザー、大道芸などが催されている。
 神流町鯉のぼり祭りは、さわやかで楽しい春のイベントである。
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