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2008/7/10


束帯 Sokutai Sokutai

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 束帯(そくたい)とは、平安時代以降の天皇以下、公家男子の正装である。昼装束(ひのしょうぞく)ともいわれる。
 「論語」公治長篇の「束帯して朝に立ち」という言葉から取った名称で、帯で束ねた衣服の意があり、装束一揃いをさす。
 構成は、冠を被り、下着の上に単(ひとえ)を着、紅の大口袴と表袴(うえのはかま)をはいて衵(あこめ)、下襲(したがさね)、長い裾(きょ)を引き上に袍(ほう)を着て、更に石帯という石飾りのある革ベルトで留める。
 令制における官人の勤務服である朝服が変化したもので、宮中における正装で、武官や中務省の官人、勅許を得た参議以上の公卿は帯剣し、時代の変遷と共に儀式に用いる儀礼的な服となっていった。
 文官の着る縫腋(ほうえき)の袍と、武官の着る活動しやすい闕腋(けってき)の袍に大別される。
 束帯は、伝統ある、日本の天皇・公家・武官が用いる正装である。
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2008/7/4


付け下げ Tsukesage 

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 付け下げ(つけさげ)とは、日本の女性用の和服である。
 正装と普段着の間に位置するとされる着物で、正装との違いは絵羽模様がない事と、家紋が入っていない事とされる。
 絵羽模様とは、左右の身頃や肩から袖にかけて模様がつながっていない事である。
 元々は、華美な訪問着が禁止された第2次大戦戦時下に考案された模様つけの方法、またはその着物の事で、訪問着のように仮仕立てにして絵羽模様を描かず、反物の状態で、着た時に模様が全て上を向くように描いたものであった。
 パーティー、小さな集まり、観劇など、訪問着を着て行くには少し大げさな場面で着用する。
 また、その控え目な模様は、茶席の着物に向いており、茶人の着物としても重宝されている。
 付け下げは、未婚、既婚を問わず着られる、準礼装に近い女性用の着物である。
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2008/1/8


彩絵檜扇 Saiehiougi Saie-Hiogi Fans

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 彩絵檜扇(さいえひおうぎ)は、平安時代に誕生した美術品。檜の薄板で作られた扇で、豪華絢爛な彩色が美しい。
 主に宮中においての儀式に際し、公家の男女が正装する際に装身具のひとつとして用いられた。位により板の枚数が異なる。現在は熱田神社に1握、厳島神社に5握、熊野の阿須賀神社に1握を残すのみとなっている。
 糸巻の檜の薄板の表裏に、胡粉(ごふん)の下地を施し、雲母(きら)を塗る。上に金銀箔、野毛砂子(のげすなご)を贅沢に散らし、濃厚な岩絵具を使って絵柄を施す。花鳥風月や公達(きんだち)、女房などの人物をモチーフに軽妙な筆致で彩色、絵巻物のような実に華やかな趣をかもし出している。
 彩絵檜扇は国の国宝および重要文化財に指定されている。
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2007/9/7


紬織 Tsumugi-ori Tsumugi Silk Textil

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 紬織(つむぎおり)は、真綿から紡ぎ出した糸を経緯に用い、手織りで織り上げられた織物である。
 屑繭などから真綿を作り、指先で糸にしたものを手紡ぎ糸あるいは紬糸といい、それらを用いることから紬織と呼ばれるようになった。
 手紡ぎ糸独特の微妙な凹凸から生まれる風合いや鈍い光沢が特徴で、また、非常に丈夫なことから、古くから日常衣料や野良着などの作業着として用いられていた。
 このため、例え絹であっても正装には用いられなかったが、江戸時代のいわゆる”粋”を愛した通人たちが、その色合いや絹なのに落ち着いた光沢を持つ風合いに渋さを見出し、さりげなく趣味の良さを主張できる粋な反物として、外出着やお洒落着に用い、人気を博した。
 非常に丈夫な分、織りたては生地が硬く、着心地が良くないため、裕福な商人は番頭などに着せて、やわらかくなったところで自分で着用したという逸話もある。
 織りたての硬いものを羽織って、落語よろしく粋がってみるのも良いかも知れない。
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2007/5/22


小紋 Komon 

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 繰り返した模様の型染め、もしくは手書きの女性用の着物のこと。
 訪問着や付け下げは肩の方が上になるよう模様付けされているが、小紋は上下に関係なく模様が入っている。
 主に江戸小紋、京小紋、加賀小紋等があり、通常、正装、礼装として用いることはできない。江戸小紋は、諸大名の裃(はかま)の模様として始まり豪華さを競ったため規制が加えられ、遠くから見た場合には無地に見えるような高い技術の細かな染色が行われるようになった。そのため、背中に一つ紋を入れることで、礼装に準じたものとなる。
 小紋は、華やかなものが多く、一般にファッション性が高いため、訪問着や、華やかな場所に行く時にでも、お洒落を楽しめる着物として人気が高い。
 また江戸小紋の代表的な模様に、「鮫」「行儀」「角通し」などがある。
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十二単 Jyunihitoe 

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 五衣唐衣装(いつつぎぬ)もしくは、女房装束といい、平安時代からの女性貴族の正装。
 はじめて、十二単という言葉が使われたのは、鎌倉時代に編まれた『源平盛衰記』。建礼門院平徳子の装いを、「弥生のころなれば藤がさねの十二単を召されたり」と記している。
 実際に、十二枚の着物を重ねるわけではないが、小袖(こそで)、袴(はかま)、単(ひとえ)、五枚の五衣と呼ばれる袿(うちぎ)、打衣(うちぎぬ)、表衣(おもてぎぬ)、裳(も)、唐衣(からぎぬ)を着るため、総重量は一〇キログラムから、二〇キログラムにも及ぶ。
 着つけの際には、二本の紐を組み合わせて、常時一本の紐で留めるが、一人で着ることができないため、前から補助する前衣紋者、後ろから補助する後衣紋者が付いて着つける。
 季節や儀式によって、袿の組み合わせが決まっており、色の組み合わせ毎に固有の呼び方があった。
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2007/4/26


帯 Obi 

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 着物の上から腰に巻きつけ、着物を体に固定する細長い布を指す。
 起源は明確ではなく、形状の差異はあるが世界各地に存在する。
 日本の帯は平安時代、正装である束帯に石帯と言われる革の帯に身分ごとの石を飾った、現在のベルトに近い形状の帯が使われていた。
 戦国時代には紐状の簡易なものが用いられたが、江戸時代に世情が安定し、歌舞伎の流行により女性がより女性らしさを強調するため、幅広い帯を背中で結ぶ等多くの種類の帯が生まれた。
 女性向けのものでは正装に用い、現在でも結婚式で使われる幅の広い丸帯、袋状の形状の袋帯、袋帯を簡略化した名古屋帯などがあり、着物の飾り、主役として用いられてる。男性用は幅の短い角帯、幅の長く柔らかい兵児帯に大別される。
 結び方にも多くの種類があり、慶弔や時節、気分やファッションなどでも使い分けることが出来る、非常に自由度の高い装飾品である。
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2007/4/3


行田足袋 Gyoda-tabi 

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 江戸時代の明和2(1765)年の「木曽東海両道中懐宝図鑑」という本に、「忍のさし足袋名産なり」とあり、行田の足袋が名産品だったと記されている。 「さし足袋」とは刺子にした足袋のこと。
 行田は木綿の産地でもあり、近くに中山道が通っていたことで、旅行や作業用の足袋づくりが盛んになったと考えられている。
 明治時代になるとミシンが使われるようになると、足袋の生産量は増大し、更にミシンの動力化も進み、名実ともに行田の足袋は日本一となった。
 現在では、足袋を履く機会も少なくなってきたが、結婚式や七五三、成人式などの儀式の時、正装に和服を着る人など、需要が尽きることはない。
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