NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/1/30


黒川岬 Kurokawa-misaki 

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 黒川岬(くろかわみさき)は、鹿児島県姶良郡加治木町から錦江湾(きんこうわん)に向かって突出した岬で、錦江湾をたたえた桜島の雄姿を望める名スポットである。
 湾奥になるため海面は静かで、沢山の小魚が泳いでいる様子を楽しむ事ができる。またシーカヤックでこの周辺を通過するとイルカと遭遇する事もあるという。
 朝鮮の役の際、陣僧として名将・島津義弘に仕えた鳳山が、晩年にこの地で「鳳山軒」という庵を結んで過ごした。第一八代藩主・島津家久は度々この庵を訪れ、黒川山に咲いた花々が鏡面のような波に映り込んだ様子を錦に例えて「浪のおり・かくる錦は磯山の・梢にさらす花の色かな」と詠み、ここから鹿児島湾の別称・錦江湾の名が起こったと言われている。
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2007/9/21


知林ヶ島・小島 Chirin-ga-shima Ko-jima Chiringashima and Kojima

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 知林ヶ島・小島(ちりんがしま・こじま)は、鹿児島県指宿市東方の霧島屋久国立公園内にある無人島である。
 知林ヶ島は、田良岬北方海上に浮かぶ周囲3kmの島で、小島は知林ヶ島から北に約320m離れたところに浮かんでいる、更に小さな島である。
 干潮時には浅瀬が露出し、さつま半島から知林ヶ島まで歩いて渡れるようになる。また、小島の周辺は絶好の釣り場ともなっている。
 昔は、島の周りにクロマツ林が鬱蒼と茂り、浜風に揺られる葉の音がチリンチリンとこすれ合って聞こえたので「知林ヶ島」という名前となったと伝えられる。
 現在はマツクイムシの被害でほとんどなくなってしまったが、小島には立派なクロマツ林が残っている。
 知林ヶ島・小島は、コバルトブルーの錦江湾に浮かぶ、美しい景勝地である。
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2007/4/6


桜島 Sakura-Zima 

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 桜島は、鹿児島県の薩摩半島と大隅半島に挟まれた錦江(きんこう)湾(鹿児島湾)に浮かぶ東西12km、南北10kmの半島である。大正三(1914)年の噴火で大隈半島と陸続きとなった。
 桜島は島(半島)全体が標高1117mの御岳(おんたけ)という海上活火山によって形成され、日本200名山にも選ばれている。まさに海からそびえる山である。
 御岳は富士山と同じコニーデ型の複式火山(北岳・中岳・南岳)で、南岳は今も活発な噴火活動が続き、古代より30以上の噴火の記録が残されている。
 東シナ海に沈む夕陽をうけ、その身を緋色に染めて、どこまでも静かな深い藍色の海に浮かぶ。
 遠い遥かな昔から、この地の人々の心に宿る山である。
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名勝仙巌園 Meishou-Senganen 

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 仙巌園(せんがんえん)(通称・磯庭園(いそていえん))は、鹿児島県鹿児島市吉野町磯にある国指定の名勝地。
 万治元(1658)年、第十九代島津家当主(薩摩藩第二代藩主)島津光久が、別邸として造営して以来、今日まで代々の島津家の当主に受け継がれている。
 目前の桜島を築山に、錦江湾を池にみたてるという雄大な大自然を借景にしたこの庭園は、天下の名園として名高く、その景勝のみならず構図自身が感動的である。 
 幕末には、1万5000坪もの敷地内に、第二八代当主(十一代藩主)島津斉彬による日本最初の洋式産業事業「集成館事業」が展開され、近代日本の発祥の地でもある。園内には反射炉跡や御殿、日本初のガス灯・鶴燈籠、曲水の庭など、見所が多い。日本で最初にガス灯が点灯したのもこの場所である。
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