NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/11/15


徳島 常楽寺 Tokushima Jouraku-ji 

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 四国霊場第一四番である常楽寺(じょうらくじ)は、弘仁六(815)年、この地で修行を積んでいた弘法大師が建立したとされる。
 修行中に、化身した弥勒菩薩が多くの菩薩を従えて現われ説法を行ったので、大師は霊木にその姿を刻んで堂宇を立て、本尊にしたといわれている。このように弥勒菩薩を本尊にしているのは八十八箇所霊場のなかでは唯一である。弥勒菩薩は未来仏ともいわれ、釈迦入滅後、五六億七千万年後にこの世に下世し、民衆を救済されると伝えられている。
 また庭石を波のように配した流水岩の庭、七福神の庭など端正な庭に囲まれた寺でもある。
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2007/8/22


成田山新勝寺 三重塔 Narita-san-shinshou-ji Sanjuu-no-tou 

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 真言宗智山派の大本山である成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)は、天慶三(940)年に寛朝大僧正(かんちょうだいそうじょう)によって開山された。
 不動明王をご本尊とし、全国より年間千三百万人の参詣者で賑わう。お不動さまは、真言密教の根本仏である大日如来の化身である。江戸期から「成田のお不動様」とよばれ親しまれてきた。
 三重塔は高さ二五メートルあり、正徳二(1712)年に竣工したもので、大工棟梁は桜井瀬左衛門であった。屋根は銅板葺で、柱などの軸部材に種々の地紋彫りを施している。
 また、軒下の組物から斜め下方に突き出ている構造材の尾垂木(おだるき)の頭が、通常と違い龍に変身している。唐様といっても、軒高には垂木を使用する代わりに、雲海模様の極彩色彫刻を見せる装飾豊かな板軒なのである。幾重もの雲海を泳ぎ回る数多の龍神様の姿は圧巻である。
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2007/8/3


宮袋枡取り舞 Miyabukuro-masutori-mai Miyabukuro Masutori-mai Dance

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 宮袋枡取り舞(みやぶくろますとりまい)は、宮城県大崎市古川大宮にて伝えられてきた民俗芸能である。毎年9月に実地される宮袋鹿鴨(みやぶくろしかがも)神社祭典に奉納されている。
 古くから県内で踊られてきたもので、めでたいほめ言葉を言い立てて舞われる「囃子舞」といわれる祝福芸の一種とされ、昭和一七(1942)年に仙南地方から宮袋に伝えらたと言われる。
 半纏にももひき・たすきに鉢巻・紅白足袋姿の舞手が、それぞれ片手に一升枡を持ち、太鼓・鉦・唄のリズムに、米を計るしぐさをやや大げさに舞い踊る。
 踊りの半ばからは田圃の神の化身である「道化」も入って一緒に舞い、踊りの終了時には舞手と道化により、豊年満作を願い祝し、会場一杯に紅白の餅が撒かれる。
 宮袋枡取り舞は、五穀豊穣を祈り、豊作に感謝する素朴な踊りとして伝わる民俗芸能である。
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2007/7/27


宮城 白鳥神社 Miyagi Shiratori-jinja 

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 宮城の白鳥神社(しらとりじんじゃ)は、宮城県柴田郡村田町七小路にある神社である。祭神は、日本武尊。
 伝説では、景行天皇(紀元前13~紀元後130)が、亡き皇子日本武尊を偲んで大宮白鳥宮を建立したと伝えられている。
 前九年の役(1051~62)の時、八幡太郎義家が大蛇に化身した大藤に救われたという言い伝えが残されている。
 神社の参道をまたいで2株の老杉に巻きつく姿が大蛇のように見えることから「奥州の蛇藤(おうしゅうのじゃふじ)」と呼ばれている藤の木が、その大藤であるという。
 承歴二(1078)年、現在の本殿が改修された。
 宮城の白鳥神社は、他に欅・銀杏・杉などの大木が並ぶ、緑に映える古社である
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2007/6/19


北上みちのく芸能まつり Kitakami-michinoku-geinou-matsuri Kitakami-Michinoku Performing Arts Festival

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 北上みちのく芸能まつり(きたかみみちのくげいのうまつり)は、岩手県北上市にて毎年8月の第一土曜から三日間開催されている祭りである。東北六大まつりに指定されている。
 北上市は民俗芸能の宝庫と言われ、伝承活動をしている民俗芸能団体が多数存在する。
 祭りでは、街のあちこちで100を越す民俗芸能が披露される。
 開催期間中、昼から夜まで北上市内各地会場で鬼剣舞、鹿踊り、神楽などの実演が行われ、フィナーレを飾る最終日のトロッコ流しと北上川河畔での花火は、毎年とても混雑する。
 最も人気のある「鬼剣舞」は、仏の化身であるいかめしい鬼の面をつけた踊り手が勇壮に舞う、北上地方に1300年前より伝わると民俗芸能である。
 北上みちのく芸能まつりは、北上の夏を彩る大祭である。
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2007/6/12


鬼追い会式 Oni-oi-esiki 

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 鬼追い会式(おにおいえしき)とは、兵庫県姫路市の書写山にある円教寺にて毎年1月に行われる行事である。
 円教寺は天台宗の寺で「西の比叡」とも言われる名刹であり、鬼追い会式は開祖、性空上人が亡くなった1000年前から始まったとされる。
 会式では境内の邪気を焼き尽くして断ち切るため、赤鬼と青鬼が出てくる。赤鬼は毘沙門天の化身である若天、青鬼は不動明王の化身である乙天といわれ、赤鬼は槌を背負い鈴と松明を持ち、青鬼は宝剣を持つ。
 鬼であると同時に山の守護神であるため、角がないのが特徴である。
 かつて深夜に行われていた名残から、扉が閉じられて真っ暗になった摩尼殿の中を鬼がゆっくりと歩きたいまつを振り回す。
 鬼追い会式は、五穀豊穣と平和を祈る法会である。
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2007/6/8


能面 石王尉 Noumen Ishioujou Noh Mask Ishio-jo

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 石王尉(いしおうじょう)は、創作者・石王兵衛正友から名が取られたと言われており、老体の神あるいは柳や桜などの老樹の精を表している。
 尉(じょう)面とは老人の面のこと。老体の神で、序の舞いを舞う時に用いる舞尉として、この石王尉の他に舞尉(まいじょう)、皺尉(しわじょう)があり、品格が高く神の化身である老人の役に用いられる小尉類として、小牛尉(こうしじょう)、阿古父尉(あこぶじょう)がある。また、この世を去った人間が老人の姿を借りて登場する時に用いられる双髭尉類として、朝倉尉(あさくらじょう)、三光尉(さんこうじょう)、笑尉(わらいじょう)などがある。
 この面は他の尉面とはかなり雰囲気が異なっており、眼窩がくぼんだ伏し目がちな表情は、渋く苦味ばしっている。髪は植毛を結い上げ、顎鬚も植毛だが、口ひげは毛描き。総体的に様式化の意図が強く現れていて、舞尉の柔和さに比べると虚無感さえ感じさせる。能「遊行柳」、「西行桜」などに使われる。
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2007/5/24


積丹半島 神威岬 Shakotan-hantou Kamui-misaki 

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 神威岬(かむいみさき)は、北海道に位置する岬で、積丹半島北西部から日本海に突き出す形になっている「ニセコ積丹小樽海岸国定公園に属する。
 大海原へとダイナミックにせり出した神威岬の先端までは、駐車場から「チャレンカの小路」を歩く。この遊歩道の両岸には様々な海鳥たちが生息し、時にはハヤブサの姿が見られることも。冬には北の海からトドやアザラシ、オオワシなどがやってくる。岬の先端に辿り着いたとき、切り立った断崖と、積丹ブルーと形容される海岸美が眼前に広がる。海のはるか向こうには積丹岬が望め、海には「水無の立て岩」「カムイ岩」が浮かぶ。カムイ岩は神威岬のシンボルで、夏にはハヤブサ、冬にオオワシが止まることもあるという。このカムイ岩は、澄み切った海中に立ち尽くす乙女の化身だという伝説も残る。
 神威岬は、自然の動植物の宝庫。次世代に残したい北海道の宝物だ。
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