NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/4/4


切込の裸カセドリ Kirigome-no-hadaka-kasedori Hadaka Kasedori (Naked Bird Festival) in Kirigome

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 加美町宮崎の切込地区に「切込の裸カセドリ(きりごめのはだかかせどり)」という小正月の行事が古くから伝わる。一月一五日の夜に行われる行事で、現在では県の民俗文化財に指定されている。
 切込の裸カセドリは、火災を防ぐ火伏せと厄払いを祈願すること、そして肉体的な試練を受ける通過儀礼の意味合いもあるといわれており、一五歳以上の男子が参加する。
 まず、初めての参加者や新婚者、厄年の者は頭に藁帽子を被り、裸の腰に注連縄(しめなわ)をつけ、家々の訪問に先立って他の参加者から水を浴びせられるという。
 そして「へそび」と呼ばれる竈(かまど)の墨を、顔や体や手につけて集落の家々をまわる。家に上がった者達は家人に墨をつけて、新年の挨拶をしてから酒や食べ物のもてなしを受けるという、とても変わった祭りである。
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2007/10/31


神泉苑 Shinsen-en 

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 延暦一三(794)年、桓武天皇によって平安京が造営された際、大内裏の南にあった湿地帯を利用してつくられたのが神泉苑(しんせんえん)のはじまりである。常に清らかな神泉が湧き出ていることからその名が付いたといわれる。
 神泉苑は霊場としても知られており、天長元(824)年、干ばつのため淳和天皇の勅命によって弘法大師が雨乞いの祈祷をしたといわれる。この時天竺、すなわちインドから勧請したのが祈雨の神様である善女龍王(ぜんにょりゅうおう)で、それ以降善女龍王は神泉苑に住むようになり、善女龍王を祀るお堂が建てられた。
 また貞観五(863)年に疫病が流行り、神泉苑にて多くの御霊を鎮めるため御霊会が行われた。全国の国の数である六六本の鉾を立て、厄払いをしたのが、のちの京都三大祭のひとつである祇園祭のはじまりであるとされる。
 法成就池(ほうじょうじゅいけ)に架かる朱塗りの橋は法成橋という。願い事を一つだけ心に念じながら橋を渡り、善女龍王にお参りすると願望が叶うといわれている。
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2007/10/9


相模原 中野神社 Sagamihara Nakano-jinja Nakano Shrine in Sagamihara

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 相模原の中野神社(さがみはらのなかのじんじゃ)は、神奈川県相模原市津久井町中野にある神社である。祭神は御穂須々美命(みほすすみのみこと)、豊宇気比売命(とようけひめのみこと)、栲幡千々姫命(たくはたちぢひめのみこと)。
 承和二(835)年に創建され、元亀二(1571)年、再建されたと伝えられる。
 本殿は総浮彫、総檜造りの立派なもので、寺には茅輪(ちのわ)と言う輪があって、この茅輪をぐるぐると3回くぐれば厄払いの効果があるとされている。
 中野神社祭礼として、毎年7月の第4土曜日に神事、日曜日に祭事が行われている。300年の伝統がある祭りの際には、神輿が担がれ、6台の山車の囃子の競り合いはまさに圧巻の迫力がある。
 相模原の中野神社は、地元で篤く崇敬されている神社である。
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2007/8/7


滝山寺 鬼まつり Takisan-ji Oni-matsuri Oni Matsuri (Ogre Festival) at Takisanji Temple

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 滝山寺(たきさんじ)は、愛知県岡崎市滝町山篭にある天台宗の寺である。本尊は、聖観音。
 滝山寺の鬼まつり(おにまつり)は、毎年旧暦正月7日に近い土曜に行われる、天下泰平・五穀豊穣を祈り、三河路(みかわじ)に春を告げる祭りである。
 鎌倉時代に起源をもち、源頼朝の祈願から始まり、江戸時代、徳川三代将軍家光以後は、幕府の行事として行われていた。
 祭りのクライマックスの「火まつり」では、白装束の男たちが松明の火を手すりに叩きつけながら、寺のまわりを回り、竹でできた大きな松明が威勢よく鳴り、火の粉が粉雪のように舞う。
 本堂を焦がさんばかりに燃える松明と、鬼の乱舞が勇壮で、最後に厄払いとして燃え残った松明の枝を拾っていく。
 滝山寺の鬼まつりは、長い歴史を持つ壮大な祭りである。
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2007/7/11


雛祭り Hina-matsuri Hina Matsuri

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 三月三日の桃の節句に女の子のいる家で成長、幸福を願い行なわれる行事。
 ひいなまつり、上巳(じようし)の節句ともいわれる。
 中国の五節句の一つで、三月始めの巳の日の上巳に禊をして厄払いをしたことが起源とされる。
 日本では厄払いに人形をもちいていたが、これが「ひいな遊び」に使われた人形と結びつき、お雛様の原型となった。その後、雛人形を飾り、祀ることで幸せを祈る現在の姿となっている。
 お供え物の、菱餅は土台となるヨモギが邪気を払い、白酒は身を清め、蛤は貝のように合う相手を願うものであり、その他に多くの縁起物が子供の成長を祈って揃えられる。
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2007/4/6


照国神社六月灯 Terukuni-Jinja-Rokugatsudou 

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 照国神社(てるくにじんじゃ)は、鹿児島県鹿児島市照国町にある神社である。祭神は島津斉彬。
 文久三(1863)年、5年前に50歳で急逝した島津家二八代当主島津斉彬に勅命で照国大明神の神号が授与され、藩主島津光久によって、東照宮の建っていた場所に照国神社を建立した。
 六月灯(ろくがつどう)は、旧暦6月の間、南九州各地の寺社で開かれる夏祭り。もともとは、これから厳しくなる暑さに備えて病気や農作物の病虫害などの災厄払いを集落の神に祈願するものである。
 照国神社の六月灯は、各地で行われる六月灯の中でも最大であり、毎年およそ30万人を超す人出で賑わう大祭。
 幅2.5mの大灯籠をはじめ、約1000個の灯籠の明かりに彩られ、午後7時からの特設舞台では、地域の婦人会などによる舞踊や歌の奉納もある。
 照国神社の六月灯は、無数の提灯の明かりが、訪れた者を幻想的な世界へと運ぶ祭事である。
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2007/3/1


村松虚空蔵尊 Muramatsu-kokuzouson Muramatsu-san Kokuzo-do

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 平城天皇の勅額により、平安初期大同2(807)年、弘法大師によって創建された。
 平安末期より、約500年の間、領主佐竹氏の保護を受け、近世には徳川家康公より朱印五十石を寄進され、光圀公の庇護のもと朱印寺として栄えてきた。
 本道の奥には村松大神宮があり、大神宮は桓武天皇の時代、伊勢神宮の御分霊を奉斎したと伝えられている。
 古くから13才の男女がここに参拝し災難を払い、1代の開運を祈る「十三詣り」で有名である。
 現在は真言宗豊山派に属し、伊勢の朝熊虚空蔵尊、会津の柳津虚空蔵尊とともに日本三体のひとつとして、厄払い・出世開運を祈願する多くの参拝者が訪れとぃる。
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2007/2/23


川下祭り Kawasuso-matsuri 

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 夏本番を迎える7月、兵庫県新温泉町では、川下(かわすそ)祭りが行われる。これは、但馬三大祭りのひとつで、毎年7月19日から3日間にわたり、宇野都神社で行われる。
 起源は江戸時代中期に遡り、厄払いの行事としてはじまったという。京都の祇園祭の影響を色濃く受けているとされる。
 祭りは、県指定重要文化財の「麒麟獅子」を宇野都神社に奉納する儀式ではじまる。その後町中をにぎやかに麒麟獅子と神輿が練り歩く。最大の見ものは、榊(さかき・神木のこと)と神輿のぶつかり合い。その臨場感に、町全体が酔いしれる。
 最終日の夜には約3千発の花火が打ちあがり、祭りを華やかに締めくくる。
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