NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/5


滝原の顕拝 Takihara-no-kenbai 

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 滝原の顕拝(たきはらのけんばい)は、宮城県仙台市太白区に伝わる県指定の民俗芸能で民俗文化財でもある。室町時代に広まった念仏踊をルーツとした、古態の念仏剣舞である。仙台では剣舞は多いが顕拝と記されているものは他にはなく、いわれは不明である。
 現在は伝教大師の弟子である慈覚大師によって建立された、秋保大滝不動尊の春祭に演じられている。
 踊りの装束(しょうぞく)は、日天役と月天役の踊手がその「建物」を、他の者は幣束(へいそく)を立てたざんぎりをかぶり、面を付け、長袖、裁著、襷、手甲脚絆、白足袋、切緒の草鞋をはき、剣を振り回しながら踊る。
 笠回しは長袖、腰帯、広帯、白足袋、切緒草鞋の女装で、紅白それぞれの幕を垂らした笠をかぶる。二つの笠には能で演じられる松浦小夜姫の人形と大蛇の作りものが乗せられている。
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2008/8/13


詩吟 Shigin 

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 詩吟(しぎん)とは、漢詩や和歌などを独特の節回しで吟じ、歌う日本の伝統芸能である。
 日本語の言葉の語尾の母音を長く引き、そこに「節調」という独特の旋律を付加する唄い方の事を言い、詩吟を行う事を吟詠(ぎんえい)と言う。
 古くは中国から漢字が伝わった奈良・平安時代から、漢詩に節をつけて自由に歌っていたと言われている。
 今の詩吟の起源は、幕末・維新の頃、漢詩を吟唱する事が武士階級の間で流行し、今日行なわれている吟詠の直接の起源となった事に由来する。
 吟じ方には、一人で吟ずる独吟、数人で交互に吟ずる連吟、大勢の人が一緒に吟ずる合吟などがあり、剣舞を織り交ぜる事もある。
 詩吟は、現在では短歌や近体詩など漢詩以外の日本語でも吟詠されている、伝統芸能である。
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2008/4/4


花取り踊り(高知県斗賀野) Hanatori-odori (Kouchi-ken Tokano) Hanatori Odori in Tokano in Kochi Prefecture

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 高知県高岡郡佐川町斗賀野地区では、白倉神社と美都岐神社の二ヶ所で花取り踊り(はなとりおどり)が開催される。
 花取り踊りは中世から伝わる「太刀踊り」の一種。花取城という難攻不落の城の前で、寄手(よせて)は里人を集め、太刀を抜き踊ってみせた。盆踊りかと城の護衛が油断したところを攻め取った、という逸話から生まれている。
 一一月初旬の朝、ワラで作った実物大の馬が境内に据えられ、二人の天狗が長い竹棒を手に立つ。やがて太鼓のリズムに合わせて花傘をかぶり、青い衣装に太刀をもった踊り手が12名ほど並んで鳥居をくぐって現われる。続いて元気なお囃子とともに子供神輿が登場する。
 踊り手はしだいに輪になって境内を踊りはじめる。剣舞のようないでたちで躍動感あふれる踊りだ。その間二人の天狗はその間観客に近づき、からかう。
 踊りはおよそ一時間続き、最後に餅投げをして終了する。
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2008/3/4


六原張り子 Rokuhara-hariko 

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 六原張り子(ろくはらはりこ)は、岩手県金ヶ崎町で、主に和紙を用いて作られている伝統的な張り子である。
 その興りは昭和三十(1955)年ごろと比較的新しく、木彫りのお面が不足したための代用として、張子でお面を製作したことから始まったとされる。
 その後、金ヶ崎で昭和四八(1973)年から本格的に作られるようになって次第に全国にもその名を広め、現在に至っている。
 製作には県内産の和紙を用い、通常の張り子とは違って裏から何枚も重ね貼っていく独自の「裏張り」技法を駆使して、郷土芸能に用いられる鬼剣舞面や神楽面、またその年々の“干支”の人形などを作っている。
 裏張り技法を用いる事でより細かな造形を行うことができ、軽くて丈夫、ユニークな造形をもった和紙面や和紙人形を数多く生み出している。
 上向き加減になっている目が特徴で、色合いも素朴なものが多く、手作りならではの温かみを持った味わい深い張り子だ。
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2007/9/7


福岡の鹿踊・剣舞 Fukuoka-no-shishi-odori Ken-bai The Deer Dance and the Sword Dance in Fukuoka

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 福岡の鹿踊・剣舞(ふくおかのししおどり・けんばい)は、宮城県仙台市泉区に伝わる民俗芸能。
 剣舞は慶安ニ(1649)年に、鹿踊は寛政四(1792)年に、それぞれこの地の福岡村、現在の白石市に伝えられたといわれている。
 両者は一対の踊りである。当初は両方とも祖先供養のためのものであったが、後に、鹿踊は天災や自然からの難を逃れ五穀豊饒を願うため、剣舞は悪霊を退散させ、天下泰平を祈り演じられるものなった。
 装束、唯子、踊歌、舞振等の様式や慣行は古い修験道の信仰の形を色濃く残している。
 岩手県の南部から宮城県北部にまで広く分布する鹿踊の流祖ともされている。
 元和元(1615)年に伊達秀宗が四国宇和島藩主に任した時に伝えたといわれる鹿踊も、この踊りの特色を強く伝承している。
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2007/8/16


上谷刈の鹿踊・剣舞 Kamiyagari-no-shishi-odori Ken-bai The Deer Dance and the Sward Dance in Kamiyagari

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 上谷刈の鹿踊・剣舞(かみやがりのししまい・けんばい)は、宮城県仙台市で伝承される念仏踊り。祖先供養の踊りであり、併せて災禍や病虫害を除き、五穀豊穣を祈願するとされる。毎年5月と10月に賀茂神社で行われる例祭である。
 この芸能の起源は江戸時代に遡る。慶安年間(1648~1651)に、八幡町龍宝寺門前の籐九郎が祖と伝えられる。
 鹿踊は太鼓を持ちながら踊る、歌う、叩くという動作をひとりで行う大変難易度の高いもの。剣舞では、演者が鳥羽毛や毛ザイ、仮面を着け、剣を振り回しながら踊りを舞う。「鹿踊」と「剣舞」は不即不離の関係にあり、一対として受け継がれている。
 上谷刈の鹿踊・剣舞は、県の無形民俗文化財に指定されているという。
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2007/7/30


川前鹿踊・川前剣舞 Kawamae-shishi-odori Kawamae-ken-bai 

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 川前鹿踊・川前剣舞(かわまえししおどり・かわまえけんばい)は、宮城県仙台市青葉区芋沢に伝わる行事である。国の選択重要民俗文化財となっている。
 仙台城下八幡堂に伝わっていた鹿踊と剣舞が川前に相伝されたもので、藩から鹿踊の幌幕に絹布の使用を特に認められたといわれる。
 鹿踊は稲の害虫を退治するため、また剣舞は盆の念仏供養であるが、この地ではこの両者がなぜか一体となっている。
 鹿踊は昔、稲に害虫が発生した時に、10頭の鹿が現れてこれを退治し豊作をもたらしたという伝説から、五穀豊穣を祈る踊りともされている。
 剣舞は4曲で、勇壮な踊りの中にもユーモラスなステップがあるのが特色である。
 川前鹿踊・川前剣舞は、長い伝統を誇る民俗芸能である。
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2007/6/19


北上みちのく芸能まつり Kitakami-michinoku-geinou-matsuri Kitakami-Michinoku Performing Arts Festival

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 北上みちのく芸能まつり(きたかみみちのくげいのうまつり)は、岩手県北上市にて毎年8月の第一土曜から三日間開催されている祭りである。東北六大まつりに指定されている。
 北上市は民俗芸能の宝庫と言われ、伝承活動をしている民俗芸能団体が多数存在する。
 祭りでは、街のあちこちで100を越す民俗芸能が披露される。
 開催期間中、昼から夜まで北上市内各地会場で鬼剣舞、鹿踊り、神楽などの実演が行われ、フィナーレを飾る最終日のトロッコ流しと北上川河畔での花火は、毎年とても混雑する。
 最も人気のある「鬼剣舞」は、仏の化身であるいかめしい鬼の面をつけた踊り手が勇壮に舞う、北上地方に1300年前より伝わると民俗芸能である。
 北上みちのく芸能まつりは、北上の夏を彩る大祭である。
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