NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/3/31


トカゲ岩 Tokage-iwa Tokage-iwa (Lizard Rock)

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 島根県沖に浮かぶ隠岐の島。隠岐島後(どうご)の東部、標高563mの鷲ヶ峰(わしがみね)の北西1kmの場所に「トカゲ岩」がある。まさにその名の通り、トカゲの形をした岩が、崖をよじ登るようにして張り付いている。中谷林道終点の駐車場から「自然回帰の森」遊歩道に入り、50m進んだ地点からトカゲ岩を展望することができる。そこからさらに100m進めば、東屋(あずまや)と並んで展望台があり、説明板も設置されている。
 トカゲ岩は、岩山の岩質の異なる部分が長年の雨風によって浸食され、全長約30mにわたり浮き上がって取り残された奇岩で、学術的にも貴重なものである。前足は数年前の地震で落ちたという。これからも時の経過と共に、姿形を変えて行くに違いない。
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2008/1/15


雉(キジ) Kiji 

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 雉(きじ)は日本の国鳥である。
 雄は長い尾を持ち、体は全体的に深緑色をしており、目の周りには赤い肉腫がある。きれいな緑と赤のコントラストがとても美しい鳥である。走るのは速いが、飛ぶのが苦手ともいわれている。
 紙幣のモチーフに選ばれたり、桃太郎などの昔話に登場したり、ことわざや慣用句にも多く登場する。また、白い雉は吉祥として古来より大切にされ、飛鳥時代の650年には、長門国(山口県の西)より白雉が献上され、「白雉」と改元された。
 「朝キジが鳴けば雨、地震が近づけば大声で鳴く」という予知能力なども、昔からの言い伝えとして今も残され、古事記には、雉を「きざし」と呼んでいる箇所がある。
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2007/10/15


満濃池 Mannou-ike Manno-ike Pond

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 満濃池(まんのういけ)は香川県仲多度郡満濃町にある、日本最大の灌漑用のため池である。別名・満濃太郎とも呼ばれており、貯水量1540万トンの大きさを誇っている。
 大宝年間(701~704)、讃岐の国守であった道守朝臣(みちもりあそん)の創築と伝えられている。しかしその後池は決壊、長い年月の間放置されたままであったが、弘仁一ニ(821)年に空海がわずか三ケ月たらずで修復拡大した。その労力もむなしく、満濃池はその後も決壊を繰り返した。
 寛永ニ(1625)年に生駒讃岐守は、家臣であり土木工事の名人である西嶋八兵衛に修復を命じた。八兵衛は期待に応え、寛永八(1631)年に完成させたが、その後も大地震などで池は数回に渡り決壊、その都度、多くの人々の努力によって修復されてきた。
 現在の満濃池は昭和三四(1942)年に完成したものである。
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2007/10/5


大島 シュードタキライト Ooshima shudo-takiraito 

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 シュードタキライトは、断層が高速で動いた時に両側の岩石が摩擦熱によって溶け、それが急激に冷えて固まってできる黒色ガラス質の岩である。古い時代に地震を発生させた震源断層そのものであり、「地震の化石」と呼ばれる。
 大島(おおしま)は、八幡浜市(やわたはまし)沖合の宇和海に浮かぶ5つの島からなる。大島本島の南端部に、約500mにわたって分布する大島変成岩の最下部には、シュードタキライトが発達している。これを含む断層帯は3帯あり、それぞれ幅2~3m、長さ10~50mで国内最大級。今から5~6千万年前の、当時の中央構造線の活動に伴って形成されたと考えられている。
 大島のシュードタキライトは、1995年に発見された。規模が大きく学術的にも非常に価値の高いものであることから、市の天然記念物に指定されている。八幡浜市図書館の入り口には、シュードタキライトが展示されている。
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2007/10/4


大瀬神社 Ose-jinja Ose Shrine

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 大瀬神社(おせじんじゃ)は、静岡県沼津市西浦江梨にある神社である。祭神は、引手力命(ひきたぢからのみこと)。
 引手力命神社というのが正式な名前で、大瀬神社は別称であり、他に大瀬明神とも称される。
 創建時期は不明であるが、白鳳一三(684)年の大地震に伴って海底が突然隆起して琵琶島が出現したため、同時期の地震で多くの土地が海没した土佐から、神が土地を引いてきたのだ、と考えた人々が引手力命を祀ったのが最初、とも言われている。
 境内にある神池は、海から間近の所にあるにもかかわらず淡水の池であり、伊豆七不思議の一つに数えられている。
 駿河湾漁民の信仰の象徴で、海の守護神として知られており、古くから漁民の描いた絵馬や漁船模型が多数奉納されている。これらの奉納物は、歴史的にも貴重とされ、県の有形民俗文化財に指定されている。
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2007/9/21


大瀬崎 Oose-zaki Osezaki

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 大瀬崎(おおせざき)は、静岡県沼津市西浦江梨にある駿河湾に約1km突き出した半島である。別名、琵琶島とも呼ばれる。
 伝承によると、白鳳一三(684)年、大地震に伴って海底が突然隆起し、琵琶島として出現したのが始まりとされる。その後砂州が形成され、現在の半島となった。
 海越しに日本一の富士山をのぞむ景色は古くから名勝の地と知られ、訪れる者が後を絶たない。
 日本では最北端のビャクシン樹林の自然群生地としても有名で、岬の外海側の遊歩道沿いに、樹齢1000年を越えるビャクシンが群生しており、国の天然記念物に指定されている。
 ダイバーのメッカとしても知られ、海洋の安定性と生物の種類の豊富さが魅力と言われる。
 大瀬崎は、広く海外にもその名を知られている景勝地である。
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2007/8/30


大洗磯前神社 Ooarai-isozaki-jinjya Oarai Isozaki Shrine

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 茨城県大洗磯浜にある大洗磯前神社。創立は斉衡三(856)年。
 その頃、度々地震が発生して、人心が動揺し、国内が乱れていた。大己貴命(大国主神)はこうした混乱を鎮め平和な国土を築くために降臨されたと伝えられている。
 時代が下り、永禄年間(1558~1569)には兵乱のために、社殿以下の諸建造物がことごとく焼失。その後、江戸時代になって、水戸藩主徳川光圀は元禄三(1690)年、社殿の造営を起工し、次いで綱條の代には本殿、拝殿、神門にいたるまでの建造が完成した。
 現存する社殿、神門等は当時の建造物で、社殿の彫刻と共に徳川初期の様子を偲ぶ文化財として貴重なものとなっている。
 商売繁盛、家内安全、陸海空の交通安全、厄除招福、諸願成就の守護神、更には酒造の大神、病難に苦しむ人々を治癒してくださる医療厚生の大神と仰がれている。
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2007/8/15


象潟 蚶満寺 Kisakata-kanman-ji 

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 蚶満寺(かんまんじ)は曹洞宗の寺院で、秋田県にかほ市象潟町に位置する。
 仁寿三(853)年、慈覚大師により開基されたと伝わり、正嘉元(1257)年、北条時頼により再興された。
 本尊は釈迦牟尼仏、境内には江戸時代の建立とされる山門、地蔵堂などが立ち並ぶ。
 元禄二(1689)年、松尾芭蕉が訪れ、「象潟や 雨に西施が ねぶの花」の句を詠んだ、現在境内には芭蕉の像と句碑が残る。
 近隣一帯は元々、「象潟八十八潟、九十九島」と呼ばれた大小の島々の浮かぶ入り江だったが、文化元(1804)年の大地震により土地全体が隆起し、干潟となった。
 近隣は田園地帯となっているが、当時、蚶満寺二十四世覚林が島を崩すことに反対したおかげで、現在、60余の島跡が残り、その姿を見ることができる。
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