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2007/12/6


小泉の水祝儀 Koizumi-no-mizu-syuugi Mizushugi (Water Celebration) in Koizumi

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 加美町小泉地区に伝わる「小泉の水祝儀」は毎年二月ニ日に行われている。
 小泉の水祝儀は、前年結婚した夫婦とこの地区に住んで満一年以上経つ夫婦のための祝いの儀式である。家内安全や子宝、安産の祈願の意味も込められている。
 盛装した夫婦達が、講の人々が手を取り合って作る鳥居をくぐり抜け、会場に祀られた道祖神に礼拝する。そして講組織への加入資格を認めてもらうという。
 そして、参加者全員の額に墨で「水」の字を書き、冷酒を酌み交わして祝う。
 その後、集落の家々を回り、「火伏せ」の掛け声とともに柄杓で屋根に水をかける火伏せの行事を行うという。
 かつては県内各地で行われていた水祝儀だが、そのほとんどが廃絶したとされており、ほぼ旧態のまま伝承され続けている小泉の水祝儀は貴重な伝統文化である。
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2007/11/28


本山寺 三重塔 Honzan-ji Sanjuu-no-tou 

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 岡山県美咲町にある天台宗岩間山本山寺(いわまさんほんざんじ)。別名、岩間観音。
 白鳳七(679)年、役行者が創建し、奈良時代に唐より帰化した鑑真和上が再建したと伝えられる。岡山県東北部の美作地方(みまさかちほう)では最も古いお寺である。
 鎌倉時代の僧、法然上人の父母が子宝に恵まれるよう祈り続けたところ、後に法然となる勢至丸(せいしまる)を懐妊したと伝えられるゆかりの寺でもある。
 江戸時代に津山藩主となった森家と松平家の霊廟があり、徳川幕府の祈願所でもあった。
 境内の奥にある三重塔は純和様で、高さ二六・五メートル。国の重要文化財に指定されている。津山藩主、森長継が承応元(1652)年に再建したもので、屋根は檜皮葺、外部は木彫りが太く堂々とした姿を見せている。樹齢300年以上のカゴノキや杉木立に囲まれ、静謐な時間が流れる場所である。
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2007/7/24


尾道ベッチャー祭り Omichi-Beccha-matsuri Betcha Festival in Onomichi

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 尾道ベッチャー祭りは、広島県尾道市で毎年十一月一日から三日まで行われる奇祭である。
 その始まりは江戸時代に流行した疫病の厄除けにあり、「ベタ」「ソバ」「ショーキー」と呼ばれる鬼の面をつけた若者たちとその先払いとしての獅子が町内を練り歩いて厄病を追い払ったものが、後に祭りとして行われるようになったとされている。
 神輿や獅子と共に市内を練り歩き、子供たちを見かけると追いかけまわして、ショーキーは手に持ったササラ竹で頭を叩き、ベタやソバは祝い棒で体を突く。
 そうすることで、一年間の無病息災が得られるといわれ、小さな子供を抱いた親などは、怖がる子供を無理やり鬼の近くへと連れ出す光景も見られる。
 また、ショーキーのササラ竹で叩かれると頭が良くなり、ソバとベタの祝い棒で突かれると子宝に恵まれるともいわれ、子供だけでなく、大人達もこぞって鬼を取り囲む。
 ありがたいご利益はあるが、子供達にはちょっと大変な三日間だ。
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2007/5/14


磯良神社 Isora-jinjya 

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 宮城県色麻町にある磯良神社は、色麻町ののシンボルである河童を御神体にした珍しい神社である。
 今から約1200年前の延暦二二(804)年、征夷大将軍坂上田村麻呂が東夷征伐の時に、常陸国鹿島郡から磯良明神を勧請して祀ったのが始まりと伝えられる。阿度目神や河童明神とも言い、広くに「おかっぱ様」という名で知られている。元は、ここより南方にあった真山三十郎(大崎氏の家臣)の屋敷の氏神として祀られていたが、後に現在の色麻町に移された。木彫りの河童の像を御神体としており、縁結びや子宝に御利益があると言われている。御神体は60年に一度、開帳される。
 この神社の宮司は代々「川童」という姓を名乗っている。
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2007/4/27


宮城 釣石神社 Miyagi Tsuriishi-jinja 

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 釣石(つりいし)神社は、宮城県石巻市北上町十三浜にある神社である。
 祭神である天児屋根命(あめのこやねのみこと)は、知恵と学業の神様である。ご神体は断崖に釣り上げられた周囲14mの巨岩「釣石」と、その下にある巨石(8m×4m)であり、陰陽神として崇拝されている。
 古くは産土沢という山上に祭られ、釣石権現、つるいし神社と呼ばれていた。
 昭和五三(1978)年の宮城沖地震にも耐え、落ちそうで落ちないことから受験の、釣の字から大漁の、陰陽神から夫婦円満・縁結び・子宝の、横から見た釣石が亀の頭に似ていることから満年長寿の、ご利益があるなどとされている。
 境内には、北上川河口に唯一残る唐船御番所跡の見張台もある。
 釣石神社は、古くから名跡として大切にされてきた社である。
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2007/4/18


御箱崎 Ohakozaki Cape Ohakozaki

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 釜石市の箱崎半島先端部にあり、広大な千畳敷や岩礁、入り江などが広がり、大自然の海岸美が堪能できる。
 外洋に面しているので、海の色もひときわ美しく、荒れたときには大きな波しぶきに圧倒される。
 
 北側には大きく広がる海、南側には花崗岩の巨大な奇岩が敷きつめられたような先端部は千畳敷とよばれ、花崗岩が重なり合って奇観を見せている。
 箱崎半島には縁結び、子宝、安産の神で知られる白浜神社のほか、半島端には無人の箱崎灯台、箱崎神社がある。
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2007/3/15


音無神社 Otonashi-jinjya Otonashi Shrine

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 音無神社は、静岡県伊東市音無町にある神社である。祭神は、豊玉姫命とされる。
 音無の森とよばれる一角にあり、伊東市の天然記念物のタブやシイの巨木が鬱蒼と茂り、境内は昼でも薄暗い。
 源頼朝と八重姫が逢瀬を楽しんだ場所と伝えられ、2人とその子供の千鶴丸を祭る摂社も建つ。
 天下の奇祭として知られる11月10日の尻摘祭が有名で、当日は話をすることが禁じられ、社殿の灯火をすべて消し、、暗黒の中で祭典が行われる。
 御神酒を廻す時、合図としてお尻を摘み、杯を廻わすのでこの名がついた、といわれている。
 祭典の当夜に社前で参拝客に授けるみかんの中の、種が入っているみかんを食べると子宝に恵まれるといわれている。
 音無神社は、安産の神を祀る歴史ある神社である。
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2007/2/14


一言主神社 Hitokoto-nushi-jinjya Hitokotonushi Shrine

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 一言主神社は奈良県御所市、葛城山に位置する神社である。
 正しくは「葛城坐一言主神社」と言い、一言主大神を祭神に奉る神社の総本社にあたる。
 一言主大神は雄略天皇が葛城山に登った際に現れ、天皇の問いに「吾は悪事も一言、善事も一言、言離の神、葛城の一言主の大神なり」と答え、天皇から武器、衣服を献上されたと言う。
 地元では一言だけ願いを聞いてくれる「一言さん」として広く親しまれている。
 境内には「乳銀杏」と呼ばれる樹齢1200年の大銀杏がそびえる。御神木でもあるこの銀杏には子宝に恵まれ、乳の出が良くなると言う伝説があり、参拝客が絶えない。
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