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2008/2/14


芦野公園 Ashino-kouen 

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 芦野公園(あしのこうえん)は、青森県五所川原市金木町芦野にある面積八〇ヘクタールの自然公園である。
 園内には、文学碑や歴史民俗資料館、津軽三味線発祥の碑のほか、ヒグマや鹿などのいる児童動物園、家族で遊ぶふれあい広場、そして面積五〇ヘクタールほどの芦野湖があり、湖には優雅に浮かぶ芦野夢の浮橋が存在する。
 日本さくら名所百選に選ばれている、二二〇〇本の桜と老松が湖畔に広がる所で、太宰治が少年の頃よく遊んだ場所とされる。
 特に桜の規模は津軽半島でも屈指のもので、毎年四月二九日から五月五日に行われる観桜会は、多くの人出で賑わう。
 また、この期間の一八時からは、桜並木と芦野公園の園内にあわせてぼんぼり一三五個点灯し、幻想的な空間を作り上げる。
 芦野公園は、美しい景観を誇る景勝地である。
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2007/9/26


巌門 Ganmon Ganmon Cave

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 能登半島の景勝地能登金剛のほぼ真ん中に位置する貫通洞門。
 そびえ立つ岩山に老松が茂る断崖を、日本海の荒波が削り、洞門を作り上げた。洞門の高さ一五メートル、幅六メートル、奥行きは六〇メートルある。小さな船であれば通過可能。
 伝説もいくつか残るが、有名なものは義経伝説。奥州に渡るとき、この洞門に隠れたと伝えられてている。
付近には、厳門と同じように奇岩の見るべきものが多い。
 厳門の南には、義経主従が碁を楽しんだと伝えられる碁盤島、厳門を中心に鷹の巣があったとされる高さ二七メートルの鷹の巣岩、高さ二七メートルの吹き上げの滝、千畳敷岩などがある。
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2007/9/7


泊浜尾崎神社 Tomari-hama-osaki-jinja 

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 泊浜尾崎神社(とまりはまおざきじんじゃ)は宮城県歌津市の泊崎半島の南端、歌津崎、別名尾崎に建てられている神社である。
 奥州に落ちのびた源義経が、神仏の来臨を請うために建てられたのが尾崎神社といわれている。
 神社は尾崎の突端にあり、参道の周囲は老松に覆われている。岸壁にひっそりと佇む風景は独特のものがあり、強い海風に向かいながら海を眺めると、義経の尾崎神社への思いの強さが伝わってくるようである。
 眼下に見える、断崖や岩礁に打ち寄せる波しぶきの様は豪快であり、 天気の良い日には遥か向こうに金華山を望むことができる。
 尾崎神社には、岩手県南部地方から伝わったとされる「虎舞」とよばれた独特な獅子舞が残されている。現在では社殿改築などの大きな業を行った年の例祭などで奉納され、その舞を見ることができる。
 
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2007/7/30


揚亀園 Youki-en 

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 揚亀園(ようきえん)は、津軽地方で流行した大石武学流(おおいしぶがくりゅう)と呼ばれる近代庭園の一つである。
 揚亀園は弘前の実業家中村三次郎の依頼で大石武学流の四代目宗家・小幡亭樹が作庭を行い、五代目宗家・池田亭月がその後の手を加えたとされている。
 複雑な形の池を中心にして敷地の東側には、茶室の揚亀庵(ようきあん)を配置。庵の脇には手水(ちょうず)鉢を置いた、離れ蹲踞(つくばい)が設けられている。
 津軽富士と称される美しい岩木山姿と、弘前公園の見事な老松を背景に、贅沢とも言える、落ち着いたくつろぎのある空間が広がっている。
 現在、揚亀園は津軽地方の文化を紹介する施設、津軽藩ねぷた村の中で、その素晴らしい景観を見ることができる。
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2007/6/7


丸髷 Marumage Maru-mage

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 丸髷(まるまげ)とは勝山髷が変形した女性の髪形である。
 江戸時代中期には遊女、幕末以降には武家の奥方や、町人の奥方等、元服後の女性が多く利用する髪形となった。
 髷の輪が厚く広くなっており、髷の部分が若い女性であれば大きく年配になるにつれて、小さくなっていく。その形を保つため、和紙製の型を髷の中にいれ整えた。
 広く一般に結われていたが、明治末期には両国形、老松形等の種類が増える。
 江戸の元服後の女性は、お歯黒を染め眉をそり丸髷にしたが、眉をそらないものも稀におり、その状態を半元服と呼んだ。
 舞台などで、日本の当時の髪型まで表現する祭には、未婚時と既婚時で髪型がかわるため、2種類のカツラを用意する場合もある。
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2007/5/2


松本家住宅 Matsumotoke-Juutaku 

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 松本家住宅は、宮城県加美郡加美町にある侍屋敷である。国の重要文化財に指定されている。
 仙台藩の重臣であった奥山家の家老松本家の住宅として用いられたが、奥山家以前の地頭・古内家時代の建築だという。
 築年数は250年を越えるといわれており、宮城県中部から北部に分布する主屋と土間が分かれた家屋で、「分棟型」民家としても侍屋敷としてもかなり古いものとされる。
 建物は主屋と土間の二棟からなり、主屋は間口10.5m、奥行8.8mの寄棟造。茅葺の屋根が郷愁を感じさせてくれる。
 土間は主屋の東側に繋がっており、間口6.7m・奥行5m。こちらの屋根も、茅葺の寄棟造となっている。
 松本家住宅は、江戸の暮らしを今に伝える貴重な建築物である。
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2007/3/12


旧杉山家住宅 Kyuu-sugiyamake-jyuutaku Former Residence of Sugiyama Family

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 旧杉山家住宅は、大阪府富田林市富田林町に建っている重要文化財である。
 かつてこの住宅に住んでいた杉山家は、富田林寺内町の創設にも関わった旧家のひとつである。
 杉山家は江戸時代から明治時代にかけて、この住宅で造り酒屋を営んでおり、最盛期には使用人だけで70人を数えたと言う。
 建物内部はよく保存され、近世の状態をとどめている。大床の間に描かれた老松や襖絵は狩野派の絵師によるもので、昔日の繁栄が想像される。
 この住宅は現存する町家のなかで最古と考えられている。
 明治時代に活躍した明星派の歌人・石上露子の生家としても知られ、当時の書簡や遺品、解説パネルなどが展示してある。
 旧杉山家住宅は、昔の暮らしぶりを今に伝える大切な家である。
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2007/1/26


大野楽 Oonogaku Onogaku Performing Art

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 大野楽は、大分県日田市前津江町大野に伝わる舞台芸能である。
 大野楽の由来記には元弘元(1331)年、大旱魃(かんばつ)により奉納したのが始まりと伝えられる。八幡大菩薩(応神天皇)の誕生を祝って奏したのが始まりとも言われるが、正確な起源は不明である。
 はじめの頃は、旱魃、長雨、疫病流行などの際に奉納したらしいが、主として降雨祈願であったようである。
 近世では、五穀豊穣、疫病災難払い、天皇即位を祝うために氏神・老松天満社に奏楽していた。
 県の無形民俗文化財にも指定されている。開催は不定期で、10月の下旬に行われている。
 大野楽は、総勢100名あまりの人々が練り歩き、舞い踊る。その様子は勇壮にして風雅であり、大変きらびやかな楽である。
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