NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/31


水路閣 Suirokaku 

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 琵琶湖疏水事業の一環として施工された水路橋のことを、水路閣(すいろかく)という。この疎水は滋賀県大津市で取水され、南禅寺横を通って京都市東山区蹴上までの区間のことをいう。
 南禅寺境内を横切る煉瓦造りのアーチ橋は、橋の上を琵琶湖疏水の支流が毎秒二トンの割合で流れている。
 京都を代表する景観としても知られるこの橋は、古代ローマの水道橋を参考にして、明治二一(1888)年に建築されたものである。
 建設当時、周辺はたくさんの社寺が点在しているため、周囲の環境を壊さないよう配慮された。そのため南禅寺境内に当時では画期的な異国風建造物の水路閣をつくりあげたのである。
 延長約九三メートル、幅約四メートル、水路幅二、五メートルの赤煉瓦造りで、一三の橋脚でつくるアーチ構造は優れたデザインとして、訪れる観光客の目を楽しませている。
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2007/2/6


大分 円形分水 Ooita Enkei-bunsui 

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 大野川の支流の大谷川から熊本県内で取水し、延長13キロメートルの水路によって竹田市の180ヘクタールの耕地を潤す音無井路は1898年に竣工している。
 この井路をめぐりたびたび水争いが起きた為、1934年に「12号分水」と呼ばれる円形の分水施設が竣工された。当時旧宮砥地区内部で水不足で争いが生じ、その対策として耕地面積に応じて3地区に比例分水出来る様にしたのがこの施設。大谷川取水□から2キロメートルに亘るトンネル水路を通った水がサイホン方式で、円形の中央から沸き上がる。円形は二重で、内外を仕切る壁には等間隔に小窓が設けられ、中央に湧き上がった水は小窓を通って外側の円形溝に流れ込む。
 外側の円形溝は仕切りで3分配しており、小窓の数や小窓に設けられた蓋、仕切り板の高さにより分水量が調整される。現在は石造りからコンクリート造りに改修され、水利争いを合理的に解決した施設として近代化遺産に評価されている。
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2007/1/18


犀川 Saigawa Sai River

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 石川県金沢市を流れる二級河川。全長は三四.二五キロメートル。
 詩人であり、作家である室生犀星は、金沢市内を流れる犀川の近くで生まれた。犀星の「犀」は、犀川の「犀」といわれている。「犀川」という詩も残している。
 市内には北を流れる浅野川、南を流れる犀川と二筋の美しい川がある。浅野川を泉鏡花が小説「由縁の女」で女川と表現したため、犀川は男川とも呼ばれる。また雅名を菊水川ともいう。
 江戸時代の初めの頃、犀川上流から市内へ引かれ、辰巳用水と呼ばれて、現在も流れている。また金沢市民の水資源としても重要な役割を果たしており、今も昔も、市民とは親しく、愛されている川である。
 犀川の流れは、金沢の街にとけ込み、街の人たちの暮らしの一部となっている。
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安土・八幡の水郷 Azuchi・Hachiman-no-Suigou Azuchi-Hachiman's Waterfront

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 滋賀県の風景といえば、近江八景が有名だが、これは江戸時代に安藤広重の浮世絵で有名になったもので、その当時、交通の要所だった琵琶湖南部に集中していて、琵琶湖全域から選ばれたものではなかった。
 1950年、琵琶湖が国定公園に指定されたのを機に、全域を含めた景勝地から琵琶湖八景が選定され、その一つに安土から近江八幡(おうみはちまん)にまたがり西ノ湖に通じるこの水郷が選ばれた。
 安土・八幡の水郷は、滋賀県中部、琵琶湖東岸に位置し、のどかな田園とヨシの群生地帯に囲まれた迷路の様な水路。「春色 安土・八幡の水郷」とも呼ばれる様に四季折々の風情があり、日常の喧騒を忘れさせてくれる別世界がここには残されている。
 また、織田信長の舟遊びを真似たという「水郷めぐり」で、多くの野鳥たちがかわいい鳴き声で出迎えてくれ、観光客を楽しませている。
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